おじぞうさんと泥棒

 あるところに気弱な泥棒がいました。

 その泥棒は泥棒なのですが、いつも気弱ゆえに行動がわかりやすく、盗むときはおどおどしてしまうので、他人にわかってしまい、いつも盗みを失敗してしまい、結局何も盗めないままでした。

 情けないことに泥棒のくせに、いまだに人から何も盗んだことはありませんでした。

 かといって村に戻り、真面目に仕事をしようにも、村の人々は泥棒だと知っているので、真面目に働くこともできません。

 泥棒がどうやって生き延びているかというと、いつも近くのおじぞうさんにお供えされるおにぎりやお団子などを食べて生き延びていました。

 しかしそれだけではおなかは減ったままです。

 泥棒はおじぞうさんの側の木の下にへたり込んでおなかをさすると、おなかから大きな音がなります。


(腹減ったな・・・)


 木の上には小鳥たちがピヨピヨと楽しそうにじゃれあっています。

 今の泥棒には何もかもが食べ物に見えます。

 思わず小鳥に手を伸ばしますが、届くはずもなく、あまりの空腹にがっくりと肩を落とします。

 泥棒はおじぞうさんに近づく足音に気がつきました。


(お、もしかしたらお供え物かもしれない)


 泥棒は期待しながら木陰から誰が来たのか足音の方を見ます。

 足音はゆっくりゆっくりおじぞうさんに近づきます。

 ようやく姿が見えると、おじぞうさんのそばにやってきたのは腰のまがったおばあさんでした。

 おばあさんは背中の風呂敷を下ろし、包みを解いて、中からおにぎりを出しておじぞうさんに供えました。

 そしておばあさんは手を叩いておじぞうさんにお願いします。


「どうか今日も一日幸せでありますように。村の人々も幸せでありますように。おじぞうさまどうかお願い申し上げます」


 おばあさんは、へえへえと言いながら手を大事にすり合わせてお願いしています。

 泥棒はその様子を見ながら早くおばあさんが行って欲しいと思っていました。

 泥棒のおなかは鳴りっぱなしで、先ほどから生つばばかり飲み込んで、のどがゴクリと鳴るばかりです。

 泥棒の頭の中はもうおにぎりのことでいっぱいです。

 ようやくおばあさんの長い儀式のようなお願いが終わり、泥棒はおばあさんの姿が見えなくなったと同時におにぎりをおじぞうさんのところから盗んで木の下でむしゃむしゃと食べてしまいました。


「あー、おいしかったなあ。これで少しは動けるようになったぞ」


 泥棒は今日こそは何か盗まないとずっとこの生活だと思って、村に盗みにでかけることにしました。

 村へ行く途中、泥棒は道の真ん中におばあさんがへたり込んでいるのを見つけました。

 泥棒は思わず木陰に隠れてしまいます。

 木陰からそっと様子を伺うと、おばあさんの背中越しにおばあさんが必死に祈っている声が聞こえました。


「足をくじいてしもうた。おじぞうさま、どうか助けてくだせえ。わしはこのまま村に一人で帰れなくなってしもうた。どうかおじぞうさま、わしを村まで連れて行ってくだせえ」


 おばあさんは必死に手をすり合わせながら祈っています。

 泥棒は見捨てておくのもかわいそうになってきて、勇気を出して木陰から出ておばあさんを助けることにしました。


「おい、ばあさん。村まで背負っていってやるから、ほら」


 泥棒はそう言って、おばあさんを背負って村まで必死に歩いていきました。

 おばあさんは背中で言います。


「ありがとうごぜえます。ありがとうごぜえます。こりゃあ、おじぞうさんがお前さんをよこしてくれたんじゃ。おじぞうさんがお前さんをよこしてくれたんじゃ。助かった。本当に助かった」


 おばあさんは背中におぶられながら、何度も何度もお礼を言いました。

 泥棒が、がんばっておばあさんを村まで背負って帰ると、おばあさんは村の人々に言いました。


「足をくじいて歩けなくなって、おじぞうさんに祈っていたとき助けてくれたんじゃ。あの人はおじぞうさんがつかわしてくれたんじゃ。あの人のおかげで助かったんじゃ」


 おばあさんが、村の人々に言うと村の人々は今までの泥棒への目を変えました。


「お前は本当はいいやつなんだな」

「ちゃんと必死に人助けをするとは見直したぞ」


 村の人々は、結局何も盗まれていないし、今回の人助けのこともあるので、今までのことは水に流そうということになりました。

 その夜、おばあさんを助けた元泥棒は村の人々から厚い歓迎を受けました。

 たくさんの食べ物やお酒を村の人々と一緒に分かち合って食べました。

 元泥棒は感激して目頭を厚くさせました。

 肩を抱き、楽しみを分かち合い、笑いあう。

 孤独ではちきれそうだった気持ちもあたたかなものに満たされていくのがわかりました。

 元泥棒は思いました。


(この笑顔や幸福を人々から奪っちゃいけない。これからは大事な人々の笑顔を育てられる人になろう)


 その瞳には、泥棒だったころの鋭く冷たい光は消え去り、あたたかなともし火がしっかりと宿っていました。

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2つの泥棒のお話 光野朝風 @asakazehikarino

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