扇動

「よし、この村で最後だな」

「いやー意外とかかったねー。もうだいぶミラちゃんに会ってないから早く帰りたいよ僕は」


 3か月ほどかけて広大なユピヌス王国中の町や村をすべて演説して回った玲達は、王都へと延びる乾いた石畳の上を歩いていた。

 少し赤みがかった空の美しさが、綺麗に整列した暗めの色合いのそれらに映えて一層際立っている。

 

 ちなみに《転移》を使わなかったのはただの気まぐれではない。《転移》の魔術はあらかじめ術者が転移先の座標を把握していなければならないために、知らない土地にいきなり《転移》することはできない。

 故に彼らはやむなく足を運んだのだ。


「それにしてもうまくいきすぎじゃないかしら?もうちょっとくらい反対されるものかと思っていたけれど……」

「確かにそうだが、まぁ民衆とは基本的にそんなものだ。自己中心的で、ほんの少し甘い餌をぶら下げれば簡単に動く。元々我々が住んでいた世界のようにつねに満たされた環境であるならばともかく、こんな劣悪な状況ではな」


 口の端を歪ませて玲は言う。つられるように仲間たちも笑う。


 ――それは滑稽な傀儡達に向けられた、少しの憐憫が込められた嘲笑であった。


 そしてしばらくしてダロンが少し大げさな調子で肩をすくめ、玲の言葉を肯定する。

「裕福な方の人達でも生活レベルが僕の生まれたスラムとそう大差ないっていうのがねぇ……、かわいそうに。でもほんと僕達にとっては便利で使いやすい道具・・だよ。めいっぱい活用してあげないとね」

「それもそうね、カエデのためにも彼らには頑張ってもらわなくちゃ」


 すっかりと日は沈み、街灯が王都の冒険者ギルドの年季が入った看板を照らしている。

 閉まってはいたが、隙間から一筋の光と騒ぐ冒険者達の声が漏れている入り口のドアを開け、玲達はその建物の中に足を踏み入れた。

 そして初めて見た時に比べればかなり伸びた髪をまとめてサイドテールにして、せっせと書類仕事をしているミラのいるカウンターへと向かう。

「こんばんは! 冒険者ギルドへようこそ……って“カンパニュール”の皆さんじゃないですか! 今までどこに行っていたんですか!?」

「久しぶりミラちゃん、相変わらず可愛いねぇ。あ、そのシュシュ前僕が上げたやつじゃん! つけててくれたんだ、嬉しいなあ」

「え、えへへ。ダロンさんも相変わらずお上手ですね。だって、これはお気に入りですから……じゃなくて! はぐらかさないでください! 依頼を受けたわけでもないのに突然いなくなっちゃって、3か月も! 心配していたんですからね、皆さん!」


 ダロンの言葉に顔を赤らめて目を伏せたかと思うと、頬を膨らませて大きな声を上げる。

 一同は、ころころと表情を変えながら全身を使って気持ちを表現するミラの姿を面白そうに眺めていた。


「いやいや、特になにかあったわけではない。だが何も言わなかったのは悪かったな」

「レイのいう通りだぜ、ミラよ。ちょっとした用であちこち回ってただけだぞ」

「ならよかったですけど……。今度からはちゃんと一言言ってくださいね! 本当に心臓に悪かったですよ! まったく!」

「ああ、そうしよう。ところで、今から冒険者達に聞いてもらいたいことがあるのだが、彼らをできるだけ多く酒場に集めてもらえないか?」

「酒場に? 今の時間ならちょうど皆さん依頼帰りでいると思いますけど……どんな話なんでしょうか?」

「気になるなら君達ギルドの職員も聞いてもらって構わない。我々のこの3か月に関することだ。では頼むぞ」

 可愛らしく首をかしげるミラにそう言い放ち、玲は仲間達と連れ立って酒場に向かった。


「ふむ、結構いるな。これならばいいだろう」

 玲は、しばらくして人が集まり少し窮屈になった、話声でざわざわとしている酒場を見回しゆっくりと頷く。

 彼がステージの上で手を叩くと、冒険者達は静かになって玲に注目を集めた。


「皆、突然済まない。どうしても伝えたいことがあって集まってもらった。依頼終わりで疲れている者も多いと思うが、少しだけ聞いてほしい。まずは――――」


 彼らは、手に持ったジョッキの酒も飲まずに真剣な目で彼の言葉に耳を傾けている。

 冒険者達だけではない。給仕をしていた女性達や、隣のギルドカウンターの奥にいた職員、果ては話を聞いて駆け付けた、王都テオルナの冒険者ギルド副ギルドマスターまでもが、皆手を止めて演説に聞き入っていた。


「――――私はもう我慢ならない! 貴族どもの平民に対する態度には! 我々はこの国の冒険者としては新参者だが、奴らが民を金を搾り取る家畜や奴隷などとしか見ていないことくらいはわかる。この間の2度の大災害の時も、自らの安全ばかり考えて民のことは真っ先に切り捨てていたではないか! なぜそれが許される?貴族の血とやらはそれほどまでに尊いものなのか? 違うだろう!」


 玲の演説に触発され、彼らの今まで心の奥底でくすぶっていた貴族への不満や怒りはしだいに大きくなっていく。そして目に見えないそれらは、その場の空気をゆっくりと、しかし確実に変えていった。

 そうして酒場に静かな熱気が満ちたころ、彼の演説は最高潮に達する。


「我々には非力で奴らに怯えるしかない民達とは違い、力がある。奴らの横暴をはねのけることのできる力が。故に、我々“カンパニュール”は決断した! この国の貴族、そして王族に反旗を翻すことを! 民達に代わり奴らに制裁を与えることを! どうか皆も考えてほしい、そして我々と共に戦ってほしい!」

 そう玲が締めくくると、今まで時が止まったようだった酒場の中が動き始めた。


「危険だろう……?」

「いや、むしろいいチャンスじゃないか、なあお前ら?」

「反乱か、いいねぇ! 面白そうだぜ!」

「いいかげんあの屑どもにはうんざりしていたからな、ちょうどいい」

「“救国の英雄”にここまで言われちゃ、断れねーな!」

 王族や貴族の普段の贅沢ぶりや件の大災害での態度に腹を立てていた冒険者達は、すでに泡の消えてしまったエールの入ったジョッキを掲げて口々に賛同する。

 ギルドの職員も立場上大っぴらには賛成してはいないがやはり肯定的だ。


「それでレイ、俺たちは何をすればいいんだ?」

「ええ、それにいつ頃やるのかも知りたいわ」

「半年後を予定している。大まかに言えば、皆には我々が王城に特攻を仕掛けている間、貴族から民を守ってほしい。無論、ともに奴らの首を刎ねたい、というなら無理強いはしないが」


 玲は今までと同じようにここでもうまく扇動できていることに満足し、冒険者達の質問に機嫌よく答えていく。

 中には具体的な作戦について聞いてくる者もいて、皆非常にやる気に満ちていることがうかがえる。

「私の言葉に応えてくれた者が多いようで、非常に嬉しく思う。それでは皆、半年後の決行まで英気を養ってほしい。そして全力を尽くしてこの腐った貴族の蔓延るこの国に光を取り戻そう! 全ては我らがユピヌス王国のために!」

「「「「「おう!」」」」」


 冒険者ギルドで食事を済ませた玲達は、その後直行した“儚き聖者亭”の一室で久しぶりの柔らかいベッドを堪能していた。

「あー……、やっぱりベッドはいいわね。ふかふかで気持ちいいわ」

「ずっと野宿だったからねぇ。それにしても髪が伸びたミラちゃんも可愛かったなあ」

「いつの間にかずいぶんと仲良くなっていたものだ。まったく……」

 玲とローラがダロンに呆れたようなまなざしを向けるが、彼はどこ吹く風で話題を変える。

「それにしても、本当にうまくいったよね。半年後が楽しみだよ」

「ああ。あまりに順調すぎて拍子抜けしたが、まあともかくこれですべての準備は整った」

「あの事故からここまでずっと我慢ばっかでつまらなかったからなぁ、早く暴れたいぜ」

「慌てるな、ジョージ。我々にとって半年など一瞬だろう? この我々のための祭りまでせいぜい英気を養って待とうじゃないか」

 おやすみ、と玲が彼らを照らしていた魔術光を消す。

 その合図で、一瞬の間に部屋が闇に塗りつぶされた。

 

 静寂に包まれた暗い部屋の中、窓の隙間から射す細く柔らかい月の光の筋はまるで最高級の絹糸のよう。


 それが玲達の頬をするすると滑り続ける様は、彼らの容姿の美しさも相まって非常に幻想的な光景だった。

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