世界征服
「勇者ダニエルにアルファベット……、確実に我々の世界の住人だな」
「ええ。もしかしたら私達よりも長くここにいる人がいるかもしれないわね」
「要注意だな。なぜかは知らんが召喚された者は大抵が強いから面倒だ」
「その時は任せたよ、皆。それで、“儚き聖者亭“だっけ?」
「ああ。道はわかるのか?」
「大丈夫大丈夫! さっきミラちゃんに教えてもらったしー」
「あんたねぇ……。いつも思うけど人のこと馬鹿にできないと思うわ、この女好きが」
5人は、夕方の人通りが少なくなり始めた道を歩き、教えてもらった宿へと向かう。
「ようこそ! いらっしゃい、“儚き聖者亭へ”!」
エールアノスで泊まった宿屋よりも大きい、と思っていると、どことなく先程会ったばかりのミラに似ている、おっとりとした妙齢の女性が出迎えてくれた。
「どうもこんにちはー……ってミラちゃん、いつの間に!?」
「あらあら、あの子の紹介ですか? 私は姉のルルと申します。私達よく似ているって言われるんですよ」
「やけに推すものだから何かと思ったら、身内だったのか。ところで5人で泊まりたいのだが。同じ部屋で構わない」
「まあ、これはあの子がご迷惑を……。わかりました。案内します」
案内された部屋で一息ついた後、宿泊客で賑わう1階の食堂で玲達は夕食を楽しんでいた。
「このシチューおいしい」
「牛肉が柔らかくていいな、気に入った! ――ところでレイよぉ、明日は戦闘試験っつーのを受けるんだろ?」
「ああ。ただ手加減はしろよ?特にジョージとローラ」
「なんで私とこの馬鹿を一緒にするのよ! それに危ないのはカエデもでしょ!」
「まあ確かに。カエデちゃんも意外と怖いよね……。試験官消し飛ばしたりしちゃだめだよ?」
「問題ない」
やがて、ほとんどの客が自室へと戻り食堂が静かになったころ。5人はそれぞれ酒を飲みながら昔話に花を咲かせていた。
「――それにしても、こうしていると勇者として旅していたころを思い出すな」
玲のその言葉に、ふとグラスを傾ける手を止めてどこか遠くを見るような目をして儚き輝きに思いをはせる一同。
「黒の国に行ってからは基本城の中に引きこもっていたしねー」
「俺はあれはあれで楽しかったぞ。あそこには強い奴もいっぱいいたしな!」
皆口々に遥か昔の鮮やかな儚い思い出を語る。楽しそうに。懐かしそうに。そして忌々しそうに。
「――ねぇレイ、カエデのこともそうだけど、せっかくだからこの世界では今までできなかったこともやってみましょうよ!」
ふいにローラにそう言われて少し考えた玲は、ふと思いついたことを口にする。
いつもの何をするにも慎重に慎重を重ねる彼ならば絶対に口にしないであろうことを。
口では仲間達に注意しながらも、やはり彼自身も数百年ぶりのイレギュラーなイベントにどこか浮かれていたのかもしれない。
「今までできなかったことか。そうだな……。――ふむ。陳腐だが、“魔王”らしく世界征服とかどうだ?」
“世界征服”
古今東西、権力者に限らず世の誰もが一度は惹かれただろう、わかりやすく途方もない泡沫の夢。
それが不意に形となって、愛の為に進んで狂うことを選択した悲しい魔王の口から放たれた。
――すると、それまでどこか空虚さが垣間見えていた仲間達の瞳に力が宿る。
「いいなそれ! 前は白の国にさんざん邪魔されたからな! 面白そうじゃねーか!」
「強い人、いるかもしれないのに無謀」
「いや、案外名案かもよ? うまくいけば世界中が僕達を手伝ってくれるわけだし、研究も捗りそうだ」
――仲間達の反応に更に気を良くした玲は、目を輝かせている彼らに、静かに、されど力強く言い放つ。
「ふふふ、そのためにもまずは冒険者として成功しなければならないな。皆、明日から忙しくなるぞ」
翌日玲達は、雨の降りしきる中冒険者ギルドを訪れていた。
「おはようございます、“カンパニュール“の皆さん! 今日はどういったご用件で?」
「ミラちゃんおはよう! 今日も可愛いねぇ」
「おはよう。Fランク昇格のための試験を受けたいのだが」
「ダロンさんお上手ですねー、照れちゃいます。……え? もう受けるんですか? 昨日登録したばかりなのに大丈夫なんですか?」
「ああ。これでも腕には自信があってな。それなりに戦えるつもりだ」
心配そうに尋ねるミラに手を振って答える。その余裕さえ伺える態度に安心したのか、ミラもそれ以上は何も言わなかった。
「ではついてきてください、試験場に案内します」
一同は彼女に連れられてギルドの裏にある訓練場へ向かった。
「俺が試験官の元Cランク冒険者のヒューズだ、よろしく! 試験は俺と後ろにいるこいつらが担当する」
広い訓練場の真ん中。歴戦の戦士という言葉が似合いそうな男が腕を組み、ルーキーを安心させるかのように気さくに挨拶をする。
対する玲も、ルーキーとは思えないような堂々とした態度で返す。
「よろしく頼む。ちなみに試験はどういった内容なのか聞いても?」
「練習用じゃないいつも使っている装備を付けて、お前のパーティと俺のパーティで模擬戦をする。そしてそれを見て俺達がお前らがFランクに足るかどうか判断を下す。それだけだ。簡単だろ?」
「ああ、シンプルでありがたい。ところでそちらが一人少ないようだが、大丈夫か?」
「言ってくれるじゃないか……。なら早速始めようじゃないか」
訓練をしていた数人の冒険者が手を止めて注目する中、2つのパーティは睨みあう。
玲達5人はそれぞれ自然体で構えている。その雰囲気にはどこか余裕さえ漂っている。
対するヒューズ達パーティは、剣士が2人に弓使いと、おそらく法術師が1人ずつ。前衛2後衛2とバランスがいい。こちらは相手はまだルーキーであるというのに、舐めた態度はとらず一挙一動を見逃さまいと皆鋭い目で相手を見据えている。
「それでは準備も整ったようなので始めたいと思います! よーい……はじめ!」
ミラの元気の良い声を合図に、両者とも一斉に動き出す。
真っ先に飛び出したジョージのハルバードと、ヒューズのクレイモアがぶつかり火花を散らす。
重い。ジョージの攻撃を受けたヒューズが思ったのはそれだった。
ルーキーが片手で振り回しているハルバードが、引退して衰えたとはいえCランク冒険者であった自分の両手で扱うクレイモアと拮抗している。
その驚愕の事実を前に、ヒューズは無意識のうちに持っていたちっぽけな油断を完全に捨てた。仲間達もそれを感じ取ったのか、動きがよくなり戦いの勢いが増す。
だが一拍遅れて追いついたローラの双剣がもう一人の前衛のもつ盾を吹き飛ばしたことで、ヒューズ達は一気に不利になった。
盾を失い体勢を崩した男を助けようと、弓使いの女が正確にローラめがけて連続で矢を射る。
しかしそれらはすべて目標に届く前に地に落ちてしまった。開始早々陰に潜んでいたダロンが、短剣片手にそれらを叩き落したからである。
――まさに阿吽の呼吸。素晴らしいコンビネーションだ。
だがヒューズ達も負けていない。
その不利な状況からベテランさながらの巧みな連携ですばやく立て直し、戦況は振出しへと戻る。
――一方後衛どうしの戦いも熾烈を極めていた。
相手の法術師がジョージ達に攻撃しようとすれば、玲か楓がすかさずレジストし、もう片方が反撃する。逆もまた然りだ。
2対1にもかかわらず、ヒューズのパーティの法術師は玲達の攻撃をうまく捌ききっていた。
登録したてのHランク冒険者と元Cランクのベテランの間で繰り広げられる互角の戦いに、観戦していた者達も思わず魅入られていた。
――まあ、片方のパーティは皆かなりの手加減をしていたのだが。
「やめ!」
予定した時間が経過し、ミラからそう声がかかる。
それを合図に玲達は、一斉に地面に身体を投げ出し、肩で息をしてみせた。
「お疲れ様! いやぁ、驚いたな、お前達。全員文句なしの合格だ!」
ヒューズが拍手をしながらそう言い渡す。彼のパーティメンバーも口々に玲達を称賛した。
「いや、流石元Cランクパーティだ。我々も自分達のことを強いと思っていたが、まだまだだな。少し戦っただけでこの有様だ。今日はいい経験になった、ありがとう」
玲達はそんな彼らに頭を下げて感謝を述べ、再びミラに連れられて訓練場を去っていった。
「いい経験になった、か……。それはこっちのセリフだろうな」
「だな、今の時点であの実力なら、将来はきっと大物になるぞ」
「……お前、まさかあれがあいつらの全力だと思っているのか?」
「え? 何を言っているの? ヒューズ。だって彼ら終わった後あんなに疲れ果てていたじゃない」
リーダーの言葉に本気で首を傾げる仲間達。そんな様子を見て、ヒューズはやれやれと頭を振る。
「ありゃ演技だ、それもとんだ下手糞な。終わりの合図がかかるまで全員息1つ切らしていなかったじゃないか。仮にも元Cランクと戦ってあんな余裕があるとはな……。自信無くすぜ」
「いわれてみれば……。まじかよ、とんだルーキーがいたもんだな」
「ああ。ああいうやつらこそがSランクに到達しうる人外の化け物っつー存在なんだろうな」
そうこぼしながら、ヒューズ達は次の挑戦者を迎え入れるために準備をするのであった。
「皆さんすごいですね! あんなに強いならはやく言ってくださいよ!」
「でしょー? ミラちゃんもっと褒めて褒めて」
「まあ俺達ならあれくらい当然だけどな!」
「調子に乗るな、ダロン、ジョージ」
「可愛い子にちょっと褒められたくらいで鼻の下伸ばして……。恥ずかしいからやめてくれる?2人とも」
未だ興奮冷めやらぬといった様子ではしゃぐミラとそれに気分を良くするダロンにジョージ。そしてそれを冷めた目で見る玲と女性陣。
周囲の冒険者たちは面白いものを見るような目でそれを眺めていた。
やがてそれに気付いたミラが慌てて仕事を再開する。
「し、失礼しました。えー、“カンパニュール“の皆さんはこれで無事Fランクに昇格となります。おめでとうございます! ……あ、これが新しいギルドカードですね、はいどうぞ」
「ありがとう。それで、まだ時間もあるし、せっかくだから今から依頼を受けたいのだが、何かちょうどいいものを見繕ってくれないか?」
昼間から酒を飲み騒ぐ冒険者達の喧騒と、開いたドアの隙間から控えめに混じるしとしとと降る雨の音を聞きながら、玲はカウンターをに座るミラにそう言う。
「そうですね……、これなんてどうでしょう?」
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