革命

「さて、今日は待ちに待った日だ。今日を持ってこの国の、いや、この世界の歴史は大きく変わることになるだろう。準備は良いか、同胞たちよ!」

「「「おう!!!」」」


 早朝の透き通った雲一つない晴天の下、玲は前を向いたまま後ろに続く冒険者達に力強く言い放つ。


 まるで神とやらも自分達を祝福しているかのようだ、と冷たい笑みを浮かべながら。


 楓を除いた彼の仲間達も同様だ。玲達“カンパニュール”の様子は希望とやる気に満ち溢れた冒険者達の中で異彩を放っているが、それを気にしている者はいない。

 むしろ国の運命を決めるこの一大事にもかかわらず、普段と変わらない余裕を保ち続けているその英雄然とした態度によりいっそうの尊敬のまなざしを向けている者さえいる。

「それでは始めよう。作戦の通りに行動してくれ。すべては我らが王国のために!」

「「「我らが王国の為に!」」」

 

 色とりどりの花に囲まれながら、玲達は綺麗に手入れされた美しい庭を歩く。

 

 それを抜けた先には堅牢そうな城の入り口と門番のための詰所があったが、本来ならば5人の侵入者を咎めなければならないはずの彼らの姿は見えなかった。

 その代わりに“カンパニュール”を出迎えたのは風に運ばれて漂っているほのかな果実酒の香りだった。

「……ここまで馬鹿だと逆に感心するわね。このことはだいぶ噂になっていたはずなのだけれど。彼らには危機感というものがないのかしら?」

「きっと貴族達にとって僕らはその程度の存在だったってことでしょ。仮にもSランク冒険者とかいうすごーい存在なんだけどねぇ。まあ無駄な労力を使わなくて済んでラッキーって思っとこうよ」

「噂じゃあまともな貴族もいるみたいだけどな、バチェット? べチェット? 確かそんなような名前の」

「バッチット男爵ね、ショージ。それにしてもこんな簡単に口車に乗せられる平民も平民だよねぇ。――ほんと滑稽だよ」


 既にほかの冒険者達と別行動をしている玲達はもはや愚かな人間達・・・・・・に対する嘲りを隠そうともしていない。

 そうして彼らは誰にも邪魔されることなくあっさりと侵入を果たした。


「何者だ、貴様ら! ここは王城であるぞ、貴様らのような下賤な冒険者が立ち入っていいところではない!」

 玲達が酔いつぶれている兵士達の中を堂々と進み、ちょうど城の2階に足を踏み入れた時。

 ようやく廊下を巡回していた2人組の衛兵のうちの片方からそう声がかかる。

 彼はそう言うとそれなりに訓練された動作でシンプルな長槍を構え、玲達に向かって突き付けた。


 対する5人は未だにリラックスしたままだ。楽しそうに談笑さえしている。

 すると衛兵は顔を赤くして叫んだ。もうひとりの男も追従するように囃し立てる。

 侵入者達のあまりに余裕そうな態度に腹を立てたのだろう。

 顔を赤くして玲達にあれこれ言うその姿は酔っ払いが見知らぬ通行人に喧嘩を吹っかけているようであり、面倒臭い、と彼らにため息をつかせるに十分だった。


「貴様ら、なんだその態度は! この私のジョルズ家の紋章が見えないのか!」

「そうだ! 貴様らの目は節穴か、侵入者どもめ!」

「ああ見えるとも。だが我々は今日貴様ら腐った貴族の制裁のためにやってきたのだ。何を恐れる必要がある?」


 玲はそう言って槍を振り回してわめきたてる彼らに手をかざし、第3位階――数ある魔術の中では比較的初歩のものを唱える。

「さて、それでは私達も時間が押しているのでな、そろそろ寝ていてもらおうか、《昏睡》」

 そして、間髪入れずに倒れた衛兵達を無表情で一瞥した後、5人はさらに奥に向かって進んでいく。

「わかっていたけど、仮にも王城の守りを任されている兵士がこの程度の魔術も弾けないって、この国どうなっているのかしら。レベルが低すぎない? それともこの世界全体がそうなのかしら?」

「そういえば聞いた話だと魔術も法術もたかが第4位階が天才魔術師って呼ばれるレベルらしいよ? 笑っちゃうよねぇ。逆にこっちが標準で僕らのいたところのレベルが高すぎたっていう可能性もあるけど。まあとにかく今は先を急ごうよ」


「あとどれくらいで来ると思う? 男爵よ」

「もうしばらくかと思われます。――しかし王よ、本当にお逃げにならないのでしょうか?恐れながらここは生き延び、王として返り咲く機会を待つことが最良であると進言いたします」


 豪華な装飾や数々の美術品が輝きを放つ、長い歴史を持つ大国にふさわしい、しかしがらんとした寂しい玉座の間に覇気のない2人の男達の声が響く。

「よい、よいのだ、バッチット男爵。人一倍このユピヌス王国のことを想い国に尽くしてきたお主ならわかるだろう。この国がすでに自力では立ち直れないまでに腐ってしまっていることが。今も強力な侵入者ありと伝令が入った途端にこれだ。王を守るべき家臣たちは真っ先に逃げだし、私のそばにはもうお主しか残っておらんではないか」

「それは……」


 玉座に深く腰掛けた国王レオナルドは、窓の外の景色を眺めながら諦念と後悔をにじませた声音でそう吐き出した。

 控えていたバッチット男爵はそんな疲れ切った様子の主君を悲痛な表情で仰ぐ。

 すると王は少し明るい表情になって、言葉に詰まった家臣を安心させるように優しく続けた。

「なに、私は死ぬのが怖いわけでは無い。むしろ反乱を起こした彼ら“カンパニュール”にはとても感謝しているよ。彼らの人柄とその強さなら必ずやこの国を素晴らしい国へと再建してくれるだろう。私の命ひとつでそれが叶うならそれくらい喜んで差し出すつもりだ」

「陛下、それほどまでこの国を……。どうかその時は私めもご一緒させていただけますよう――っと、どうやら彼らが到着したようです」

 

 コツン、コツンと段々と近づいてくる規則的な足音を合図に彼らは居住まいを正す。

 やがて閉められていた、玉座の間の中でも一際豪華絢爛な様相を呈している正面の扉がごごご、と重々しい音を立ててゆっくりと開かれ、少々の生臭さを乗せた風と共に5人の侵入者達が姿を現した。


 王は、ゆっくりと近づいてくる彼らから目を離すことなくその皺だらけの手を広げて歓迎の意を示す。玲達も堂々と手を挙げて応え、そこにはさながら古くからの友人同士が交わす挨拶のような気楽さが垣間見えた。


「よくぞ参った、Sランク冒険者“カンパニュール”の諸君。私がこのユピヌス王国の国王、レオナルド・ヴェステールン・アルシュタイン・メノア=ユピヌスである」

「ごきげんよう、国王陛下。他の貴族達のように尻尾を巻いて逃げ出すか醜くわめきたてるものかと思っていたが、いい意味で期待を裏切られたぞ」

「真の英雄“カンパニュール”にそういってもらえるとは嬉しいことだ。今まで身を挺して数々の危機を救ってくれたことに感謝する」

「素直に受け取っておこう、王よ」

「ああ。――さて、今更話すことはもうないだろう。私の首を持っていくがよい」

 王は、窓から射しこむ光に照らされ神々しい輝きを放っている玲達を優しく、そして力強い目で見据え、そう言い放った。

 そばに控える男も王の手前勝手に言葉を発することはないが、やはり同じ様子だ。そこには普段、そしてつい先ほどまでずっと彼らを支配していた擦り切れた諦念はかけらも見えず、希望と、静かな喜びのみが顔を覗かせていた。

 

 その固い意志を受けた一方の玲達はというと、興味深そうに目の前の2人を眺めていた。


「ほう、お前達2人は他の腐った者どもとはずいぶんと違うようだな。――ならば私から一つ提案がある」

「提案?」

「我々はこの国にやってきてからまだ日が浅い。故に単純な兵力としての武官や文官に関してはどうとでもなるが、知識や常識についてはそうもいかない。ちょうど円滑な国家運営の為に忠実かつこの国のことを熟知している臣下が欲しかったところだが……、これほどまでこの国を愛しているお前達ならば適任だろう。どうだ、生きて再びこの国のために尽くしてみる気はないか?」

 玲が大仰な身振り手振りとともにそう呼びかけると、周りに立っていた彼の仲間達も頷き一斉に2人に視線を向ける。


 その鋭い強者然とした、そして思いのほか冷え切った無機質な眼差しに一瞬たじろいだ王だったが、すぐに気を取り直すと重々しく口を開いた。

「非常に魅力的な提案だ。是非その手を取りたいと思う。だが私は今現在このユピヌス王国の膿を象徴する存在であり、民の敵だ。たとえ心の中でどれほど民を愛していようとそれは変わらないし、変えるだけの技量も才能もない。ならばこのまま潔く散るのが最善であろう。お主たちの言う“臣下”にはこのバッチット男爵がいれば十分、いや、此奴は私とは比べ物にならないほど優秀だ、むしろ“円滑な国家運営“程度では役不足かもしれんな」

「陛下! 何をおっしゃっているのですか! なにも王が責任を――」

「落ち着け、男爵。一刻も早く国を立て直すにはこれが最も良い方法なのだ。――それに民の為に死ぬのだ。王としてこれ以上名誉なことはないではないか。“カンパニュール”よ、お主達もそう思うだろう?」

 突然の主君の告白に取り乱すバッチット男爵を落ち着いた口調でなだめながら、王は玲達一同を見据えた。

 やがて、あらゆる説得が無意味だと王の決意の固さを悟った男爵はついに口を閉じる。


 悲鳴や怒号がそこかしこで響いているいつにもましてにぎやかな王都テオルナ。

 そのどこかお祭りじみた喧騒とは対照的に、王城最上階のここ玉座の間のみがまるで切り離されて別空間に隔離されているかのようなしんとした異様な静寂に包まれていた。

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