第5話、時を越えた手紙

 武神例祭が終わって間もなく、なんとなく気の抜けた一日を送っていたゼルベルトだが、珍しい訪問客を迎えていた。

「・・・・・・ゼルベルト、オババ様がお呼びです。これから一緒に行きますよ」

「なんだよ、藪から棒に。一人で俺の小屋に来るもんだからよ、ヤリたくなったのかと思ったぜ。なぁ、カルラよ。今からどうだ?」

「バカを言いなさい。そんなことより早く準備なさい」

 オババの使いでゼルベルトの元を訪れたのは、カルラと呼ばれた女性だ。彼女は大分前に夫を病で亡くしており、未亡人の立場となってしまっている。年齢はそこそこのはずだが、ババ臭くなく生真面目な風貌で、スレンダーながらも容姿端麗な美女である。

 だが、若者たちにとっては残念なことながら、生真面目な風貌に反しない性格で、女神としての働きはしていない。遠慮のないゼルベルトは時折こうして誘うのだが、全く相手にされることはない。そんな彼女はオババの元で薬草師としての修行に励んでいる最中だが、見込みがあるようでオババにも期待されていた。

「相変わらずツレねぇな。分かったよ、少し待ってろ」

 どうでもいいことだが、この間、ゼルベルトは全裸であった。しかも天を突くかのようにギンギンであった。


 ゼルベルトの執拗なセクハラを情け容赦なく切り捨て、時に果断な反撃によってことごとくを撃退するカルラ。世にも下らない応酬をゼルベルトは目一杯楽しみ、逆にカルラは心底うんざりしながら、目的地であるオババの屋敷に到着した。

「・・・・・・ゼルベルトよ。どうしたんじゃ、その顔は」

 呆れた口調でオババが聞くゼルベルトは、顔に引っかき傷とクッキリとした手の形にほっぺたが赤くなっていたからだ。カルラは冷たい目線で黙殺するのみ。

「はは、まぁいいじゃねぇか。それよりよ、急に呼び出したりして、どうしたんだよ?」

「うおっほん。まぁいいじゃろう。実はな、お前のじい様からの手紙を預かっておる」

「じいちゃんの!? なんだって今頃によ」

「竜退治が終わってから、と言われておったんじゃ。詳しいことは聞いておらんが、じい様の家を探せば何か出てくるかもしれんぞ」

 武神例祭のドラゴン狩りは、辺境の集落における狩人にとって、この上ない名誉である。一人前どころか、一流を超えた証とでもいおうか。ある種の壁を乗り越えた証明のようなものなのかもしれない特別な出来事だ。

「じいちゃんの寝床か。そう言われちゃ仕方ねぇ。何があるか分からねぇが、ちょっくら探してみるか。その前に手紙を読ませてくれよ」

 ゼルベルトが普段から寝床にしている掘っ立て小屋の奥には、実は母屋がある。かつてはそこで二人で暮らしていたのだが、彼を亡くした後は、一人では広すぎるといって、ゼルベルトは立ち入らなくなってしまっていた。隣の家に住むクラーラの母が、掃除や手入れをしてくれているので、ゼルベルトは特に心配せず任せきりにしていたが。

「良ければワシにも内容を教えてくれんか。気になっておったんじゃ」

「なんだよ、オババも知らねぇのかよ」

「人の手紙を勝手に見るほど、ワシも耄碌もうろくしておらんぞ」

「はは、悪ぃ悪ぃ。今までは手をつけてなかったがよ、ついでに少しくらいは母屋の整理もしちまうよ。え~と、まずは手紙と。どれどれ」

 誤魔化すように手紙をひったくるゼルベルトと、咎めるようなオババに、呆れた目線を隠そうともしないカルラ。三者は一旦、お茶を飲んで一息つくと、まずはゼルベルトが手紙を検めた。


『親愛なる我が育ての孫、ゼルベルトへ

 よぉ、ゼル。無事に読んでくれてるか? あのクソババアのことだ。勝手見られてたら、破り捨てられて燃やされてるかもしれねぇな。まぁいくらあの強欲ババアでも、人の手紙を盗み見るほど腐っちゃいねぇだろ。

 これを読んでるってことは、お前も無事に竜退治を果たしてるってことだよな。なら、もう押しも押されぬ強さを身に付けたはずだ。そこでお前には俺の事を特別に教えてやろう。それからのことはゼル、お前自身で決めろ。いいな?

 よし、バカなお前にでも分かりやすく説明するとだな、実は俺は超有名なトレジャーハンターだったんだ! 若い頃の話だけどな。それはそれはモテたし、ちやほやされたもんだ。うらやましいか? うらやましいだろ? そうだろう、そうだろう。

 それでだ。お前もなってみる気はねぇか? トレジャーハンターによ。実はな、ここだけの話、超凄かった俺でも手に入れられなかった宝があるんだ。

 ガキの頃から滅法強かったお前のことだ。ひょっとしたら超凄かった俺よりも、もっと凄い男になってるかもしれねぇ。その気があったらチャレンジしてみろよ。きっと楽しいぜ!

 俺の部屋には、昔のだが珍しいハンター道具が結構とっといてある。そいつを探してみろ。まだ使えるはずだから、一回くらいは試しに触ってみろよ。

 俺がそうだったように、ゼルよ、お前も面白おかしく全力で生きろ。世界は広いぜ。そんじゃ、あの世でな。

 超凄い偉大な男にして伝説のトレジャーハンター、フリートベルト・クリーガーより』


「ふ、ふふふ、はは、だーっはっはっはっ、何つーかさすがは、あのじいちゃんだぜ! 面白ぇ野郎だ! はははっ」

「なんじゃ、何が書いてあった!?」

「・・・・・・あ~、オババは見ねぇ方がいいかもな」

「そんなことを言われたら余計に気になるじゃろうが! いいから寄越さんか!」

 手紙を猛然と奪い返すオババにお手上げのゼルベルト。まぁ、もう読んだのだし、燃やされても構わないと思っているのだろう。物に拘る男ではない。まさか本気で燃やしたりはしないであろうし。

 読み始めた直後から、ぷるぷると怒りに震えるオババだったが、どことなく嬉しそうでもある。きっとかつては手紙の中と同じようなやりとりを実際にしていたのであろう。

 しばらく俯いたままのオババであったが、気遣うカルラに手紙を渡すとゼルベルトに向き直る。

「・・・・・・どうするつもりじゃ?」

「そうだな。とりあえずよ、じいちゃんが書いてるように寝床を漁ってみるぜ。面白いもんが出てきそうだしな。トレジャーハンターとやらが何なのかは知らねぇがよ、どうせロクな仕事じゃねぇんだろ? なにせ俺に勧めるくらいなんだからよ!」

 元々はトレジャーハンターをやっていたというように、フリートベルト・クリーガーは辺境の集落の出身ではない。流れ者の余所者であったのだ。また、ゼルベルトとの関係も血の繋がった親族という訳ではない。奇妙な運命の重なりによって、偶々そうなっただけだ。

「お前のじい様は隠していたつもりのようじゃが、皆がフリートベルトの正体を知っておった。当時はあやつほどの有名人もおらんかったからな。いくらここが辺境とは言え、堂々と名前を名乗っておいて、ワシらが気づかんなどと随分と舐めたことをしてくれたもんじゃ。そうは言ってもワシらは優しいからな。あれほどの実力を持つ奴じゃ、どんな事情があったのかも分からん。そっとしておいてやったんじゃ」

「ははっ、なんつーかよ、じいちゃんらしいな。俺はよ、何だか久しぶりにじいちゃんに会えたみてぇでよ、ちょっと嬉しいぜ」

 家族の話など随分久しぶりのゼルベルトだ。少しだけ感傷的になっているようだ。オババにとっても、当時親しかった者に思いを馳せられる貴重な時間であった。

「超凄いお宝だのと、ふざけたことを抜かしておったが、その手がかりも部屋にはあるんじゃろうよ。なにが出てくるか分かったもんじゃないがの、探してみるといいじゃろ」

 素直に頷いて外に出たゼルベルトは、見送りに出てきたカルラに軽くボディタッチをしまくって、最後にどさくさで尻や胸を揉むと、逃げるように自分の母屋へと駆けて行った。


 クラーラの母親によって清潔に保たれたクリーガー家の母屋には、ゼルベルトは随分長いこと立ち入っていない。感傷的な理由によるものだが、そもそもゼルベルト自身にとっては掘っ立て小屋で十分であり、また案外に居心地が良かったということもある。

 久しぶりの我が家をどこか他人の家にやって来たような気分で見て回る。雑多に散らかった物はクラーラの母が整理してくれていたようだが、基本的には当時と変わらないままだ。

「えーと、じいちゃんの部屋はと、ここだったよな」

 ゼルベルトは薄れつつある記憶に戦慄しながら扉を開く。当時は訳の分からない小物が所狭しと置かれていて、とにかく汚かった印象があった。今見ても多少整理されているとはいえ、物の多さは誤魔化しきれない。いや、はっきり言って物凄い物量であった。

「あのよ、じいちゃんよ。こんなにゴチャゴチャと物があっちゃ、どれが俺に渡したい道具か分からねぇよっ!」

 つい独り言を叫んでしまうゼルベルトであったが、それは無理もない。見る人が見れば貴重な物があるのかもしれないが、道具の目利きなど出来ないゼルベルトには分かるはずもない。そもそもガラクタばかりの可能性だってある。ハンター道具とやらが、一体何なのかも分からないゼルベルトは途方に暮れた。


 しばし呆然とした後に復活を果たしたゼルベルトだが、具体的な方針が定まった訳でもない。時間は掛かっても、結局は手当たり次第に探してみるしかない。せっかくの遺言なのだから無駄にはできない。

「・・・・・・こうしててもしょうがねぇ。なんか目ぼしい物がねぇかだけでも探してみるか」

 昔から世話になっているクラーラの母を除けば、余りここには誰も立ち入らせたくないゼルベルトは、誰かに手伝わせる気にもなれないようで、仕方なく自分で何か使えそうな物がないか検めることにしたのであった。


 結論から言って、ゼルベルトは有用なものを見分けることは一切出来なかった。実はどこかに隠されている訳でもなく、そこかしこに極めて優れた超一級品とも呼べる貴重品は置いてあったのだ。それこそ、伝説のトレジャーハンターの持ち物に相応しい数々の品物が。

 例えば、重さは据え置きで見た目の数百倍の水を入れられる水筒だとか、超軽量にして極寒にも酷暑にも構わず快適に睡眠を取れる寝袋だとか、薄手のシャツなのに防寒着なみの性能を持ちながら自動修復機能まで備えるシャツ、文字通りに雨を避ける外套、視界の届く限りまでくっきりと目的に照準を合わせて見ることの出来る双眼鏡、自身の居所をリアルタイムで表示してくれる地図、それこそ小物まで合わせて数え上げれば枚挙に暇がないほどの貴重品の数々だ。

 これらは全て失われた超古代魔法文明の遺産である。現代の知恵者が総力を結集して発掘品を参考に開発を試みているが、発掘品の半分以下の性能しか出せない大幅な劣化版を作り出すのが精々となっている。劣化版としても、全く再現不可能な遺産も珍しくはない。

 まさに、ここが宝の山と言ってしまっても決して過言ではない。だが、残念ながら知識のない者にとっては、ただのガラクタにか見えなかった。しかも分かりやすい財宝、いわゆる金銀財宝の類は一切置いていなかった。


 そんなゼルベルトが唯一目を留めたのは、一本のナイフ。彼が日常的に使っている赤い刀身のナイフも、実のところフリートベルトから譲り受けたものであるが、ここで見つけたものは青い刀身のナイフであった。鞘から抜いた青い刀身のナイフは、裏側が透けて見えるほどに透き通った青色で、まるで冷気を放出しているかのように冷え冷えとしている。目を奪われる一品だ。

 辺境の集落においてナイフとは、大人から初めて狩りに出るときに貰う伝統がある代物だ。ゼルベルトが持つ赤い刀身のナイフはそんな折にもらった物だ。

 その後、ドラゴンを自身で狩ったときに記念として新調するのが辺境の狩人のやり方だ。集落にいる凄腕の鍛冶師一家に素材を渡せば、極上の一品を作ってくれる。辺境の人々は気軽に日用品なんかも頼んだりしている鍛冶師一家だが、本来そんな物を作らせていいような者たちではない。これもまた自覚無き贅沢と言えよう。

「こいつは凄ぇな・・・・・・この前に俺たちが倒した竜よりも格上かもしれねぇ」

 刀身を見れば分かる。それは金属ではなく、魔獣の素材で作られたものだ。そしてゼルベルトたちは神獣もかくやという極めて強力な固体を倒したばかりだ。そんな彼をして、格上と呼ばせる一品。青の刀身は加工済みの物であるため、鍛冶師の力量が反映されているがゆえの出来栄えだ。彼らが倒したドラゴンが劣るわけでは決してない。

 とにかくゼルベルトはそのナイフにひと目惚れをして、それだけで満足してしまった。

「じいちゃんよ、便利なハンター道具ってのが何なのか分からねぇし、肝心な超凄いお宝とやらが何なのかも全然分からねぇぞ。なんかもうよく分からねぇし、面倒になってきちまったな・・・・・・」

 この後ゼルベルトは自分では無理と結論付けて、クラーラの母にそれらしい物の捜索を頼むのだが、彼女とて目利きは出来ない。

 結局、クラーラの母は"超古代魔法文明の遺産としての特別な機能"を完全に無視して、ゼルベルトがトレジャーハンターとして辺境を出る時のために使えそうな物をまとめておくといった方法でしか仕分けすることが出来なかった。

 さらにフリートベルトが示唆していた、超凄いお宝とやらの手がかりは皆無であった。

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