健太と陽子

 昼休み、給食を食べ終わった後校内を歩いていると、男の子が三人トイレから出てきた。教室で見た顔だ。

 出てきたのは女子トイレではないのか? と思って三人を見ると皆いかにも悪戯をした後のように笑いあっている。

 それにしては人目も憚っていない、と訝しんでいると女子トイレから女の子が出てきた。

「み、水無月さん!?」

 頭から水を被った様にずぶ濡れの姿で出て来たのは、隣の席の水無月空湖。今の三人にトイレで水をかけられたのか!?

「あらコウ君」

 コウ君? と呼び方を疑問に思うが、それよりも……。

「どうしたの?」

 今の三人に水をかけられたのであろう事は予想できるが、それでもそう聞いてしまう。

「うち、お風呂ないから。助かるのよね」

 と涼しい顔をして言う。

 周りを見ても誰も気にしていない、いつもの事だという反応だ。

 だけど僕は彼女の姿を見てドキリとする。

 ボサボサの髪は濡れてぴったりと張り付き、だぼだぼの服は体に張り付いてその形をはっきりと浮かび上がらせ、肌の色が透けて見える。

 その形は僕と同い年とは思えないほどの体つきで……。

「どうしたの? 顔、赤いよ?」

 と言って僕の額に手を当てる。

「あ、いや。何でもない」

 と言って上着を脱ぎ彼女に着せる。まだ春先で濡れたままでは寒いだろうし、何より……、目に毒だ。


 午後、ずぶ濡れのまま座る彼女を横目に落ち着かない気持ちで授業を受ける。

 空湖はベストを持っていないようで、僕の貸した上着を着たままだ。上着の下はまだ濡れているようで、絞った様子もない。着替えないと風引いちゃうんじゃ……。

 それよりも僕の上着を着ているのだから僕が貸した事は一目瞭然だ。クラスの皆は彼女よりも時折僕の方に不審な目を向ける。

 転校早々、僕の立場はまずい事になっているのでは? 天才とまではいかないが、どちらかと言えば僕は運動よりは勉強に打ち込んできたタイプ。勉強は自信があるが喧嘩も気も弱い、世間ではいじめられやす方に分類されるだろう。きっかけがあればいつそうなってもおかしくない。

 一年で卒業だけど、こんな田舎町では中学校の顔ぶれはあまり変わらないはずだ。

 居たたまれない気持ちのまま放課後になり掃除の時間になる。来て早々掃除当番なわけだけど、席で分けられているという話だ。

 だけど席の範囲に入っている空湖はいない。勝手に帰ったのではなく皆が爪弾きにしているのだ。先生も何も言わない。

「関わるなって言ってやったろ」

 昼間僕に忠告してくれた男の子、沢尻健太がほうきを持って言う。

「いや、でも……あれは」

「今は来たばっかりで知らないだけだって思われっけど、これ以上関わるとあいつらに目ぇ付けられっぞ」

 あいつらというのはあの三人だろうか。いかにもクラスのガキ大将っぽかったけど。

「でも、あれほっとくわけには……、いくらなんでも……あんな」

 顔が赤くなってしまう。

「何? もしかして、あいつの体見てコーフンしたの? キモッ」

 健太と一緒に忠告に来てくれた女の子、三木陽子が言う。キモッ……て。

「俺らはあいつの裸なんか小っさい頃から何度も見てっからな。見たけりゃ見せてくれんぞ」

「女子の間で『キモ男』のあだ名付くけどね」

 そうなのか。ああいう光景が日常茶飯事なら誰も気に留めないのも頷けるが、本人は? 確かに気にしている風ではなかったが、慣れるものとも思えない。

「あいつは、ちょっとおかしいんだよ。悪い事は言わねえ、無視しても誰もお前をひどいって言わねえから、もうあいつとは関わんな」

 そうしたいが、完全にタイミングを逃してしまい、あの子は僕の上着を着たまま帰ってしまった。明日着て来てくれるだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る