第3話、幻獣の里、殴りこみ

 遅くとも4日もあれば到着すると思われた道のりだったが、要した時間は都合6日。単に時間が掛かっただけでなく、若者たちの気力は萎えに萎えて半減どころではないようだ。

 そんな若者たちの中にあって、ただ一人ギラつく瞳で火山を見上げる男がいた。

「待ってろよ、最強の魔獣がどんなもんか試してやるぜ」

 ゼルベルト・クリーガーの猛々しい精神力は肉体の疲労程度で萎えはしない。休むことよりも戦うことに気持ちが動く性質なのだ。

「ゼルよぉ、お前よくそんな元気あるな・・・・・・もうすぐ日も落ちるし、今日はもう休もうぜ」

「明日だ明日! 俺はもう休むぞ」

「おめぇらは休んどけ。狩るのは明日でもいいがよ、獲物ぐらいは先に選んでおきてぇ。俺はちょっくら探りに行ってくるからよ」

「あ、ちょっと待てって、おい!」

 人の話を聞かないのはゼルベルトに限ったことではないが、若者特有の悪癖だろう。残された若者たちは、ゴツゴツした岩山を軽快に登っていくゼルベルトを仕方なさそうに、呆れたように見送った。


 今回の狩りで対象となる獲物は、小さいサイズでも通常の山中で遭遇できる最大級の魔獣くらいには大きい。もちろん小さいサイズの固体を狙うはずもなく、なるべく大きな固体を選ぶつもりだ。その気持ちはゼルベルトだけでなく、遠征に参加した若者たちの総意である。

 魔獣は大きいほどに強い。強い固体とは単純に大きいのだ。もちろん例外はあれど今回は順当に探せばよく、大変分かりやすい指針である。

 樹木どころか草もろくに生えない岩山だが、それほどの大きな魔獣がいるのなら、麓からでも容易く見つけられそうなものだ。だが、どうしたことかそれらしき影は見当たらない。

 それもそのはず。かの魔獣は数十日に一度の食事時以外は余り動かないのだ。それ以外は延々と眠り続けるのがその魔獣の習性で、洞窟状の巣穴でずっと大人しく眠っている。

 良く見れば、麓からでも火山の中腹辺りからポツポツと洞窟状の巣穴を見つけることができる。ゼルベルトは巣穴を目指して軽快に駆け登るが、それは魔獣のもう一つの習性を知っているからだ。それは、この魔獣は巣に進入されたり危害を加えられない限り、基本的に小さな生物のすることなど一々気にも留めないといった豪胆なところがある。

 次々と巣穴を覗いては岩山を走り回るゼルベルト。疲れ知らずのその調子には、さすがの辺境の仲間たちも付いていけないらしい。


 ゼルベルトが獲物を探しにいくと飛び出したときには、既に夕方に差し掛かっていた時間帯だったが、運の良いことにゼルベルトは狩りの対象として申し分のない獲物を早々に発見することができた。日が沈み切る前の短時間で戻ってきたので、仲間たちは驚いているようだ。

「まさかもう見つけた来たのか?」

「そりゃねぇだろ。だったとしても早すぎる。もっとデカイのがいるかもしれねぇし、まだまだ探す余地はあるだろ」

「どうなんだよ、ゼル」

 ゼルベルトは自信満々な様子で仲間たちの疑問の声を受け止めていた。

「間違いねぇよ。あれはここら一帯で最上の獲物だ。おめぇらも見れば必ず分かる」

「そこまでか?」

「おう。とにかく明日だ。今日は早めに休んでよ、明日は思いっきり暴れてやろうじゃねぇか」

「お前がそこまで言うならな。まぁとにかく俺は疲れたぜ」

 いよいよの展開とゼルベルトの自信に満ちた様子に、若者たちの期待はいやがおうにも膨れ上がる。



 火山の麓であるここは、最強の魔獣の領域だ。ほかの魔獣は一切近寄らない。ある意味では、秘境の中で最も安全な場所なのかもしれない。かの魔獣が腹を空かせてさえいなければ、と注釈は付くが。

 別に魔獣が腹を空かせていても関係のない辺境の若者たちにとっては、余計な介入がない久々にゆっくりと眠れる環境だった。

 例え最強の魔獣が腹を空かせていたとしても、彼らは来るならこいとしか思っていないが、トラブルは何も起こらず平穏に朝を迎える。

 久々の快眠とゆっくりとした朝食。それだけで若者たちは気力も体力も十分に回復できたようだ。

「行くか」

 言葉少なに準備を整えたあと、岩山を登る若者たち。快調な足並みで進む彼らは、ゼルベルトの案内で火山の中腹よりも少し上にある、大きな大きな巣穴まで障害もなく到着した。

「ここだぜ。見てみろよ。あいつなら間違いねぇだろ」

 顎をしゃくって巣穴の中を示すゼルベルト。巣穴の中に踏み込んでしまうと魔獣を起こしてしまう。慎重に境界線を越えないよう、中を覗き見る若者たち。

「うぉ、な、なんだありゃ!? 途中の巣穴も覗いてみたが、あいつはもう別モンじゃねぇか!」

「ゼルよぉ、お前が言ってた意味が分かったぜ。あれは間違いなく、ここらで一番の獲物だろうな」

「へへっ、腕が鳴るぜ。ゼルの言うとおり、これ以上のを探す必要はないよな?」

 頷きあう若者たち。あとは殴り込むだけだ。特別なことは何も必要ない。


 先頭を切って巨大な影に猛然と駆け寄るのはゼルベルトだ。恐れを知らぬ若者たちの中にあって、最も豪胆な男だけのことはある。

 対する魔獣は有翼に二本角の赤黒い鱗を纏う巨大な生物。

 この火山に生息するその魔獣どもは、全体的に赤みを帯びた鱗で全身を覆われている。鱗の色には個性があって、くすんだ赤茶色や鮮やかな深紅、明るい朱色など赤系統に限ってだが幅広い。ゼルベルトたちのターゲットも赤系統の例に漏れないが、黒に近い赤でまるで腐った血の様に禍々しい色合いだ。だが薄っすらと輝きを帯びたその鱗は、禍々しさとは逆の神々しさをも感じさせた。しかもほかの固体に比べて遥に大きい。明らかに特異な固体である。

 巨体の背中には広々とした一対の翼。突き出した口には鋭い牙。頭には二本の角が生えている。翼と角さえなければ、大きいだけの爬虫類と思い込むこともできたかもしれない。


 ――竜。その魔獣こそは一般的に"ドラゴン"と呼称される伝説の魔獣だ。


 それは辺境から出た外の世界では幻獣とも称される。まさに幻とされるほど滅多に人前に姿を現すことはない。また、その生息地は人跡未踏の魔境や秘境とされていて、自ら出会いに行くことも困難を極める。

 ゼルベルトたちのような辺境の民には単に"竜"と呼ばれているが、この火山はドラゴンの生息地の一つであったのだ。生息地だけあって、それなりの数が存在しているが、狩ることが許されているのは一匹のみ。ならば、最強の中の最強を求めるのは血気盛んな若者たちの本能の表れだろう。

 最強の魔獣の中でも選りすぐりの固体。ソレはもう単なる魔獣や幻獣に収まるような存在ではない。神獣と称してもおかしくないような相手だ。腕試しにしては贅沢すぎる。


 ドラゴンに向かって猛然と走り寄るゼルベルトと後に続く若者たち。

 巣に進入された時点で即座に目を覚ました神の獣ともいうべきドラゴンは、鋭い歯が並んだ口を大きく開くと、この世のものとも思えない声を発した。

 威嚇のためか、怒りのためか、とにかく凄まじい咆哮を発したが、それは魂をも凍りつかせるかの如き、禍々しくも神々しい何かであった。

「うぐっ、こ、この野郎、ぐおおおおおおっ」

 さしものゼルベルトであっても無視はできず、いったん勢いが衰えたが振り切るように全力で雄叫びを上げて気合を入れ直す。ギラつく瞳で睨みつけると、魂を凍らす咆哮の中、ただ一人駆け抜けて最強の魔獣のどてっ腹を殴りつけた。

「あだ、畜生っ、いってええええええっ!」

 カッコよく決めたと思ったが、余りにも硬い鱗に阻まれて、ドラゴンにダメージを与えたようには全く見えない。手をぶんぶん振りながら痛がるが、ただ、咆哮は鳴り止んだようだ。

 ここぞとばかりに復活したほかの若者たちも気を取り直すと走り出し、ゼルベルトと同じように鱗を破壊するつもりで力の限り殴りつける。

「ああああああいってえ、硬すぎるだろっ!」

「イテぇ、折れた! 折れてるだろ!?」

「折れてねぇよ、バカ! やっぱ普通にやったんじゃ無理だな、こいつは」

 ドラゴンの全身を覆い尽くす鱗は余りにも硬く丈夫で、並大抵の武具や力では傷一つ付けることさえ叶わないとされている。特に神獣もかくやという目の前の相手であれば尚更だ。現に強者である辺境の若者たちを持ってしても、鱗を破れる気配がない。

「ケッ、カッコつけやがってアホどもが! この期に及んで手加減なんざしてやがるからだ!」

 手加減とはどういうことか。

「こいつでどうだ! どらぁ!」

 ゼルベルトたちに向かって文句をつけた一人の若者が最後に殴りつけると、赤黒い鱗にピシリと亀裂が走った。信じられないことに素手での殴打によって、伝説の魔獣、その中でも最強クラスの神獣と称すべき存在に傷を与えたのだ。


 僅かとはいえ、一番に傷を与えた若者は誇らしげに拳を突き上げる。それを見たゼルベルトたちはさらに気合を入れるようだ。

「やるじゃねぇかよ。やっぱ本気でやらなきゃよ、俺たちもこのままじゃ手も足もでねぇな」

「さすがは竜だな。こうでなくちゃ面白くねぇぜ」

「ああ、本気でやれるなんて久しぶりだぜ。こいつは楽しめそうだ」

 不敵に笑うゼルベルトと同じように楽しそうな若者たち。

 自信に満ちた言葉と同時に薄っすらと赤いオーラを纏い始めたゼルベルト。ほかの若者たちもゼルベルトとは違う個性的な色のオーラを全員が纏い始めた。先ほど一撃を入れた若者も、よく見れば薄い青っぽいオーラを纏っていた。


 迫力が違う。存在感が違う。まるで並のドラゴンに迫るかのような圧倒的な力の気配だ。オーラを纏った若者たちは姿かたちは変わらないものの、先ほどまでとは打って変わってまるで別人のようだ。

 自らの巣に迷い込んだネズミを追い払うかのようだった神獣も、その気配の変化を悟ったのか恐ろしい顔つきを、より凶悪に歪めて再び咆哮を放った。

 魂を凍りつかせるような地獄の咆哮も、オーラを纏った若者たちにとっては障害にならない。

「またかよ、この畜生が! うるせぇんだよ!」

 平然と悪態をつきながら赤いオーラを纏ったゼルベルトが怒りに任せて思い切り殴ると、なんと神獣の鱗は容易く砕け散った。ひびが入るどころではなく、赤い破片を撒き散らしながら砕け散ったのだ。

 さらに続く若者たちも神獣の周りで適度に距離をとると、それぞれが思い思いに殴りつけ蹴りつける。一撃、あるいは二撃、三撃で砕け散る神獣の鱗。

 飛び散る鱗はよく見ると、輝く透き通った暗い赤色をしていて、鱗の下の皮膚が真っ黒いようだ。ドラゴンが赤黒く見えるのは、この透き通る鱗と皮膚の重なりゆえであったらしい。

 硬い守りであるはずの鱗が砕けてなくなった皮膚を、今度は手刀で穿ち始める若者たち。鱗がなくなったとしても、本来ならば容易く破れるような皮膚ではない。その皮は超高額で取引されるような幻の素材だ。まさしく世界最強の革製品として取引されるものである幻の一品。ましてや分厚い筋肉や脂肪が皮のすぐ下にくっついている分、刃物であろうと容易く阻むはずだ。

 そこを素手で穿つ試みは無謀でしかない。だが、辺境の若者たちにとってはそんなことは知ったことではない。オーラを纏った体から放つ手刀は、皮膚を確実に切り裂き肉をえぐる。噴出した血に塗れる若者たちだが、やられるままの神獣ではない。

 ドラゴンは地獄の咆哮を上げながら、今度は巨大な尾を振り回し始めた。


 まともに受ければただでは済まない重量物の攻撃は、オーラを纏った若者たちであっても、そのまま受けるわけにはいかない致死の一撃だ。

 素早く察知して飛び退ると、全員がギリギリで避けきることができた。これも事前に知っていた知識によるものだが、いきなりの実戦でよくやるものだ。

 尾だけなく、爪や噛み付きによる攻撃に十分注意しながら、少しずつ少しずつ削っていく。僅かな歩みであるが、尋常ではない体力を誇るドラゴンを確実に倒すためには、長時間に及ぶ戦闘は避けられない。あらかじめ覚悟していたことだ。

 極限の集中力を発揮しながらの長時間の戦闘は、どんなに注意をしていてもミスや想定外のことは起こる。それでも致命的なものは避けながら上手くやっている若者たち。傷薬は持っているものの、それは一瞬で治してくれるような便利なものではない。確かな効果があるが、治癒にはそれなりに時間が掛かる代物だ。もし大きな怪我でも負ってしまうと、この戦闘からは離脱せざるを得ない。それはどうしても避けたい若者たちは、見た目の大胆さとは違って実は酷く慎重だ。


「ぺっ! しぶてぇ野郎だぜ。こいつはまだまだ掛かりそうじゃねぇかよ」

 避け損なって僅かにかすめた尾の攻撃でゼルベルトも怪我を負っていた。血を吐き捨てながらも、ふてぶてしい態度は変わらない。ほかの若者たちも似たようなものだが、脱落した者はまだ誰もいない。

 手数で削って削って削り倒すつもりの若者たちの攻撃で、ドラゴンの腹回りの鱗は軒並み剥がれ落ち、黒い皮膚は引き裂かれてズタズタにされている。

 さしもの神獣も徐々に追い込まれていくの感じたのか、新たな手段に打ってでた。

 尻尾の大ぶりで群がる小さな敵を引き剥がすと、今までにない挙動で腹を大きく膨らませながら息を吸い込み始めた。

「おいっ! あれが来るぞ!」

 これも事前に仕入れた知識だ。ドラゴンの挙動から次の攻撃を察知した若者たちはそれに備えて回避行動を取り始める。

「おあっ!? あ、足が」

 肝心なときにやらかすマヌケはどこにでもいる。一人の若者が足をグキッと挫いて倒れこんでしまう。薬を塗ってしばらく休めば、この戦闘にも復帰できる程度の怪我であるが、今は状況が状況だ。若者たちの間に緊張が走り、ゼルベルトが飛び出そうとするが、それよりも一歩早く飛び出した者がいた。

「ギャラン!? てめぇ、死ぬなよ! ゴッツもな!」

「死ぬか! ゴッツは俺に任せろ! だが、あとは頼んだぜ!」

 足を挫いて倒れたのはゴッツと呼ばれた若者だ。彼はこの中でも一番の力持ちで、獲物を持ち帰るための台車を一人で担いできた者でもある。

 足を押さえながら謝るゴッツを笑い飛ばすと、剛毛のギャランはフサフサの両腕を顔の前に掲げてクロスさせながら仁王立ちになる。ゴッツを庇う位置に陣取り、黄色のオーラが一段と輝きを増す。ギャランは黒い体毛の持ち主だが、身に纏うオーラの影響で全身の毛が金髪になったかのように見えた。

 ギャランが身構えたとき、ドラゴンもまた準備を整え終わったようだ。

 吸い込んだ息を怒涛の勢いで吐き出すドラゴンだが、吐き出されてくるのはただの吐息ではない。

 熱線、あるいは光線と呼ぶべきか。ドラゴンの口からは光り輝く熱の奔流が吐き出される。それは一瞬の間もなくギャランに直撃すると、一直線の光線がギャランを中心にいくつも別れて周囲に撒き散らされる。凄まじい熱は即席のマグマを発生させ、ドラゴンの巣を灼熱の空間に作り変えてしまった。

 それでも熱の奔流はまだ続く。クロスさせた腕に直撃する光線をギャランは耐え続ける。服は焼け焦げ燃え尽きる。さらに、そのギャランから、はらはらはらはらと細かい光が舞い落ちる。まるで命の輝きが零れ落ちるように。はらはらはらはら、零れ落ちては消えてゆく。光線の強い輝きで耐え続けるギャラン自身がどうなっているのかは分からないが、見守る若者たちにとっても不吉な予感は拭えない。


 いつまでも続くかのような熱と光の奔流がようやく収まると、束の間の静寂が訪れた。

「なんだよありゃ・・・・・・火を吹くとは聞いてたけどよ、ありゃあそんなモンじゃねぇぞ、おい」

「あんなもん喰らったら死ぬだろ・・・・・・あ、ギャラン、大丈夫か!? あれ?」

 予想外の出来事に呆然としてしまった若者たちだが、そこにあるべき者の姿を認めようとして混乱をきたした。

「・・・・・・ギャラン、なのか?」

「あいつはギャラン、なんだよな? いや、待てよ」

「ギャラン? ゴッツは・・・・・・無事そうだな。おい、ゴッツ!」

 足を挫いたゴッツは呆然としているが、光線による被害は受けていないようだ。

 ゴッツを守ったギャランはといえば。集落で一番の剛毛の持ち主であるギャラン。彼は、彼らしき人影はそこに確かに立っていた。ただし、変わり果てた姿となって。


「おまえ、ギャランなのか?」

「・・・・・・ぐぅ。さ、さすがにキツイぜ。すまないが俺はもう無理だ・・・・・・あとは頼むぜ」

 言葉少なに倒れこむ仲間を守りきった一人の英雄。

「だからお前よ、ギャランなんだな?」

「さっきから何だ・・・・・・? 俺がギャラン以外の何に見えるってんだ? いい加減、喋るものキツイぜ」

「・・・・・ギャラン、だと?」

「おめぇ、ホントにギャランかよ?」

「・・・・・・何言ってんだ、お前ら?」

 倒れこんだまま不審そうに問いかけるギャランらしき若者。

「マジかよ・・・・・・ぷっ」

「おめぇ、ホントにギャランなんだな。は、ははは、だーはっはっはっ! ま、まじかよ、だっはっはっはっ、ふ、ふふ、腹いてぇ」

「ひーっひっひっひっ、やべぇ、お、おま、笑かすんじゃねぇ! ぷぷっ」

「な、なにがおかしい?」

「ぷぷ、お、おめぇ、気づいてねぇのかよ。ぷぷぷ、そ、その体はなんだよ、おまえ、だめだ。ふははは、だーっはっはっはっ」

 集落で一番の剛毛の持ち主であるギャラン。黒々とした体毛は彼のトレードマークでもあった。服が完全に焼失してしまった彼は全裸のすっぽんぽんの状態だが、そんなもので一々恥ずかしがったり、囃し立てたりする若者たちではない。

 問題は今の彼がトレードマークを完全に失ってしまっていたということ。

 すなわち、全身がツルツルのピカピカになってしまったということだ。

 光線をガードしていた彼からはらはらと零れ落ちていたものは、どうやら彼の焼け落ちた毛だったようである。ギャランの黄色に輝くオーラは、ドラゴンの光線から彼自身の肉体を守ることは出来たものの、体毛までを守ることは出来なかったらしい。毛根まで綺麗に燃え尽きてしまったようだ。

 あるいは、体毛を犠牲にすることで助かったのかもしれない。ほかの若者ではギャランのような剛毛は持っていないので、ひょっとしたら同じようなオーラを持っていても助からなかった可能性もある。恐るべし、剛毛。


 どういう理由でか唐突に気を失ったギャランを見てさらに爆笑する若者たちだったが、忘れてはならない。今がどういうときであったかを。

 神獣が如きドラゴンが自らの存在をアピールするかのように、今までにないような怒りの篭った大咆哮を上げる。だが、それは逆効果だったようだ。

「・・・・・・こんの、クソド畜生がよっ、耳元で、うっるせぇんだよっ!」

 首を伸ばして若者たちに割り込むように咆哮を上げたが、それはゼルベルトのちょうど真横だったのだ。

 最強の魔獣との戦いの場にそぐわず、笑い転げていた若者たちだったが、楽しい時間に水を差されては誰でもイラっとしてしまう。理不尽なようだが、世の中そんなものだ。特に耳元でドデカイ声を上げられれば怒りもする。それが短気な若者ならば激怒するのも当然だろう。

 赤いオーラを纏ったゼルベルトは振り向きざまに渾身の力を込めたアッパーカットを神獣のあご先に炸裂させた。

 それなりの時間を戦っていた若者たちだったが、ドラゴンに対しては主に胴回りを削る攻撃を繰り返してきた。頭部は基本的に高いところにあるし、牙や炎にと気をつけるべき場所でもあるから、長期戦を想定する場合は積極的には狙わない。弱点ではあるかもしれないが、リスクが高いからだ。あご先を直撃したゼルベルトの攻撃はあくまでも偶然の産物だ。


 あくまでも偶然にすぎない。だが、ゼルベルトの会心の一撃は、あごを通して神獣の脳へと確かに伝わり、誰にとっても不可能であろうドラゴンへの奇跡のKOを成し遂げた。


 白目を剥いてぐらりと傾く巨体。アッパーを放ったゼルベルト自身も驚きを隠せない。何が起こったか分からずに硬直する空間。直後に盛大に倒れ伏した巨大な最強の魔獣にして神獣。最初に硬直から復活したのはやはり、勝負を決めた男だった。

「今だぜ! おめぇら!」

 ドラゴンは気を失っただけで、まだ止めを刺したわけではない。時間が経てば起き上がるのは間違いなく、今のうちに仕留める必要があった。

 若者たちはゼルベルトと同じように頭部に殺到すると、2メートルはありそうな長い角を捕まえる。すると、綱引きでもするように、渾身の力を込めて引き抜き始めた。

「ぐぎぎぎぎぎぎ、やっぱり硬ぇ!」

「もっと気張れ! うおおおおおお!」

 ドラゴンともなれば、あまりの巨体ゆえに気絶していようとも普通に殺すには手段が限られる。特にろくな武装も持っていない若者たちであれば尚更だ。

 ならばどうするか。当たり前のことだが弱点を狙うのだ。それは頭部に二本だけ生えた角。竜退治でポピュラーな方法は角を叩き折ることだが、それでは素材の価値が激減してしまう。とにかくドラゴンは角に重大な損傷を与えれば、それだけで倒すことができる。獲物が気絶した今、若者たちであれば殴るなり蹴るなりして叩き折ることは可能だろうが、彼らはそれをしない。なぜならば、折ってしまえば価値が下がるからだ。すると取れる手段は一つしかない。引っこ抜くのだ。

「だっしゃらああああああ」

 動ける若者たちが全員で力を込めて二本の角を引き抜きに掛かる。強固にくっついていた角だが、ずずっと動き始めると、一気にズポッと引き抜くことに成功した。

「よっしゃああああああ! 勝ったぞおおおおおお!」

 誰ともなく勝利の雄叫びを上げると、皆がそれに続く。今日はお祭りに騒ぎになりそうだ。

 哀れ最強の魔獣は気を失ったまま、永遠にその生涯に幕を閉じたのだった。


 余談だが、世界最強の魔獣にして幻獣と呼ばれるドラゴンだが、そんなドラゴンにもご丁寧なことに、角のほかにも、たった一つだけだが弱点がある。

 全身を覆う数多くある鱗の中で、一枚だけ形の違う鱗が必ず体のどこかにあるのだが、それこそがドラゴンの弱点となる。いかなる固体であろうとも、その鱗を砕くだけで死に至るとされる、まさしく致命的な弱点だ。普通、ドラゴンの討伐には、まずその形の違う鱗を探し出すことが必要条件となる。角の破壊を目論むよりも、よほど勝利できる確率が高い。ましてや辺境の若者たちのように、腕試しとして正面切って戦うなど正気の沙汰ではない。

 まぁ、いずれにしろドラゴンとの戦闘自体が余りにもハイリスクなのであるが。

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