疑念と期待

 ユピヌス王国で起きた一連の騒動は周辺諸国にも少なくない影響をもたらしていた。


 彼の国の北に隣接し、長年小競り合いを続けてきたセヴィオピア帝国もそのうちの1つだ。


「その報告に間違いはないんだな?」

「はい、皇帝陛下」

「ならば、今が好機かもしれんな。本格的に攻めるか? ……いや、その“カンパニュール”というのが気になる。エールアノス王国の動きを待つべきか」

 文官の報告を聞いた透き通る金色の髪を短く切りそろえた男装の麗人が、装飾の少ないシンプルな玉座に腰かけその空のように澄んだ碧眼を細めつつ考え込む。

 

 彼女こそ、人口約一千万人を誇り、規模としてはこの世界最大の国であるこのセヴィオピア帝国の皇帝、レノア・エレオノール・マーニュ・ラ=セヴィオピアである。

 天才的な頭脳を持つ稀代の謀略家である彼女は、僅か11歳で皇帝に即位してからたった10年で、当時貴族が実権を握っていた何も珍しくないただの封建国家だった帝国を大改革してまとめ上げ、周辺の小国をことごとく飲み込んでここまでの大国へと育て上げたのだ。


 女性ながらも、平民であろうと有能ならば重用し、逆に無能なら貴族でも贔屓せず切り捨てるその公平で容赦ない姿勢に、彼女自身の美しい容姿もあいまって民衆からの支持も大きかった。

 

 その質素ではあるが決して貧相ではない、機能性重視という言葉がぴったりな様相を呈している玉座の間に直立不動で控える、数人の騎士と文官の皇帝に対する高い忠誠心と尊敬が伺える態度からも、彼女の手腕の高さが理解できるだろう。


「ただの冒険者で終わってくれればよいが……。王国や神国の学者たちは例の事件を魔王の仕業だなんだと囃し立てていたが、もしかすると……」

「うん? どういうことです、レノア様?」

 彼女が視線を中空に彷徨わせつつ考えに没頭していると、その独り言を聞いていたのだろうか、不意に隣から声がかかる。


 ちらと見れば、やはり彼女の予想した男だった。平民上がりで、頭脳と礼儀作法に難あり。だが実力は確かで帝国でもかなりの強さを誇る騎士だ。

 レノアは、王の考えを遮ったといきり立つ文官達を手を振って黙らせ、彼の方を見ずに言い放つ。

「彼らが実は裏で手を引いているのではないか、ということだよ。ロラン」

「まさか! あんな大量の魔物をけしかけたり、聞いたこともない病気をわざと流行らせたり……。いくら規格外といわれるSランクとはいえただの人間の冒険者だ! そんなことができるはずがない!」

 レノアはそのすらりと伸びた脚を組み、自分の言葉に思わずといった様子で叫ぶ彼を見据えて質問した。

「人間? 果たしてそうだろうか?」

「え? だって報告によれば見た目も行動も人間のそれって聞きましたけど……。そうだよな、マーサ?」

「ええ。皇帝陛下。しかも冒険者達に彼ら自身が“自分達は人間だ”という旨を公言しています」

 マーサ、と呼ばれた眼鏡がよく似合う神経質そうな妙齢の宮廷魔術師長が頷いて彼の意見を肯定するが、レノアは一切動じない。

「“自分達は人間だ”……。本当にそう言っていたのか? そっくりそのまま?」

「いえ……。正確には確か“我々は人間としてこの世に生を受けた。君達の仲間だよ”といったということですが……」

「そもそも嘘の可能性もあるわけだが……まあよい。少なくともつまりは“今は”どうかわからないということだな。実は私は彼らが魔族か何かではないか、とにらんでいるのだが」

「お言葉ですが、陛下。魔族ならば肌の色や角など目に見えるような特徴があるはずです。半年ほど密偵に調査させましたが、彼らを魔族と断定できるような証拠は一切見つかりませんでしたので、その考えは飛躍し過ぎではないかと」

「可能性の話だ。今まで隠れていた新種族が表に出てきたということもある。常識にとらわれ過ぎて頭が固くなるのはお前の悪い癖だぞ、マーサ」


 忠実で優秀だが少し頭が固く融通の利かない困った臣下をたしなめた後、彼女は呆けていた愚直な騎士に向き直ってさらに問う。

「それにロラン、お前はただの冒険者というが、帝国の近衛騎士団長であるお前にとってブラックドラゴンを両断することは可能か?」

「できなくはないと思いますが……。まあやりたくはないですね、そんな大変なこと」


 その答えに、我が意を得たり、という顔で頷いた彼女は、臣下達を見回して今までの独り言とは違う、凛とした力強い声で続ける。

「ということは、だ。先程の報告を信じるならば、彼らはこの帝国では上から数えた方が高い実力を持つロランでさえ骨が折れるようなことを軽々とこなしたということになる。……異質なんだよ。“カンパニュール”をただの冒険者と侮らない方がいい。それにその非常識な強さに限らず、出身不明だったり、聞いたこともないような伝説級の装備を全身に纏っていたり……と、彼らには不自然な点が多々ある。噂では強さに恥じない高潔な心を持つ英雄、ということだが、私は彼らの本性はそうではなく演技ではないかと思っている。……まあ推測の域は出ないのだがな。王国が勝手に潰れるのは構わんがこちらまで被害をこうむるのは避けたい。ロランだけではない、お前達も、そのことを決して忘れることなく行動せよ」




 ユピヌス王国のもう1つの隣国であるここエールアノス王国でも同様だった。最も、この国ではペルケロイ神国やセヴィオピア帝国とは違いやや好意的にとらえられていたが。


 基本的にこの国に集まるのはBランク以上の冒険者ばかりであり、また王の強さはその彼らが束になってかかってもかなわないほどの強さを誇る。

 よって彼らにとってブラックドラゴンを始め魔物の大量発生自体はそれほど脅威ではないのだ。


 彼らにとっての一番の興味、それは――新たなる絶対強者の出現。

 噂ではその冒険者はブラックドラゴンをまるで赤子の手を捻るように軽々と蹴散らしたらしい、と言われており、それが真実だとすれば自分達の王に匹敵するほどの存在が現れたということになる。

 噂の真偽を確かめようとする者や、真実ならばどんな戦い方をしたのか、そして自分達にははたして可能なのかを議論する者、果ては王と彼らのどちらが強いか賭けをする者まで――皆思い思いに新たな英雄“カンパニュール”へと思いを馳せていた。


 そして肝心の王はとどうかといえば、――非常にはしゃいでいた。


「聞いたかユミス! 新しいSランクだそうだぞ!」

「ええ、なにやら100体近い数のブラックドラゴンから王都テオルナを守り、“救国の英雄“と呼ばれているとか」


 エールアノス王国王城最上階の、部屋中に柔らかく赤い絨毯が敷かれた豪華な、大量の書類が散らかった執務室。

 その中を厳つい顔をくしゃっと歪め、鼻息荒く歩き回る国王ゴトフリート。

 そんな彼の様子をドアのそばに立ち若干あきれた様子で眺めつつも、自身も嬉しそうな様子で会話に応じるユミス。


「性格は高潔で驕らず、弱者の為に力をふるう。そしてなんといってもその強さ! やっと俺の長年の念願が叶うぞ! 特にそのハルバード使いの戦士とは酒を交えてじっくりと話してみたいもんだ!」

「よかったじゃないですか、これで心置きなく隠居できますね。……まあ噂が誇張されている可能性もありますが。それにしても陛下にしては珍しい、いつもならこんな噂を聞いたならもう決闘だーとか言って城を飛び出していますのに」


 ユミスのその呟きを聞いたゴトフリートは、ピタと歩みを止め豊かな髭を触りながら彼女を見つめた。

「どうしたのです? 私が何か変なことでも言いました?」

「いや、な。確かにお前の言う通りだ、普段の俺からしたら可笑しいか。……だが今回に限ってそれは必要ないだろうと思うぞ?」

「必要ない?どういうことです?」


 彼は、心底不思議だという様子で、その鉄面皮とも評される美貌にきょとんとした表情を浮かべている彼女が可笑しくなり声を上げて笑う。そしてそんな彼に向けて頬を膨らませたユミスに目で謝り――


「すまんすまん。まあこれは勘だが、“カンパニュール”はわざわざ俺が出向くまでもなくいずれ必ず向こうからやってくる……、そんな気がするんだよ」


 ――確信を持った口調でそう告げた。

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