第3話 頭の上半分へのお知らせ

 特に、戦国時代の史跡の発掘を始めてから成長が進んだ気がする。

 教科書の中では遠い昔に感じるが、考古学の中では最近の話と言ってもよいかもしれない。掘り出される白骨には、まだ髪の毛が生えていて、生きている頃の人の形を容易に想像できる。

 沢山の人骨を丁寧に掘り出しては、きれいに清掃する。学問のためとはいえ、にとっては墓暴きと何ら変わらないだろう。突然、永い眠りから呼び戻されて、太陽の下へさらけ出される。もちろん、無念のうちに打ち捨てられた遺体もあるだろうが、静かにねむらせて欲しいと願う白骨の方が多数を占めるのではないだろうか。


 まだ、声も聞こえず、何も感じなかった頃――ちょうど一年前のこの時期、暑い夏の日だったが、私は病気になったと勘違いした。


 日が暮れて、発掘調査現場を後にした私は、車を運転しながら、いきなり頭に鳥肌が立つのを感じた。寒い冬に感じるそれとは明らかに違うところがあった。

 肌が露出している腕や足など、特に寒い箇所だったり、全身に鳥肌が立った経験はある。しかし、その日のそれは、耳から上――私の頭部の北半球だけにやってきた。

 頭の毛が逆立つのを感じ、私は思わず身をすくめた。幸い、運転には影響がなく、事故を起こすことはなかったが、その日から、週に一、二度同じように鳥肌が立つことがあった。鳥肌だけならまだよかった。問題を深刻にしたのは、その場所だった。毎日通る、発掘現場からの道程みちのりの中で、ある、決まった場所に通りかかったときにだけ鳥肌が立つことに気が付いたのだ。

 その内、私は、その場所に差し掛かるときには十分注意を払って、いつでも鳥肌が立ってもいい準備をして運転に臨むようになった。することと言えば、何のことはない、初めから身をすくめておくことだけなのだが。


 いつもと同じ、決まった場所で、いつも鳥肌は頭の半分だけ。気味が悪いと思いながらも、不精の私は、次の朝にはすっかり忘れてしまう。


 真っ暗闇の帰り道、私は恐怖にさいなまれ、私はきっと病気なんだ、来週には必ず受診しようと病院を探すことを誓うが、朝になるとまたすっかり忘れてしまい、また同じことを繰り返す。


 ある日、やっと思い出して最寄りの病院をマップで探した。思いのほか近いところに病院があることに気が付いた。おあつらえ向きに、オペ数が突出して多い事で有名な、実力派との呼び声が高い脳神経外科だった。


 早速予約を入れようとしたところでハタと気が付いた。

 その脳神経外科の場所は、なんと、いつも私の頭部に鳥肌をたてる、その場所の目の前だったのだ。


 なんだか、納得してしまった。なるほど、おそらく、あの病院で手術が行われたとき、その前を通ると患部と同じに鳥肌が立つのではないだろうかと。


 患者は無事生還したのだろうか、それとも、反対に、私にいちいちお知らせしつつ、どこかへ旅立つ瞬間だったのだろうか。

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