忠実なるしもべ

「最後にひとつ、皆に聞いてもらいたいことがある」


 いつまでも続くと思われた民衆の喝采を鎮めたのは玲のその言葉。

 誰もが王の言葉を聴き洩らさないよう、耳だけでなく全身を集中させる。


「皆も知っての通り、この国は先の革命により国力が大きく衰退した。特に軍、そう、武力だ」


 玲達が革命を起こすまで、ユピヌス王国の軍とはすなわち貴族達の指揮する私兵の寄せ集めだった。

 兵士は徴兵された平民達が主であり、個々の強さはそれほどでもなかったのだがユピヌス王国は大国であるため貴族の数も人口も多い。

 故に兵士の総数は周辺諸国と比べても非常に多く、他国との戦争でも殆ど負けることがなかった。

 まさに“数とはただあるだけで脅威”ということなのだろう。


 しかし、革命が成し遂げられた今、その状況は大きく変わった。


 まず軍のトップであった貴族達はまとめて処刑された。

 それに加え比較的強かった貴族の私兵は貴族と共に処刑され、半ば強制的に従わされていた平民達は解放され。

 指揮する者も、指揮される者もいなくなってしまった。

 したがって今現在のユピヌス王国に兵力と呼ばれるものは殆どないのである。


「――確かに我々5人もいるが、常に君達を守ってやれるわけではない。故に我々は決断した。闘技大会を開くことを。そしてそれを新しい国軍の礎にしようと」


 民達はその言葉に顔を見合わせ、首をかしげる。

 玲の言い回しは少々独特かつ抽象的であるため理解できない者も多かったようだ。

 そこで玲は流石に説明が足りなかったか、と言い直す。


「分からないか? つまり、その大会で上位に入った者を軍の中枢に据えるということだ。詳細はまたその時に説明するが、戦って勝てば勝つほど良い地位につけると思ってくれればよい」


 今度は大丈夫だったようで民衆、特に冒険者など戦いを生業とする者達を中心にどよめきが広がっていく。

 

 生まれた家――血統ありきであったこれまでと違い、強ささえあれば成り上がれる。

 それは彼らにとって非常に魅力的な提案であり、夢のある話だった。


 人々の肯定的な反応に玲は満足し。

 話は終わりだとばかりに手を叩いて民衆を鎮め、最後に締めの言葉を放つ。


「――さて、新たなユピヌス王国の門出を祝って、ささやかではあるが私達から皆に酒を用意した! 思う存分飲み、食い、そして騒いでいくがよい!」


 それを合図に王都中の酒場の従業員と低ランク冒険者により王城前の広場にテーブルとイスが用意され、沢山の酒樽が運び込まれる。

 商人達もそれを取り囲むように次々と屋台を準備している。

 その品揃えは料理や果物に始まり果ては各地の伝統工芸品や装飾品など、と様々であり、中には他国からはるばるやってきた者も見受けられた。


 ――そしてついに、記念すべき新時代の幕開けを祝う1か月にもわたる宴が始まった。


「わははは!!」

「新国王、万歳!」

「女神様、万歳!」


 あちこちで楽しそうな声が聞こえる。老若男女問わず皆、両手に玲達の振舞ったエールやい屋台で売っていた串焼き肉などを持ち騒いでいる。

 道端では早速踊り子や吟遊詩人たちによる英雄譚が謳われており、直接目にすることができなかった者達にもその偉業は伝わっていく。


 玲達本人もそれぞれ街へと繰り出し、王国民達の握手や赤子の名づけを求める声に応えて回った。

 彼らの満面に幸せがうかがえる表情はそれまでの圧政による影響などまるで夢だったかのようであり、革命の立役者である冒険者達も口々に褒め称えられどこか誇らしげだ。

 日が傾いても王都のお祭り騒ぎはとどまることを知らずいつまでも続き、治まるどころかどんどんと盛り上がっていった。



 しばらくして王城に戻った玲達は、最上階にある元王の私室でワイングラス片手に一息つく。注がれているのは処刑された貴族の隠し持っていた高級ワインだ。


「やはりワインの味は微妙だな。公爵秘蔵ということで少し期待していたのだが……」

「黒の国のやつにはとてもじゃないけれどかなわないわ。そういえば“虚空庫”に確か沢山あったわよね、ねぇレイ一本開けてもいい?」

 玲がぼやくと、ローラも顔を歪めてそれに賛同する。他の3人も同意見のようだ。ようやく、この世界は強さ、魔術、技術に続き食のレベルも前の世界よりも全体的に低いということ確信した彼は少し落胆する。そして彼女の提案を間髪を入れず受け入れた。


「頼む。あ、どうせなら一本とは言わずもっと開けてもいいぞ、私も飲みたい」

「あれ、レイくんいつもならそんな飲まないのに。珍しいねぇ」

「まあこういっためでたい時くらいはいいかと思ってな。ジョージはいつもと同じものでいいか?」

「おうよ! ワインも嫌いじゃないがやっぱ一番はエールだな」

「玲様、私には白頂戴」

「じゃあ僕も白もらおうかな、カエデちゃんと同じのでお願い」


 そして黒の国産の上質な酒が行き渡ったあたりで5人は改めて杯を上げた。グラスがシャンデリアからの光を受けてキラキラと輝いており、贅の限りが尽くされた煌びやかな部屋によく映えている。

 そうしてそのまましばらく静かに酒の味を楽しんだ後、一同はバルコニーへと場を移した。


 外はもうすっかり暗くなっているが、未だに王都での民達のお祭り騒ぎは続いており街は明るい。

 一同はそんな光景を眼下に望み、気持ちいい夜の風を感じながら談笑する。

「そういえばレイ、王国を手に入れたのはいいけどこれからはどうするの? このまま隣の帝国かエールアノスまで攻める?」

 酔って少し頬を赤らめたローラが問う。軽い口調だが言っている内容は恐ろしい、流石は5人の中で最も好戦的なだけある。

「いや、いや。まずは王国の統治だ。足元を固めなければ」

「統治だって? 俺難しいことは分からんからパス!」

「ジョージくん諦めるの早すぎ……。多分今まで通りだから大丈夫だよ。でしょ、レイくん?」

「ああ。基本的に軍の将軍を務めてくれればそれでいい。最初は兵士の補充と訓練が主な仕事になるだろう」

「そんな手間も時間もかかることしなくても、いつもみたいにアンデッドとか作ればいいんじゃない?」

「そうしたいのはやまやまだがな、立場上そうもいかんだろう」

 ローラが突っ込みを入れるが、玲は面倒だが致し方ない、というふうに首を振る。


 実際彼の作るアンデッド、例えば黄金の虚鎧ゴールダーと呼ばれる金色に輝く鎧を身に纏った騎士は、媒体として死体といくらかの純金が必要だが強さではAランク冒険者パーティ1つと同等かそれ以上の戦力を誇る。


 他にも種類を挙げればきりがないが、皆この世界基準ではずば抜けて強く、それでいて疲労しない上にコストもかからず維持が楽、という点では兵士を雇うよりも遥かに都合がいい


「仮にも“救国の英雄”が死者を冒涜するわけにもいかないしねぇ、しょうがないか」

 

 ――しかし、あくまで“人”として行動している以上それは選んではいけない方法だ。

 この世界ではアンデッドは死者の怨念が集まり自然発生するまたは魔族の使役する邪悪なものとして広く信じられている。そんなものに手を出していると知られたらせっかく5人が積み上げてきた今までの努力が台無しになるだろう。


「そうだ、こっちに彼らを呼べばいいんじゃない? それくらいなら古い知り合いとか言ってごまかせるでしょ」

 ダロンが、新たに兵を教育する労力を考えてため息をついていた仲間達に不意に思いつきを述べた。

「彼ら……エルヴァー達のことを言っているのか? 名案だが果たしてあれに巻き込まれて無事かどうか……」

「僕達みたいにどこかに転移しているかもしれないし。ローラかカエデちゃんなら万が一死んでいても復活させられるでしょ?」

「うん。魂が完全に消滅していない限りは」

「私は疲れるからあまりやりたくないけどね」


 女性2人も彼の提案を後押しする。

 その案とは、玲達のもとに“黒の国”にいた頃に彼らに仕えていた忠実な副官達を召喚するというもの。しかし、リーダーは素直に首を縦に振らない。

「ひとつ思ったのだが、あいつらも人間ではなかろう?しかもエルヴァーとツィアータに至ってはアンデッドではないか」

「それを言ったら今更だろ? 性格的に人間と仲良くできるかは確かに心配だけど」

「まぁ大丈夫だ! 最悪俺らがぶんなぐって言うこと聞かせればいいだけだしな!」

 ジョッキに残っていたエールを飲み干し大男が豪快に笑う。流石に4人が賛成している以上無碍にするわけにもいかないと、玲はようやく同意の意を示した。

「ジョージ、お前のところが一番心配なのだが……。まあいい、やってみようか」



「さて、呼ぶぞ。《血盟召喚》」


 玉座の間で玲が第9位階の魔術を唱えると、5人の眼前に5つの魔方陣が形成される。そして3分もしないうちに魔方陣から舞い上がった金色の光の粒子が集まり、人の形をなしていく。

「無事成功したみたいね、とりあえず一安心だわ」

「ああ。……さて2年ぶりだな、我がしもべ達よ。息災であったか?」

 光が収まった後、そこにいたのは5体の異形達だった。

 赤黒いローブを纏った不死者の王ノーライフキングを中心に、若干幼さの残る美少女といった容姿の真祖の吸血鬼トゥルーヴァンパイア、巨大な体躯と2本の立派な角を持つ龍人の男、純白の槍を背負った彫刻と見紛うような完璧な美貌を持つ熾天使、そして蠱惑的な雰囲気の豊かな肢体を持つ悪魔が横一列に並び玉座の前に立つ玲達に向かって跪いている。


「魔王様、お久しぶりでございます。再び私どもをお呼びくださっただけでなくこの不肖なる我らが身を案じてくださるとは、なんという慈悲深さか……」

「まーた始まった。エルヴァーはいつもこうなんだから……。あたし達は元気でしたよ! 陛下達が突然跡形もなく消えちゃってとっても忙しかったですけど!」

 陶酔するアンデッドに若干引きつつも白銀の短髪を振り乱しはきはきと答えるこれまたアンデッドの少女。

「そうか、それは手間をかけさせてしまったな、ツィアータよ」

「いえ、とんでもないです! あたしはまた皆様方に会えてすごく幸せです!」

「ツィアータ、かわいい」

「カエデ様! あたしもう幸せ過ぎて死んじゃいそう……あ、もう死んでるんだった」

 自らの主人に褒められ喜びのあまり今にも飛び跳ねそうな様子の彼女。

 発した言葉は本心なのだろう。


 すると、ふと何かを思い出したような顔をしたダロン。

 そしてうきうきとしたツィアータを横目に彼は不思議そうな目を残りの者達に向ける。


「ところでさ、早速ジョージと酒盛りを始めているヴァレアスは置いておくとしてシュリエルとセパルはどうしたの? さっきから一言も発してないけど」


 声をかけられた天使と悪魔は跪いたまま微動だにしない、いや、よく見ると2人とも小刻みにプルプルと震えている。

 しばらく皆で観察していると、ついに抑えられなくなったのか2人は突然顔を上げるとそれぞれの主人の元へと一直線に飛んで行った。


「ローラ様ローラ様ローラ様―!! 僕捨てられちゃったかと思いましたー! うわーん!」

「ああダロン様お久しゅうございますわ今まで何をしていらっしゃったのでしょうかなぜすぐお呼びくださらなかったのでしょうかわたくし毎日独りさみしく……」

「あはは、ごめんごめん。ちょっと色々と忙しくてさ」

「そうよシュリエル、別にあなたのこと嫌いになったわけじゃないからそんなに泣かないの。まったくいつも言っているけど仮にも戦乙女っていうならもっとしゃんとしなさいよ」

 主人達は、感極まって子供のように泣きじゃくる2人を居心地の悪そうな顔で優しくなだめつつ視線で玲に助けを求める。

「ははは、お前達、感動の再会に水を差して悪いがそろそろ話を進めてもよいか?ジョージとヴァリアスもそのくらいにしておけ」


「「「も、申し訳ございません!!」」」


 彼の言葉ではっとなった副官達は慌てて元の位置に戻り再び跪いた。ヴァリアスと呼ばれた大男は酒を中断せざるを得なかったことに少し残念そうだったが。


「よいよい、昂ってしまう気持ちもわかる。たった2年とはいえお前達には辛い時だっただろうからな。さて、今回呼んだのは他でもない、お前達にまた我々の補佐をしてもらいたい」

「何なりと。……しかしここは見たところ人間の国、ということはまずは我々も人間に化ける必要がありますか」

「話が早くて助かる、エルヴァー。それでは具体的に説明しよう、よく聞いてくれ」


 玲は玉座に、その他4人はその左右に置かれた玉座よりは劣るがそれでも豪華な椅子に腰かけ、話を始める。


 天井から吊るされたシャンデリアの光に照らされている副官達の顔は皆真剣そのものであり、その姿はまさに忠実なるしもべと呼ぶにふさわしい態度だった。

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