一難去ってまた一難
「いつまで呆けているつもりだ、お前達! 俺達も行くぞ!」
「おう!」
玲達の活躍を目の当たりにして勇気づけられた冒険者たちが、次々に最初よりもかなり数を減らしたブラックドラゴンの群れへと飛び込んでいく。
やがて日も傾き、大地も赤く染まり始めたころ、彼らの働きによりブラックドラゴン達もすべて討伐され、一連の魔物の王都大襲撃は終結したのだった。
「終わったぞー!」
「すごい、信じられないわ! あんなにいた魔物を全部倒せちゃうなんて!」
「英雄ばんざい! “カンパニュール”ばんざい!」
「とんだDランクだぜ! わははは!」
冒険者達の手放しの称賛に応えながら、玲達は楽しそうに笑う。
「いやー久々にすっきりしたぜー……。やっぱ戦いはこうでなくっちゃな!」
「私もまあそれなりに満足だわ! 楽しかった」
「でももっと強いの出してくれてもよかったんじゃねーか?レイよぉ」
「すまんな、もう少し計画に付き合ってくれ。まあ羽虫とはいえ気分転換にはなったろう」
「しょーがない、お前がそういうなら仕方ねーか」
どこまでも戦闘欲に忠実で、少し不満そうにしているジョージに玲は苦笑いだ。見れば、楓とダロンもそんな彼に処置なしというようにため息をついている。
「とりあえず一安心だね、レイくん」
「最後のあれは少し魔力を込め過ぎた気がしないでもないが、まあいいだろう。――さあ、戻ろうか、我らが街に」
すっかり夜の帳が下りた頃、冒険者ギルドの酒場では勝利を祝って宴会が行われており沢山の冒険者や市民で賑わっていた。
ステージの上では扇情的な衣装を身に纏った踊り子が舞い、給仕は忙しなく動き回り、そして客達は酒を飲み、騒ぐ。
酒の肴はもちろん、先の戦いでの新しい英雄、“カンパニュール”についてだ。
「いやぁすごかったな! ブラックドラゴンが真っ二つって、ジョージの奴いったいどんな馬鹿力してるんだ」
「それを言ったらカエデちゃんもだなー……木っ端みじんだぞ木っ端みじん」
「私レイの魔術の方が気になるわ……ブラックドラゴンって魔術ほとんど効かないはずなのに……」
「ほんと世界は広いよなぁ……。そういえば聞いたか? あいつら近々Aランクに昇格だとよ!」
豊かな髭を称えた粗野な外見の男がジョッキ片手に言う。その顔には、周りを驚かしてやろうという悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ついこの間昇格したばっかなのに色々すっ飛ばしてか?」
「当然だろ。あんなのがDランクとか冗談にしても笑えない……」
「ああいうのこそ真の英雄っていうんだろうな。レイのやつ終わった後なんて言ったと思う? 『今回街を守れたのは自分達ではなく、最後まで戦った全冒険者のおかげだ。礼なら彼らにしてあげてくれ』だとよ! 報酬もブラックドラゴンの素材も殆どとっていかないで帰っちまったし」
ずいぶんと酒が回り興奮している赤ら顔の男のその言葉を聞いた者達は、皆彼らのすばらしさを改めて感じ取り、体を震わせる。
「強さだけでなく人格もできているとか……、うちの腐った貴族とは大違いだな! ――英雄ばんざい!」
「「「英雄ばんざい! カンパニュールばんざい!」」」
――普通、あまりにも逸脱した能力を持つ者は距離を置かれ、孤立していくものである。人は自分とは違い過ぎるものを恐れ、受け入れることができないからだ。人種差別など、その最たるものだろう。
しかしこの世界の住人達は違う――少なくとも強さに限っては。
強力な魔物が闊歩する環境において強くあることはすなわち生きることであり、人々は純粋に、そして半ば盲目的に強き者に憧れ、称える。
――そう、“英雄”と。
皆の絶望をあざ笑うかのようにいとも簡単に強大な敵を屠り、人々を奮い立たせ、導く。
――玲達のその姿はまさに、幼い頃から誰もが聞かされてきたおとぎ話の“英雄”そのものだった。
玲達が徹底して高潔で謙虚な態度をとり続けたこともあり、民衆はすんなりと彼らを受け入れていく。本人達が想像していたよりもあっさりと。
夜も更けていく中、王都中で上がっていた“救国の大英雄”を称える声はいつまでも止むことはなかった。
――それから約1年後。
「おはようございます、“カンパニュール“の皆さん! 今日も採取ですか?」
「ああ。また増えたみたいだからな……。錬金術ギルドの者達がいくら作っても足りないとぼやいていたよ」
「最近は王都だけではなく農村の方にまで広がっているらしいですからね……。皆さんのおかげで私達は本当に助かっています、ありがとうございます!」
「大げさだって、ミラちゃん。僕達はやりたいからやっているだけだしねー」
「いえ、言わせてください! 以前の件といい皆さんがいなければどうなっていたことか……」
魔物の大群を退けた喜びの余韻に浸る間もなく、王都の住民達は続けて発生した新たな問題に悩まされていた。
それは病気だ。研究者たちにより黒熱病と名付けられたその病気は、死に至る病というわけでもないが、空気感染し、発症すると高熱と嘔吐、幻覚に苦しめられる。原因に関しては、先日起こった魔物の大発生が絡んでいるのではないか、という説が今のところ一番有力だった。
何もしないでいるといつまでも治ることはない。いや、もしかしたら治るのかもしれないが、少なくとも4か月の間は症状が続くのは確認済みだ。魔術や法術でも症状を和らげるのが限界で、完全に治癒することは未だ叶っていない。
そこで錬金術ギルドは必死になって解決法を模索し、結果約半年の時間を費やして治療薬を開発することに成功した。
製法自体はそれほど難しくもなかったのだが、必要な素材の1つに問題があった。
――クヌワシ草。
魔力濃度が非常に高い地域にのみ自生する植物である。王都に一番近い生息地は南にあるエインルム山脈なのだが、ここは最低でもBランク相当の魔物が闊歩する魔境であり、相応の実力者でなければ採取するどころか立ち入ることもできない。他国から買おうにも、そもそも正体不明の伝染病が流行る国とわざわざ取引をしてくれるような酔狂な商人などいるはずがない。
故に、需要はどんどん増えていくが、供給が追いつかないのだ。
自分の身を守ろうと貴族達が買い占めを行ったため、もはや平民達が治療薬を手に入れることは不可能に近く、彼らはいつ終わるとも思えない苦しみに耐え続けなければならなかった。やがて黒熱病は王都の外にも広がり始め、ユピヌス王国全体の危機となっていく。
しかし、それを食い止めたのが先の一件の功績を冒険者ギルドに認められ、正式にAランクへと昇格した救国の英雄、“カンパニュール”だった。
彼らは自分達も黒熱病を発症していたのにもかかわらず、危険を顧みずにエインルム山脈へと入って定期的にまとまった量のクヌワシ草を採取し、ただ同然で錬金術ギルドに提供した。そのおかげか治療薬の流通も回復し、徐々に平民達にも行きわたるようになった。
黒熱病は一度治った者が再び発症することはないということが分かっていたため、治療に関する問題が解決された今この騒ぎが鎮まるのも時間の問題のように思われた。
やがて病気から解放され、ある程度の余裕が生まれてきた平民達は、何の見返りも求めずたびたび自分達の危機を救ってくれた玲達――黒熱病に関する働きが認められ、ついにSランクに昇格し、名実ともにユピヌス王国を代表する大英雄となった――に対し崇拝の念さえも抱くようになり、逆にどこまでも保身に走り私腹を肥やそうとする貴族や王族に対する不満や恨みは以前よりもさらに強くなっていった。
「あ、“カンパニュール“様だ、わーい!」
「おにいさんたち、いつもありがとう!」
「冒険者様! 今度生まれてくる子にあなた様の名前をいただいてもよろしいでしょうか!?」
「おはよう、今日もいい天気だな! 最近順調か?」
平民達の好意的な声を背中に浴びながら玲達は今日も薬草を採るために南へと向かう。
「――ああ、本当に順調だよ。順調すぎて怖くなってくるくらいだ」
「それで、その黒熱病とやらは解決したのですかな?」
「まったく、帝国や神国の商人達は情けない……。彼らはいったい商人としての誇りをどこへやってしまったのやら」
「まあまあ、余程伝染病が怖いのでしょう。仕方のないことだ」
きらきらとシャンデリアが輝く、最高級の調度品が揃う豪華な部屋に、その体にたっぷりと贅肉を蓄えた男達のねっとりとした声が響く。
魔物の大発生と、黒熱病の対策の為に王直々の命令により招集された貴族たちの会話だ。
――反吐が出る。耳当たりのいい装飾語をちりばめてごまかしてはいるが、実際の内容は幼稚な、いかにして自分が最も得をするかということばかりに終始している。奴らが身に着けている装飾品1つのためにどれほどの民が犠牲になったことやら。
集められた貴族の1人であるバッチット男爵はそう内心毒づきながら、ちらと未だ黙したままの王を一瞥し、溜息を吐いた。
王がすべて悪いわけではない。なぜなら現王レオナルドは確かにこの国を愛し、平民達にも十分に心を砕いていたのだから。
ただ、前王が他の子どもを作る前に若くして病気で亡くなってしまったことから消去法的に現王へと即位したという背景がある彼には、圧倒的に手腕が足りなかった。即位してからもう40年あまりの年月が経ったが、彼は未だ貴族たちの傀儡としていいように利用されている。
「それにしても商人の行き来が滞っているせいで最近領地の収入が減っておりまして、非常に困っておるのですよ」
「おお、貴方のところもか。実は私の領地もでしてね……。いやはや奇遇ですな」
「王よ、このままでは我が国の国力が低下し隣の帝国や英雄国に付け入る隙を与えかねませんぞ。ここは税の引き上げが必要かと」
「然り、然り!」
――まだそのような寝言を言っているのか!今のこの国はそれどころではないだろう!
バッチット男爵は心の中で憤慨し――しかし何も言えなかった。
いくら善良で高潔な心と、明晰な頭脳、そして高い手腕持っていようと、公爵や侯爵が皆あのような状態ではただの辺境の一男爵である彼にはどうしようもない。
やり場のない感情を押し殺しながら彼が窓から外の景色を眺めると、そこには彼の悩みをあざ笑うかのように雲一つない満天の星空が広がっていた。
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