第4話、戦果と祭りと

 倒しただけでは終わらないのが狩りというもの。仕留めた獲物は持って帰らなければならない。そのまま死体を持って帰るわけではなく、必要な部分のみに解体してから持って帰るわけだが、何しろ狩った獲物は余りにも巨大だ。どのように解体するか、狩猟に慣れた若者たちであっても悩むところらしい。

 まずは素材の確保からだ。ドラゴンは本来ならば捨てるところが一切ない、全てが宝といえる貴重品の塊だ。だが、血液や内臓を保管しておける機材を持っていない彼らにとっては、それらはただのゴミでしかない。角は既に引き抜いてしまっていることから、最初は鱗を剥ぐところからになる。

 巨大なドラゴンの体には無数の大きな鱗があって、若者たちは丁寧に剥がして集めていく。暗い赤色の透きとおる鱗は、ほのかに輝きを放っていて信じれないほど美しい。それに一枚一枚が大きくて、特殊なガラス板のようにも見える。腹回りの鱗は軒並み戦闘で破壊してしまったが、何しろ彼らが戦った神獣は特別な大きさの巨体だ。全体から見れば、破壊してしまったところは僅かといって構わない。その破壊されてしまった鱗も、破片であろうとも高値がつく貴重品なのだが彼らがそれを知る余地もなく、もったいないことにゴミとして捨て置かれる。

 真っ黒い皮は未加工の状態でも美しいが、きちんと処理すればどのようになるか想像も出来ない。もちろん鱗と同様に世界最高峰の品質であることは間違いない。ズタズタに切り裂いてしまったところは使えないが、それ以外の部分で十分過ぎるほどに大きな皮を取ることができる。

 解体が終わった後に残る骨は全て持ち帰る。これもどのようにも使える貴重品だ。そのまま武器の素材として使っても極上の一品になることは間違いないし、端材を粉末に加工しても薬剤だなんだと使い道が山ほどある。無自覚に贅沢な辺境の集落では、建材としてもドラゴンの骨が使われていたりする。丈夫で長持ち。世界最強で世界一高価な建材だ。

 肉は一部を除いて全て持ち帰る。これは特別な肉。神への捧げものでもあるし、集落の皆で盛大に祭りを楽しみながら食べる一番のご馳走でもある。

 この世界においては、強い魔獣であるほどに美味いとされる。それはこの世の真理。獲物が強ければ強いほど美味い肉を食すことができるのだ。なぜかそのような土地に実る果実や野菜までも同様に美味くなる。つまり、辺境は美味の宝庫なのだ。中でも今回狩ることができた特別なドラゴンの肉は、もはや世界一美味い食べ物といっても過言ではない。


 若者たちは黙々と狩りのプロらしく作業を続ける。足を痛めていたゴッツも薬と休憩したおかげで回復し、解体の途中から加わっている。ツルツルになったギャランだけは全裸で気を失ったままだが、傷ついた英雄をそっと寝かせておく程度の気遣いは無骨な若者たちにもできるらしい。


「あー・・・・・・やっと終わった・・・・・・」

「俺はこっちの方が竜との戦いより疲れたぜ・・・・・・」

「デカすぎるんだよ、こいつ。肉も多すぎるな。持って帰る素材も合わせりゃ、手分けしても全部はキツくねぇか?」

「まぁ俺たちで頑張って処理すればいいだろ。多分すげぇ美味いぜ?」

 神への供物となる獲物だが、狩った直後の狩人には最初に食べる権利が与えられるのが習わしだ。つまり、若者たちは集落に持って帰る前に先んじて食べることができる。

 肉だけでも何トンあるのか想像もつかない量であるが、骨や鱗も加えればもう持ちきれないと普通なら思うだろう。だが彼らは無理とは思わない。誇らしい成果を無駄にすることなど考えもしないし、本気を出した彼らであれば不可能は可能になる。


 長時間に及ぶ規格外の存在との戦闘と、悪戦苦闘を余儀なくされた解体作業に疲れきった若者たちだったが、一通りの作業を終えたあとは元気に空腹を訴え始めた。

「荷物の整理は明日でもいいだろ? もう腹減ったぜ」

「そうすっか。適当に自分で好きなだけ食っていいだろ、こんだけありゃよ」

「ゼル、どうした?」

 辺境の人々の獲物の食料としての扱いは、基本的に肉のみを食し、内臓は全て捨ててしまう。ゼルベルトもその例に漏れず、内臓には目もくれないはずだが、今回ばかりは様子が違った。

 ゼルベルトの目を惹き付けるそれは心臓だ。巨大なドラゴンともなれば、心臓のサイズも特大だ。ゼルベルトはそれを食い入るように見つめてゴクリと喉を鳴らす。

「・・・・・・俺はアイツを食うがよ、おめぇらもいるか? さすがに一人じゃ食いきれねぇよ」

「げっ!? お前、あんなの食うのかよ」

「俺はいらねぇぞ。肉だけで十分だ。あんなモンが食いてぇんなら、好きにしていいんじゃねぇか? ほかに誰も食わねぇだろ」

「ゼルよぉ。ゲテモノ食いとは、らしくねぇな」

「うるせぇんだよ! とにかく俺は食うぞ。いらねぇってんなら、黙っとけ」

 ゼルベルトは若干の寂しさを覚えながらも、憮然として特大の心臓を取りに向かった。


 無我夢中で食べるときがある。ものすごく腹が減っているときや、それが極めて美味しいとき。二つが合わさればどうなるか、おのずと知れよう。

 若者たちはめいめいに火をおこして、持参した鉄板で黙々と肉を焼く。その焼ける音と芳ばしい匂いだけでも、よだれが垂れるのは仕方がないことだ。

 腰に差したナイフを抜いて肉を切り分け、適度に焼くと待ちきれないようにむさぼりつく。間違いなく人生で最高に美味い肉を無我夢中で口に放り込み続ける。何しろどうやっても食い尽くせないほど大量にあるのだ。遠慮は全くいらない。健啖家である若者たちは恐るべきスピードで肉の山を切り崩していく。それでも氷山の一角にすぎないが。

 そんな中にあってゼルベルトも食べる部位こそ違うがほかの皆と変わらない。自分の目の前にドンっと大きな塊をキープしているが、これは持っては帰らない肉だ。ゼルベルトの瞳からは全て食べてしまわなければという、使命感すら感じられる。まるで何かに取り付かれているかのように、誰にも渡さんとばかりに次から次へと流れるように、切り分けては絶妙に塩を振って焼くと、好みのレアの状態でむさぼりつく。下品な食べ方を咎める者がいなければ、野獣のような振る舞いもここでだけは許される。

 いつの間にか目覚めたギャランも交えて、若者たちは必死な咀嚼音と火の爆ぜる音を立てながら、ぱんぱんに腹を膨らませるまで食べて、気を失うように幸せな眠りにつくのだった。



 翌日の目覚めは早かった。

 若者たちはどこもかしこもギンギンだ。ギラつく朝日もなんのその。前日の疲れなど地の果てに吹き飛び、気力、体力、精力、何もかもがマックス状態だった。

 とにもかくにも体を動かしたくてたまらない。別の意味でも辛抱たまらない。集落に一刻も早く帰りたい気持ち、早く帰らなければという使命感は、若者たち共通の認識であった。

 既にある程度まとまっていた荷物を分担して背負い上げる。最早台車を転がすなどといったまどろっこしい真似をするつもりなど誰にも、微塵もない。単純に背負って走ったほうが速いからだ。要らない物は全て放棄する。獲物を持って、一目散に帰還。全員の意思統一が、なんの打ち合わせもなく完璧にできている。

 全員がもれなく巨大な荷物を背負って、準備完了だ。事ここに至って、出し惜しみはない。全力を持って帰還する。

「行くぜ。いねぇとは思うがよ、遅れる野郎がいても置いてくからよ」

「何言ってやがる。カッコつけて一番デカイ荷物持ちやがって。ゼル、てめぇこそ遅れたら置いてくからな」

 不敵に笑う若者たちだが、自信と欲望に満ちた彼らは誰もが脱落などしないと確信している。

 誰ともなく本気のオーラを色取り取りに纏うと、重さを感じさせない速度で駆け始めた。暴風のような集団は有り余る若さを発奮しながら、我を忘れて走りに走った。


 辺境の集落の人々が強いの当たり前だ。強くなければ、この過酷な土地では生きていけない。ドラゴンを代表するような強力な魔獣がはびこる土地だ。その環境が普通になるほど、彼らは常軌を逸した強さを手にしている。

 世界の摂理として、環境が人を強くする。空気、水、食物、日常的に体に取り込む要素を始めとして、狩りを主とした戦いも男たちの強さを跳ね上げる。

 世界最強の魔獣ドラゴン。その中でも特別な固体と戦い勝利し、その肉を食べたらどうなるか。それは如実に現れた。

 走り続ける若者たちが纏うオーラは心なしか以前よりも色や輝きが深みを増しているように見える。特に一人だけで特大の心臓を喰らったゼルベルトは、元の赤いオーラが少し黒味掛かっているようにも見える。気のせいではあるまい。

 オーラを纏った若者たちの圧倒的な力の気配と存在感は、辺境の強力な魔獣どもすら萎縮させた。邪魔が入らないのをいいことに、彼らは軽快に山中を駆け抜ける。


 普段の彼らがオーラを纏わないのには、もちろん理由がある。その余りにも強すぎる力の気配は隠しようがなく、自らよりも強いものに敏感な魔獣はそれを遠くからでも察知してしまう。さらに、その様な存在が近くにいて頻繁に縄張りに現れるとなれば、魔獣といえど住処を変える。むしろ魔獣の立場になってみれば、変えざるを得ないといったところか。ひいては生態系に影響を及ぼしてしまう可能性もあるのだ。それを理解しているからこそ、強すぎる力は極力使わないようにするのが狩人の嗜みだ。そもそも使う必要がないという理由もあるが。

 だが今の彼らにはとにかく余裕がない。どんな手段であっても発散させなければ爆発してしまう。溢れんばかりの若きパトスは、現時点では激しい運動をすることでしか誤魔化せない。結果として、昼も夜もなく駆け続けて、図らずも大幅な旅程の遅れをかなり取り戻すことに成功しつつあるのだが、彼らがそれを気に掛ける素振りはない。そんなつもりはないのだから当たり前であるが。

 発散させるための運動でしかないが効果はある。稀にオーラを纏った力を使う分には生態系にも影響はほとんどない。今回ばかりは遠慮は無用と判断した若者たちであった。


 暴風のように驚異的な速度で集落に近づきつつある若者たちは、既にマント川を下り終え、あとは山中を集落に向かって進むだけの行程を残すのみとなった。

 ここに至って脱落した者はいないが、さすがに疲れはピークにあるようだ。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、も、もう、少しで、着くな・・・・・」

「はぁ、はぁ、はぁ、こっからは、力を使うのも止めとこうぜ」

 自分たちの集落に近い場所だからこそ、強大な力の気配を撒き散らしてしまっては、今後の狩りに影響があるかもしれない。少しなら気にするほどの影響はないはずだが、やらないに越したことはないだろう。

「ふぅ~。よっしゃ、皆いるな。じゃあこっからは勝負といこうぜ」

「分かってるぜ。順番の権利だな? 単純に早い者勝ちでどうだ?」

「負けねぇぞ。今回は絶対に勝つ!」

 意気込む若者たちだが、そこに待ったを掛けたのは意外な人物だった。

「ちょっと待ってくれよ! それはズルいんじゃねぇか!?」

「何言ってやがる! てめぇが勝手にやったことだろうが。てめぇ以外は全員賛成だからな。泣き言なら他所で言え」

「汚ねぇぞ、おめぇら!」

 唯一異議を唱えたのは、いつもならば血気盛んなゼルベルトであった。彼は若者たちの中でも圧倒的に重い荷物を背負っているので、ここまでの負担も疲れも一番酷いようだ。あと少しの道のりとは言え、疲労困憊のゼルベルトは勝つ自信が全くないようで、珍しく弱気を見せる。

 若者たちは男の泣き言など聞く気はなく、勝手に走り始めて最後の勝負を開始する。ゼルベルトも意地で負けじと続くが、いつもの力強さは感じられない。もしも互いにオーラを纏った状態であれば、新たに発現した赤黒いオーラのゼルベルトは、疲れいても強力無比な力を発揮できる。そうなれば、まだ勝ち目はあったかもしれないが、もう今更言っても詮無きことだ。


 徹夜で走り通した朝方に勝負を開始してから、ゼルベルトが集落に到着したのは既に日が完全に落ちてからだった。珍しくスコールもなく天候には恵まれていたはずだが、彼は圧倒的な差をつけられての最下位となっていた。

 遅い時間にもかかわらず帰りを待ってくれていた集落の人々もいたが、ゼルベルトは疲労困憊で彼らに構う余裕すらないようであった。

 普段と比べれば遅いながらもしっかりとした足取りで集落まで辿り着くと、急に糸が切れたように座り込んでしまう。もそもそと背負っていた巨大な肉塊を苦しげに降ろすと、大の字に寝転がってイビキをかき始めてしまうのだった。

 先に到着していた若者たちによって、事のあらましは聞いていたようで、気のいい集落の人々が親切にも肉塊を運び、寝てしまったゼルベルトも彼の小屋に運んであげるようだ。彼の運んできた最も大きな肉の塊を見て、人々も笑顔いっぱいである。



 翌日の目覚めは若者たちそれぞれの状態で迎えた。

 ゼルベルトは昨夜には精も根も尽きたかのようであったが、目が覚めれば快調そのもの。武神例祭が楽しみなせいか、いつもよりも精力的に動き始めたのだった。

 ほかには女神の元で世にも幸せな朝を迎えた者いるし、悲しいソロ活動で夜を過ごして虚しい朝を迎えた者もいる。だが、ゼルベルトのように疲れて眠ってしまった者が実は大半だ。


 今日の夕方には早速、若者たちが獲って来た供物を神に捧げ、武神例祭が粛々と始まる。

 主として武神ヴァハテュールの加護をたまわる為であり、日々の糧への感謝、無病息災、子孫繁栄を祈願することを目的とした祭事だ。その為の色々と小難しい宗教儀式があるにはあるが、若者たちがそれを気に掛けることはないし、それを取り仕切る側もうるさいことは言わない。

 集落の人々の多くは若者と同じく、飲んで食べて歌って踊って楽しく過ごすだけだ。その歌や踊りも突き詰めれば宗教的な要素を含んでいるのだが、時の流れと共に形骸化し、今では武神例祭の時期特有の娯楽の一環として集落では受け入れられている。

 朝から準備で忙しい集落は、広場で料理の仕込みをしたり、酒樽を運び込んだり、舞台を整えたりとで大わらわだ。特別な行灯あんどんがいくつも各所に配置されており、日が落ちれば幻想的な雰囲気を醸し出すだろう。


 黄昏時に合図もなく武神例祭は始まる。まずは武神の為の供物の一部が祭壇に捧げられる。これは広場から離れた場所で行われるので、一部の関係者以外には、その後の宗教儀式も含めて縁のないことだ。一連の宗教儀式には実は極めて重要な意味があり、実生活にすら直結するほどの絶大な効力を持った加護を賜ることに繋がる儀式であるのだが、自覚がないというのは恐ろしくもあり幸せなものだ。

 一般の集落の人々にとっては、完全に日が落ちてからが祭りの本番だ。行灯の光が作り出す幻想的な雰囲気の中、さっそく酒や料理が次々と振舞われる。最初の料理は木の実や果実からで前菜といったところか。お楽しみは後にとっておくのだろう。

「おい、クラーラ、ガキどもでちょっと歌ってみろよ! 俺たちも踊るからよ!」

「もうっ、しょうがないなぁ。ほら、みんなやるよ!」

 普段の集落とは違った光景に人々のテンションも徐々に高まる。ゼルベルトが子供たちに歌わせようとすると、ガキと呼ばれて不本意そうなクラーラも仕方なさそうに、でも楽しそうに舞台に向かっていく。

 気の利いた何人かが楽器を鳴らしてリズムを取ると、つたないながらも明るい調子の歌が始まり、ゼルベルトだけでなく集落の大人たちが徐々に踊り始めて、その輪は次第に大きくなっていく。酒を飲み、ツマミを食べながら笑って、時に子供と一緒に歌いながら踊るのだ。その内に子供たちも歌うだけでなく踊り始めて、より楽しい空間が出来上がっていく。変わり果てツルツルのピカピカとなったギャランもいつの間にか踊りの輪に加わっているが、既に集落の人々には受け入れられているようで、特に注目を集めることもなく極普通に溶け込んでいる。心の柔軟性も高い人々のようだ。

 体を存分に動かし熱気が高まったところで、一番の楽しみが訪れる。

「さあ、出来たぞ! たくさんあるから慌てずゆっくりとな!」

 料理自慢たちがメインディッシュとなる供物の調理をやってくれていたのだ。一斉に群がる集落の人々。戦った後にさんざん食べたはずの若者たちでさえも、よだれを垂らさんばかり勢いだ。何しろただ塩で焼いただけの調理ではない。いや、シンプルな塩焼きもあるのだが、種類がたくさんあるのだ。同じ焼くにしろ、香辛料や香草を使ったもの。煮込み料理や炒め物に、朝から作っていたのか燻製くんせいまである。

 たらふく食べたら、また歌って踊り、酒を飲んではまた食べるのだろう。幸せで賑やかな夜は明け方近くまで続く。こうして辺境の祭事は恙無つつがなく執り行われて、集落はまた日常へと戻っていくのだった。

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