「おめでとうございます! これでDランクですよ、皆さん! “カンパニュール”は最近では街でも噂になっていて、私もなんだか鼻が高いです!」

 Fランクに昇格してから2週間。玲達のパーティ“カンパニュール“は、異例の速さで2ランクの昇格を果たしていた。


 そのニュースは冒険者の間だけでなく王都の一般市民にも広がり始め、彼らの目的の1つである“名声の獲得”は順調に進んでいた。

 しかし、当の本人たちはというと――


「皆、依頼をとってきたぞ」

「あー、ちまちまちまちま……なんかこうもっと面白いのはないのかよ!」

「また今日もゴブリン? もう嫌よ! なんであんな奴らに毎日毎日会いに行かなきゃならないのよ……」

「僕はミラちゃんに会えればそれでいいけどねー」


 ――そう、飽きていた。


 最初のうちこそ久々の冒険に心を躍らせていた5人だったが、毎日毎日ゴブリンやコボルトを殲滅し、討伐証明部位である右耳をはぎ取るという単純作業を繰り返すうちにそれもなくなっていく。

 そして最近ではもう苦痛しか感じなくなっていた。

 依頼を報告するたびにミラを口説いていたダロンだけはいつまでも楽しそうだったが。


 そもそも玲達は皆程度に差はあれ飽きっぽい性格をしており、こういった作業への忍耐力は非常に低い。

 彼らが楓のために数百年も研究を続けてこられたのは、偏に楓への友情や愛があったからである。


「なあレイ。もっと楽にランクを上げる方法はないのかよ?」

 今日もゴブリンを狩り、ギルドに耳を提出して“儚き聖者亭”に戻ってきたジョージの第一声がこれだ。


 ――このまま続ければランクは確実に上がるが、いつか誰かのストレスが爆発してしまう。流石になにか手を打たないと面倒なことになる。

 それにこのままでは目標を達成するために何年かかるかわからない。


 そう思って少し考えた玲は、ゆっくりと口を開く。

「あるにはあるが……」

「「「本当に!?」」」


 ――この食いつきようである。


「そうだな、もう私もいい加減うんざりしていたところだ。今まではリスクがあるから避けていたがもうこの際いいだろう」

「もったいぶってないで早く教えて!」

「ローラ、落ち着いて」


 5人の中でも最もせっかちで短気なローラがその自慢のツインテールを振り回しながら身を乗り出す。

 一貫して無表情の楓がどうどうと落ち着かせようとしているが無駄なようだ。

「そんなに難しいことではない。――魔物の大群がこの王都を襲ったところを我々が活躍してそれを退ける。それだけだ」

「魔物の大群って言ったってそんな都合よく現れるわけ……あ、なるほどね。理解したわ」

「そういうことだ。ダロン、ついでにこの前言っていたやつも時期を前倒しにして仕掛ける、実行は3日後だ。見つからないように頼むぞ」

「了解。やっと楽しそうな仕事だねー。あ、一応ミラちゃん姉妹は守るように頼むよ?」



「――なんだ、この音は」

 昼過ぎの暖かい日差しの中気持ちよく居眠りをしていた門番の男は、突如地響きの音と振動に起こされてそう悪態をつく。


 どうせ大型の魔物のテイマーか大所帯な商隊でも来たのだろうと見当をつけた彼は、街の外を一瞥し――


 ――驚愕に目を見開いた。


 彼の目にはまるで波のように王都へ迫ろうとする魔物の大群が見えていたのだ。


 ゴブリン、オーク、スケルトン、ゾンビ、オーガ……。


 大きさも姿もバラバラでまとまりがない。が、すべてがこちらを目指して押し寄せてきている。

 周りが障害物のほとんどない平野であったことがまだ不幸中の幸いというべきか、見つけることは簡単だった。遠くでは魔物の波に呑まれている商隊や冒険者もかろうじてちらほら見える。


 数秒経ってなんとかショックから立ち直った彼は、急いで詰所で酒を飲んでいた仲間を呼んで緊急のために設置された鐘を鳴らし伝令に走った。


 “Fランク以上の冒険者は至急冒険者ギルド訓練場へ集合すること”


 ギルドマスターによる強制徴収を受け集まった冒険者たちは、皆静かに彼の演説を聞いていた。

「―――――冒険者達よ、この王都を守るために全力を尽くせ!」

「「「「「おう!!!」」」」」

「気合は十分のようだな。それではそれぞれの役割を言い渡す。心して聞いてくれ! ――FランクとEランクは住民の避難の誘導と街の警備。DからBまでは外に出て魔物の迎撃をしてくれ。Aランクは……よし、ちゃんと6パーティ全部いるな。お前達もそれぞれ割り当てられた冒険者を率いて戦いつつ、強敵の出現に備えてほしい。よし、何か質問はあるか!」

「ギルドマスター、1ついいか?」

「なんだ、ショーン?」

「住民の避難とか街の警備とか、兵士はどうしたんだ?」

 Aランクの最高峰の冒険者が、鋭い眼差しをギルドマスターに向ける。それはこの熱気渦巻くギルドにいるすべての冒険者が感じていた疑問だ。

「“この非常事態に国家の重要人物の身に万が一が起こることは許容できず、国王や貴族の警護に集中する必要があるため援助は不可能”……だそうだ」

「なんだそれは、ふざけているのか!」

「どこまで腐ってやがるんだ、あの豚どもは!」

 ギルドマスターのその言葉で怒りに沸き立つ冒険者達。


 ギルドマスターも本心では、彼らとともに自己保身に走る王侯貴族を思う存分罵倒したいと思っていたが立場上そういうわけにもいかず。

 それに今はそんな悠長にしている時間はない。


 よって深呼吸をしてなんとかくすぶる気持ちを抑え込み、手を挙げて冒険者達を黙らせた彼は、大きな声で演説を締めくくる。

「皆、今は時間がない。その怒りは魔物どもにぶつけてやれ! 決戦は明日の朝だ。今夜はゆっくりと休んでおけ!」


 翌朝。魔物の波はついに王都の目前まで迫っており、冒険者達の間には未だかつてない緊張が走っていた。


 ――それも当然だ。今回の戦いは自分達が死ぬかどうかでは済まない。

 自分達の敗北はすなわち背後の愛する者達の死だ。いや、中には死よりも惨い目に遭う者もいるはずである。

 そのようなことは到底彼らにとって許容できることではなかった。


「野郎ども、気合を入れろ! 俺らにすべてかかっているんだ!」

「「「おお!!!」」」


 冒険者達は鬨の声を上げて次々に魔物の群れに飛び込んでいく。


 ――ユピヌス王国史上初となる、魔物対人類の戦争が始まった瞬間だった。


 南門へと割り当てられた玲達も、他の冒険者達と共に魔物を殲滅していた。

 いつもよりも少し実力を出して戦っていた彼らはDランク冒険者としては頭一つ抜けた成果を上げていた。

「……なあレイよ、やっぱり俺たちが本気でぶっ飛ばしちゃいけねーのか?」

「ちゃんと作戦の通りにしなさいよ! レイとダロンが一生懸命考えてくれたんだから」

「もう少し待っていてくれ。ちゃんと後で好きなだけ暴れさせてやる」

「あの魔道具調整するの大変だったんだからね? 頼むよジョージくん」


 戦いながらも息1つ切らさず談笑までしている5人。


 周りの冒険者たちは、話の内容は戦いの音に呑まれ聞こえなかったが彼らのその余裕そうな雰囲気は伝わり頼もしく思う。


 他の場所でも、AランクやBランクの冒険者達の活躍で、順調に魔物は討伐されていく。


 やがて冒険者達の数時間の奮闘の後、ほとんどの魔物が討伐された。

 残っている魔物はスライムなどの低級な魔物ばかりであり、この大災害を生きて乗り越えることができたと実感し安堵している者も少なくはなかった。


 ――そんな時。


 不意に彼らを大きな影が覆い、一瞬後に凄まじい風が吹き荒れる。


「「「グラアアアア!!!」」」


 そして突然の出来事にざわめく草原に何重もの咆哮が轟いた。


「あれは、ブラックドラゴンか!?」

「嘘だろ、あいつらは群れることなんてしないはず!」

「そんな、俺達には荷が重すぎる! それにあんな数……。もうおしまいだ……」


 影の正体はブラックドラゴン――生半可な物理攻撃をはじく上に殆どの魔術や法術をレジストしてしまう硬い鱗を持ち、強力なブレスや鉤爪で襲ってくる凶暴な魔物だ――の大群だった。


 ブラックドラゴンそれ自体はAランクパーティなら討伐できるし、Bランクでも数パーティで協力すれば相手を務めることは可能だ。よって10体程度ならまだここにいる全戦力を集結させれば何とかなる。

 しかし現れたのは優に50体を超える。

 これでは殲滅どころか街を守ることなど不可能だ。

 先程までの和やかな雰囲気は一転し、冒険者達の顔は絶望に染まっていた。Aランクパーティですら諦めて棒立ちのままそれらを見つめている。


 ――そんな中。


「おお、やっと面白そうなのが出てきたぜ!」

「久しぶりにそれなりに思いっきり動けるわね!」


 冒険者たちが反射的に声のする方を見れば、5人の男女が楽しそうにブラックドラゴン達を眺めていた。

 いくら実力が高いとはいえまだDランク。それについこの間登録したばかりのルーキーだ。きっとあまりの光景に気が触れてしまったのだろう。

 そう思って彼らは同情の眼差しを向ける。


 すると驚くべきことに、その5人は全く躊躇することなく群れの中へと突っ込んでいった。誰もが止める間もなく、唐突に。

 皆、彼らがぼろ雑巾のようにあっけなく死ぬ悲惨な姿を想像して一瞬、目を覆う。


 ――しかし、そこからは圧倒的だった。


 片手で軽々とハルバードを振り回してブラックドラゴンを両断する大柄の戦士に、鮮やかな双剣捌きで流れるように相手の攻撃をいなしその巨躯を削り取っていく女剣士。


 手が霞むほどの速度で弓を引き、1本も外すことなく飛び回る彼らのその細い首を次々に穿つ褐色の肌の青年。


 そしてその傍らに立ち、指先1つで魔術に対する抵抗力が高いはずのそれらを一瞬で跡形もなく消し去っていく魔術師。


 他の4人から少し離れたところにいるメイスを持った少女も、全身にうっすらと白い光を纏いその病弱そうな見た目からは想像もできないような動きで片っ端からブラックドラゴン達を肉片に変えていた。


「あ、ありえない……あいつらってDランクだろう……?」

「俺たちは夢を見ているんじゃないのか……?」

「いける……、これならいけるぞ!」


 ポツリ、ポツリと呆然と地面にへたり込んでいた冒険者達が呟き、1人、また1人と立ち上がっていく。彼らの目には、今まで浮かんでいた絶望や諦念は消え去り、希望が宿り始めていた。


「これはきっと何百年も語り継がれる伝説になるぞ」

「ああ、感動して全身が震えているよ」

「……俺たちは今、すごいものを目にしているのかもしれない。――偉大なる英雄の誕生を」

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