暗躍
「それにしても本当にうまくいったよねー。徹夜で策を考えた甲斐があるというもんだよ、僕達眠る必要ないけど」
「ああ、喜ばしいことだ。一応ばれてしまった時の為にと色々用意していたが無駄になってしまったな」
すっかりとお馴染みになった“儚き聖者亭”の一室にあるベッドに寝転がりながら、ラフな服装で楓がカットした林檎を頬張る玲達。
黒熱病の騒動から更に数か月、片付けるべき依頼も減り、暇が増えてきた彼らはたびたびこうして宿でくつろぐようになっていた。
「ほんとに暇だー……レイ、なんか面白いことねーか?」
「そうやってすぐ私に無茶ぶりするのはやめろ、ジョージ。暇つぶしくらい自分で探してくれ」
「わかったよ……。おい、ローラ、模擬戦でもしよーぜ」
「え、また? さっきしたばかりじゃない! ……まあ他にすることもないからいいけど。仕方ないわね、準備するから待ってなさい」
そうして玲の時空魔術で作った収納の魔道具――“虚空庫”から装備を取り出して着用し、いつものように言い争いながら訓練場へと向かっていく2人。
「あの2人、本当は仲がいいのではないか?」
「僕もそう思うよ、本人たちに言ったら絶対否定するだろうけど」
その背中を半眼で眺めながら言う玲とダロンに、楓も同意するように頷く。
「……ところで、これからどうするの? いつまでもこうしているわけにもいかないでしょ? あ、いや大体の流れはわかっているけど、具体的に」
「まずは地方の農村と冒険者達に話を通すことが先決だな。予定ではもう少し後のつもりだったが……、もう待つ必要もなさそうだし、そろそろ始めるか。これ以上この国には強者も潜んでいないようだし、我々を邪魔する者はもういない。それに急な増税のおかげもあって予想していたよりも早く準備が整いそうだ」
「あれはほんとファインプレーだと思うよ。ほんとここの貴族の頭の中ってどうなっているんだろうね」
カーテンが閉められていて少し薄暗い部屋の中に、予想以上に計画がうまくいっていることに満足した2人の笑い声が響いた。
そしてまたしばらく他愛もない話で盛り上がる二人だったが、おもむろにダロンがベッドから飛び降り、手に持っていた一切れのリンゴを口に放り込む。
「じゃあ僕もミラちゃんに会いにギルドに行ってくるよー。夕飯までには帰ってくるから」
「ああ」
ダロンは寝転ぶ玲に手をひらひらと振ってそう言い残し、弾んだ足取りで部屋を出ていく。
静かになった部屋でしばらく無心で残った林檎を食べていた玲だったが、ふと、そういえばあの事故以来久しぶりに楓と2人きりになったな、と思い出した。
そしてベッドの端にちょこんと腰かけている彼女に寄り添い、その形のいい頭をやさしく撫でる。
楓も相変わらずの仮面のような無表情はそのままに、彼へとそっと体を預けてくる。
「楓、待っていてくれ。たとえあと何百年かかっても絶対にお前を助けてやるからな」
「よくわからないけど、玲様がそういうなら、待ってる」
翌日、玲達5人はユピヌス王国辺境のある農村へと足を運んでいた。住人たった40人ほどの小さな村だ。
「うわー……。これは予想以上にひどいわね、失敗する気がしないわ」
「油断するな、と言いたいところだが今度ばかりは賛成だな。本当にこの国の貴族達には感謝しなければ」
彼らは疲弊しきった土気色の顔で農作業をする村人達を眺めて言う。
何人か道端に座り込んでいたり倒れていたりしている者もいて、まさに死屍累々と言った様子だ。
度重なる災害と貴族による増税はこの国の民に非常に大きなダメージを与えていた。それはこのようなさびれた農村だけではない。比較的裕福な村も、商業で発展した都市も、そして王都までも。
いまやここユピヌス王国中の平民達は、高すぎる税によって日々の生活を送ることさえ困難なくらいにまで追い詰められており、飢えや過労による死者も少なくない数が出ている。
自分達にそのような過酷な環境を強いているにもかかわらず、裕福な暮らしを送り続けている貴族達に対する彼らの不満や憎悪は、このような極限状況下においてもはや我慢の限界へと達していた。
――そう、ほんの少しのきっかけさえあれば即座に爆発してしまうほどに。
そんな生気のない村人達を眺めつつ玲達は村の中を歩く。すると、不安そうな様子のひとりのやせ細った老人が小走りで駆け寄ってきた。
「冒険者様、ここは見ての通り何もないただの貧乏な村ですが……、この村に何か御用でしょうか?」
「ああ。あなたがこの農村の村長か? 我々はSランク冒険者パーティ“カンパニュール”だ。突然ですまないが、村人達をどこかに集めてもらえるか?」
「はあ……。承知しました。少々お待ちください」
玲の言葉に怪訝そうな顔をしつつも、村長は再び小走りで村の中心部へとかけていく。
しばらくして彼らが再び戻ってきた村長に案内された先の広場には、30人ほどの村人が集まっていた。
ぼろきれのような服に身を包んだ彼らは皆震えながら身を寄せ合っている。突然のことで不安なのだろう。もしかしたらちっぽけな自分達の財産が奪われる、と警戒しているのかもしれない。
玲は、そんな村人達を見回し、重々しく頷く。
そして魔術で5人が乗れる少し高い台を作って乗り、彼らに言い聞かせるようにゆっくりと通る声で演説を始めた。
「誇り高きユピヌス王国の民よ、忙しいところをわざわざ集まってくれて感謝する。我々は王都を拠点とするSランク冒険者パーティ“カンパニュール”である! 今日は君達に伝えたいことがあって集まってもらった」
Sランク冒険者。
おとぎ話でしか聞いたことのない、まさに彼らにとっては雲の上のような存在である。
村人達は、皆一様にそんな大英雄がなぜこんなさびれた農村に、と訝しげな表情を浮かべている。
「――簡潔に言おう、我々は近いうちに今も不当な圧政を続けるこの国の貴族と王族に反旗を翻すつもりだ。君達にはその手助けをしてもらいたい」
「貴族に……?」
「そんなの無理だ、危険すぎる!」
「大体手伝うって言ったってどうすれば……」
ざわざわと顔を見合わせて言い合う村人達。やはり否定的な意見がほとんどだ。魅力的な提案ではあるが、彼らに刷り込まれた身分制度という枷は根強いのだろう。
――だがもうひと押しだ。玲はそう思って口元を歪め、手を大きく広げて先程よりも覇気のある、そして少し芝居がかった口調でさらに続ける。
「私は厭わしい、そして嘆かわしい。本来ならば自由に食べ、飲み、歌い、踊り、恋をして――思う存分自分の生を謳歌しているはずの君達が、汚らわしい貴族どもの奴隷としての立場に甘んじていることが。君達にはその権利がある! 今こそ立ち上がれ、我らが民よ! そして抗え、人としての尊厳を奴らから取り戻すために! 君達が心配することは何一つない。なぜなら先頭に立って君達を奴らの手から守るのは、このユピヌス王国最高の冒険者である我々なのだから。それに、君達にやってほしいことは我々が反乱を起こしたとき、我々の前に立ちふさがらず、ほんの少し冒険者達の手伝いをする、これだけだ。どうだ、簡単だろう?」
その言葉で、暗かった村人達の顔に次第に希望や闘志といったものが宿り始める。そして内なる激情に身を任せ、彼らはこぶしを握り締めて口々に自らの決意をこぼしていく。
「やるぞ……、おれはやるぞ」
「私も……! 子供たちのためにもやらなくちゃ!」
「俺たちにはSランク冒険者っていうーおとぎ話のような存在が味方についているんだ、いけるぞ!」
――最初の1人が立ち上がってしまえばあとはもう簡単だった。
人間とは、どうしても周りの者に同調することを無意識のうちに是とする生き物だから。
口々に反乱を叫ぶ彼らの様は、まるで取り返しのつかなくなってしまった山火事のよう。
やがて村人全員による大きな波となった、とどまることを知らず勢いを増していくそれを玲は片手をあげて鎮め、彼らを満足そうに見回してより一層大きな声で宣言する。
「君たちの思いは伝わった。ならば約束しようではないか! 腐った者どもを一掃し、この国に再び光を取り戻すことを!」
人どころか魔物1体の姿すら見えない寂しげな荒野に、5人の男女の足音と風音のみが響く。彼らの下には、短い影が追従している。
演説を終えて村長と詳細な話を詰めた玲達は、村を出てそれなりに早めのペースで次の目的地へと歩いていた。
「相変わらず演説うまいねーレイくんは。流石魔王様って感じ?」
「本当ね! まさかこんなに効果が出るなんて……。これからもこういうのはレイに任せておけば安心ね!」
仲間達の称賛を受け取った玲は手を振って謙遜し、ほくそ笑んだ。
「ふふふ、こうなるように仕組んだのだからな、当然だ。私の演説が特別上手いわけではない、なるべくしてこうなったのだ」
そして彼は遥か彼方の地平線を睨む。
無機物のように何も感じられない、むしろすべてを拒絶しているかのような深紅の瞳で。
「――それより、思っていたよりも時間がかかってしまったな。まだまだ回るべきところは沢山あるのだから、もう少し急ごうか、皆。すべては
「「「「――
5人の超越者達の姿は、微かな嘲笑と共に青く澄んだ空と赤茶色の大地の作る美しいコントラストの境界へと消えていった。
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