ポストは待っているのだ

新吉

第1話

 赤いポストは待っていた。


 雨が降っている。

 ざあざあと、


 赤いポストはびしょ濡れだ。

 中の大事なものは濡れないようにしながら、ただひたすら赤いポストは待っていた。


 雨が止んだ?

 違う、傘がポストにかかった。

 ポストに入れる際に大事なものが濡れないようにポストの方にも傘を差してくれる。待ったかいがある。


 その人はポストに大事なものを入れると、傘を脇に差して両手でパンパンとする。赤いけど別に神社じゃないからね、そうしなくても届くからね、そう赤いポストは思った。




 赤いポストはまだまだ待っている。


 夏の暑い日だ。

 赤いのは熱があるわけじゃない。だけどとっても暑い。

 じりじりと焼かれている。

 ゆらゆらと揺れている。

 ぎこぎことこいでいる。

 誰かがきてチャリンコから降りずに、大事なものを押し込んできた。


 溶けたチョコレートが付いていた。





 赤いポストはまだまだまだ待っている。


 セミが1匹また1匹と鳴き止んでいく。梅雨が明けて夏が始まり、あっという間に夏が終わる。それでもポストは立っている。風が冷たくなっても、枯れ葉降ってきても、雪が降ってきても、桜が降ってきても、雨が降ってきても、それでもポストは待っている。






 〇〇〇〇〇〇




「赤いポストは待っていた。おしまい」


「えー!おしまいなの?もう終わりなの?何もないよ?」


「おじいさんが昔に書いた古い本だからね、しょうがないのよ」


「ねーポストってどんな子なの?どうして赤いの?何を待ってたの?」


「見せてあげるわよ」



 おばあちゃんはそう言うと暖炉のそばから立ち上がり、膝に乗っている子をおろした。奥の書斎へとその子を連れてきて布を被っている四角いものを見せる。



「こ、これって」


「これがポストよ、びっくりした?」


「うん!すごーい、固い!」


「これはね、お手紙を大事な人に届けるためのものなのよ、ここからお手紙を入れるの」


「私もやりたい!」


「あ、でも今はもう…!」



 小さな子は走って紙とペンを取りに行ってしまう。



「もう郵便屋さんはいなくなってしまったから、届かないのよ」



 そうおばあちゃんは1人呟いた。ポストの脇にあるクッキーの缶の中には古ぼけたたくさんの手紙があった。茶色く汚れたそれを手に取り、にっこりと微笑む。



「おばあちゃん?」


「なあに?」


「お手紙ってどやってかくの?教えて?」



 向こうで書きましょうと、小さい子をリビングダイニングへと連れていく。今ではだいぶ旧式となったキッチンの隅にマカダミアナッツチョコレートが今も置いてある。小さい子は目ざとくそれを見つけた。



「ねえねえ、おばあちゃん?食べてもいい?」


「いいわよ、よく噛んで食べるのよ。おばあちゃんはもう食べられないから、」


「チョコレートのところだけ食べたらいいんだよ!」


「でもねえ」


「おじいさんはいっつも食べてた!」


「大好きだったからね」



 そうして食べながら書いた手紙には、ペタペタと手形がついたのだった。おばあちゃんと小さな子はそれをポストに入れる。



「ただいまー」


「おかーさんだ!」


「あ、こら待ちなさい!」



 走って行ってしまって、おばあちゃんが少しよろける。



「こら!!走ってばっかで危ないでしょ?ただでさえ古い家なんだから」


「あのね、おかーさん、おばあちゃんと一緒にお手紙かいて、ポストに入れたの!」


「母さんの書斎に?ひとりで入ったの?」


「大丈夫よ、私と一緒よ。もう歳ねえ、あなたみたいに元気いっぱいで困っちゃう」


「あ、大事なポストに手紙入れてもよかったの?お父さんとの」


「いいのよ、もう届かないんだし」


「あのねー本読んでもらったの!ポストの話!」


「あれね!私も小さい時読んでもらったのよー!」


「おかーさんも!?」




 玄関から暖炉のあるリビングへと歩いていく。



「そうだ母さん、暖炉の調子どう?」


「ああ、本当にすごいね今は。火も暖かさも暖炉そっくりだよ。もう薪割りも掃除もできないからねえ」


「ほんと、もう一緒に住まない?」


「いいや、ここがいいよ。お父さんとの思い出があるからね」


「そういや、あれ本当にお父さんが書いたの?」


「そうだよ?」


「お父さんじゃなくて母さんが書いたんじゃないの?」


「何言ってんのよ、私は今も昔も書くより読む方が好きなんだから」


「だからおばあちゃん、本いっぱい読んでくれるんだね!」


「そうそう」

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ポストは待っているのだ 新吉 @bottiti

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