英雄王の誕生

「ではお前の言う通りにしよう、国王レオナルドよ」


 ややあって発せられた玲の言葉が玉座の間の張りつめた静寂を破った。

 するとどこかほっとした様子で笑みを浮かべた王は玉座から立ち上がり、心からの称賛を込めて侵入者達に拍手を贈った。


 がらんとしたその空間に、ぱち、ぱち、ぱち、と乾いた音が響く。 

 ゆっくりと手を叩くその彼の表情にはやはり普段の疲れ切った、頼りない、という印象は微塵も感じられない。


 そこには長年の苦悩から解き放たれたことへの解放感にはじまり、目の前に立つまるでおとぎ話のような英雄への憧れやかすかな嫉妬、ようやく愛する民に報いることができることへの喜び……。

 無数の感情が浮かんでは消え、浮かんでは消え、めまぐるしく渦巻き、混ざり合っていた。

 

「さあ、記念すべき新たなる王の誕生とこのユピヌス王国の繁栄の始まりに神の御加護があらんことを! そしてこの国の為に立ち上がってくれたお主ら“カンパニュール”には心からの感謝を送ろう、大儀であった!」

「我々がこの国を治めるからには必ずや全ての民に永遠を約束しよう・・・・・・・・・・・・・・・・。ではついてきてもらおうか、レオナルドよ」



「ひいぃ! お、お前ら! こ、こんなことをしてどうなるかわかっているのか!」

「さあね! いったいどうなるんだ? 貴族様よぉ!」

「さっさとくたばれ! この豚どもめ!」


 玲達が玉座の間で会話を交わしていた頃、ユピヌス王国各地では冒険者達による反乱が起こっていた。

 彼らはレイとダロンの練った計画の通り、日が昇ると同時に一斉に王国中の貴族の邸宅を襲撃した。


 斧で柱を切り倒す者、魔術で火をつける者、ため込まれていた財宝を運び出しばらまく者……あらかじめ玲達に“貴族は生かしたまま捕らえてほしい”と言われていたため殺しはほとんど見られなかったが、冒険者に限らず農民や奴隷達までもが皆思い思いにそれまでの貴族に対する恨みを表現していた。


「は! こんだけばらまいてもまだなくならねぇとかどんだけため込んでんだ、奴らはよぅ」

「まったくじゃ。わしら農民たちにつらい思いをさせておいて自分達は豪遊とは、骨の髄まで腐っておるわい!」

「まあそれも今日で終わりだ、この反乱のおかげでな」

「この国の生まれではないと言っていたのにここまで俺達を助けてくれた彼らには感謝しなければならん」

「違いない! “カンパニュール”万歳!」


 生き生きとした表情で財宝を運び出していく反乱者達。欲に目がくらんで奪い合いを始める者がほとんどいないのは、彼らに“真の英雄の庇護のもとにある”という意識があるからか。

 とにかく、作業は大きなトラブルもなくスムーズに行われていった。


「ところで始まってからもうすぐ半日になるが王都の方はどうなってるんだろうな」

「気長に待とうぜ。いくらレイ達Sランクがいるとはいえあの王城に正面からなぐりこんでるんだ、まだかかるだろ。それよりも早く片付けて酒だ酒」

「あそこの兵士性格は糞だが実力はそれなりだからな……。まあそれもレイ達にぶちのめされると思えばスカッとするぜ」


 やがて、一通り騒ぎが落ち着くと、猿轡を嚙まされ縛られた貴族達の姿を肴に冒険者達は酒を飲み、騒ぎ始める。その中には邸宅で働いていた平民上がりの衛兵やメイド達、そして領民までもが混ざり、とても賑やかなものになった。


「冒険者様、ありがとう!」

「これで生活が楽になるわ」

「今日は宴じゃ、騒ぐぞ!」


 今まで屍のような状態だった人々の顔にも生気が戻り、子供を持つ母親たちは涙を流し神に感謝をささげている。

 それはどの街、村でも変わらず、今この瞬間のユピヌス王国中で見られる光景であり、そして彼らの宴は玲達による“国王を捕らえた“という知らせが届いてからはより一層その激しさを増していく。

 そのにぎやかな祭りは、夜の間中ずっとおさまることはなかった。


“国王レオナルド及び以下の貴族の処刑および新国王の戴冠式を王都、王城前広場にて1週間後に行う”


 次の日の朝、王国中にそう書かれた立て札が立てられた。玲達“カンパニュール”の仕業だ。

 その知らせを受け取った王国民の多くは、是非歴史の変わる瞬間に立ち会いたいと何日もかけて王都テオルナに足を運んだ。

 結果1週間後には王都中の宿屋が満室になってもなお足りず、街を覆う壁沿いをびっしりと野宿する者達が取り囲むほどに人が集まることになった。


 雲一つない晴天の下、王城前の広場には数十名の貴族達が縄で縛られ並べられている。

 完全に諦めて頭を垂れている者、死の恐怖に泣き叫ぶ者、神に祈りを捧げている者……彼らの行動は様々だ。


 そんな中、他の貴族達よりも一段高いところに座らされていた王は、目の前で醜く足掻く受刑者達や希望の宿った眼で“真の英雄”を見つめる民達を満足そうな穏やかな表情で眺めていた。


「今日はよく集まってくれた、愛すべき王国の民達よ。これからこのユピヌス王国に災いをもたらした愚か者達の処刑を始めよう」


 玲が宣言すると、民衆の野次と貴族達の必死な命乞いの声が一層大きくなった。

 しかしそんなことは関係ないとばかりに、死刑執行官の手によって元々の貴族位の低い者から一人ずつ順番に首を落とされていく。

 今まで好き勝手に虐げられてきたせいだろうか、広場の熱は彼らが処刑されるごとにどんどんと高まっていき、王の順番が来る頃には既にこれ以上上がりようがないほどになっていた。


「遂に私の番かな、レイよ」

「ああ、そうだ。レオナルドよ。何か言い残すことはあるか?」

「いいや、今まで無能ゆえに操られ続けてきた私にとってここは最高の死に場所だよ。強いて言うならば再び繁栄した王国をこの目で見られないことか」


 彼は、憑き物が落ちたような晴れやかな顔でそう小さく答える。そんな王の様子に気付いているのは“カンパニュール”の5人だけだ。彼の呟いた内容も、その表情も、すべて場の熱気にのまれてしまう。


「心配せずとも、我々が導くからには万が一は起こり得ない。安心して逝くがよい」

「そうさせてもらうとしよう。最後になるが、“カンパニュール”の諸君……いや、“救国の勇者達”よ、心からの感謝を。大儀であった!」


 その言葉を最後に、国王レオナルドは処刑され、大国の王の最後にしてはあっさりと命を散らした。

 死の恐怖など露ほども感じていないような、透明で慈愛に満ちた笑顔のままで。


 見物人達はそれに一瞬気を取られたものの、すぐに“貴族が平民の自由を祝福するはずがない、気のせいだろう”と意識の外から追いやった。

 それを心に留めたのは“カンパニュール”の5人と、王に未来を託された唯一の貴族――バッチット男爵のみであり、誰も王の本心など知らないまま。

 

 ――そして、死んでいった王も、民衆も。誰も玲達の本心など知らないまま。


 こうして処刑は無事終わり、続けて行われたのは新国王の戴冠式だ。

 新たな伝説の誕生をこの目で見ようと広場から遠いところにいる人々が押し合い王城前へと詰めかけようとするのが見て取れるが、そうこうしているうちにも儀式は進む。


「これにより今まで王国に蔓延っていた腐敗はついに一掃された! そして今日この時からはこの私、夏目玲が王になり、このユピヌス王国に永遠の繁栄をもたらすために尽力すると約束しよう!」

 

 最後。

 跪いた文官に渡された王冠を被り、王家の紋章の刻まれた儀礼剣を掲げながら玲が力強く言い放つと、その新たなる英雄達を称える声は一層勢いを増していく。そして――。


「「「おおおおおぉぉ!!!」」」

「英雄王の誕生だ!」

「これで安泰だわ!」

「レイ王、万歳!!!」

「“カンパニュール”、万歳!!!」

「「「万歳! 万歳! 万歳!」」」


 ――ついに、民衆の興奮が最高潮に達した。


 喜び、感動、期待、憧憬……。

 民衆達の、様々な思いの乗った空が割れんばかりの大歓声を全身に受け5人の絶対強者は静かに笑みを浮かべる。


 大胆かつ繊細な計画のこの上ない成功を喜んで。

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