冒険者
市場で買った酸っぱい林檎をかじりながら、玲達は大通りを歩いていく。
「林檎、おいしい」
「カエデそれ本気で言ってる?これ絶対ジャム用かなんかよ、ものすごく酸っぱいわ」
「こういうものなんじゃないかな?さっきの門番の態度もそうだったけど、やっぱり噂は本当みたいだね。平民の不満はかなり大きそうだ」
「途中で立ち寄った村もひどかったよなー……。子供ですら目が死んでたやついたぞ」
途中、寄り道しながらも30分ほどで冒険者ギルドに辿り着く。
遠目からでもそれなりに目立つ、剣を交差させたような絵が描かれた看板がぶら下がっているその建物の中を見れば。
依頼を受けたり併設されている酒場で酒を飲んで騒いだりしている沢山の冒険者や、年季の入った木製のカウンターの奥で忙しなく働くギルド職員でにぎわっていた。
足を踏み入れるとすかさず幾つもの鋭い、品定めするような目が向けられるが、次の瞬間には興味を失ったように目をそらされた。
強力な装備を纏ってはいるが、魔術を使って全力で自分たちの情報を隠蔽しているため、自分達のことはちょっと高価な服を着た一般人程度にしか見えていないのだろう。
――ひとまず今この建物の中には自分の魔術を見破れるほどの強者は存在しない。演技しているのなら別だが。
その事実が得られて満足した玲がちょうど人がはけたカウンターへ足を運ぶと、すかさず小動物を彷彿とさせる活発そうな受付嬢から声がかかる。
「冒険者ギルドへようこそ! ご用件は何でしょう!」
「ああ、冒険者登録をお願いしたいのだが」
「承りました! ではこの用紙に必要事項をご記入ください! あ、私ミラと言います、どうぞよろしく」
……そう言われたが、玲はこの世界の字が書けない。仲間達に目配せするも目をそらされた。
「申し訳ないが、代筆を頼めるか?私達は字が書けるものがいないものでな」
「こ、これは失礼ました! 私ったらまたやらかして……コホン。それでは順番に名前、年齢、出身、あとは得意なことやアピールポイントなどをよろしくお願いします!」
「了解した。では私から順に――」
「はい、ご協力ありがとうございました! 30分ほどでギルドカードが完成すると思うので、その間に色々と説明させていただきますね!」
「よろしく頼む」
そういって玲が軽く頭を下げると、ミラは座ったままふんすと張り切った様子で胸を叩く。
「任せてください! ではまず、ランクについて説明します。冒険者にはランクが設定されていて、下から順に、H、G、F、E、D、C、B、Aという感じです。冒険者の皆さんはそのランクに応じて依頼を受けるわけですね。一応Aランクの上にSランクというものもありますが、これは一種の例外です。ユピヌス王国でも現在ではすでに引退なさった方が1人だけで、それ以外はここ数十年現れておりません。ちなみにこのランク制度は遥か昔に冒険者ギルドを設立した勇者ダニエル様が作り上げた、由緒ある制度なんですよ!」
「なるほど」
「次にランクアップについてです! まず覚えておいて欲しいのは、Fランクに上がる際に戦闘に関する実技試験があります。これはランクに関係なくいつでも受けられるので気軽におっしゃってください」
「そして、CからB、そしてBからAに上がるためにはまたもやそれぞれランクアップ試験に合格する必要があります。これはFランクの時と違い一度不合格になると1年間は受けることができないのでそこは注意してくださいね!」
「最後に、注意事項をお伝えします。まず、依頼に失敗するとペナルティとして、受けた依頼の報酬分の金額を徴収します。また、私達冒険者ギルドは依頼において発生した怪我などの損失について一切責任を負いません。すべて自己責任でお願いします。あとは、基本的に冒険者は戦争の徴兵など国家に関わる義務は免除されていますが、魔物の大発生などの緊急事態に関しては別です。そのような際にはギルドから強制収集がかかりますが、これを無視してもペナルティとなるので注意してください。……こんなところでしょうか?何か質問があればどうぞ!」
「強さの基準として聞いておきたいのだが、例えばギラロはそのランクとしてはどのくらいだ?」
「ギラロですか?大体Bランクのパーティが戦力としては妥当ではないかと思います!ほかに何かありますか?」
「はいはーい! ミラちゃんおすすめの宿を教えてほしいです! あと連絡先も!」
ここまでの道のりでもそうだったが、見目麗しい女性を見ると隙あらばすぐこうして絡むダロン。……大体軽くあしらわれていたが。
こいつもこの悪癖さえなければいい奴なのに、と玲達は呆れるが、本人はどこ吹く風だ。
一方それなりに整った顔立ちをしたダロンに言い寄られたミラの方はというと、少し顔を赤らめて――
「連絡先は無理ですが、宿ならここから5分ほどの距離にある“儚き聖者亭”ってところがおすすめですよ!」
――あっけなく断った。これでもめげずに繰り返すのだからダロンもさすがというべきか。
「もうないようですね……。あっ皆さんパーティ登録はどうしますか?」
「……そうだな、頼もうか」
「これも代筆でよろしいですね。といってもあまり書くこともないですが。ではパーティ名をどうぞ!」
笑顔でそう言われ、玲は後ろの仲間達を振り返る。
「さて、どうしようか」
「参考までに言うと、伝説の武器や、英雄にあやかってつける方が多いですねー! この国でも有名なAランク冒険者パーティで、勇者ダニエル様の持っていたという剣にちなんで“白銀の剣”という名前になさっているパーティもありますし」
「伝説の武器……英雄……。ならレイよ、お前がいつも使っている本の栞の花、なんて名前だっけ? あれでいいんじゃないか?」
ミラがそう付け足すと、ずっと黙っていたジョージが反応する。
なぜ伝説だのなんだのから自分の栞を連想するのか、と玲が笑うと、意外にもいつも彼と言い争っているローラが賛成した。
「あら? ジョージにしては洒落たこと言うじゃない! レイ、パーティ名は“カンパニュール”にしましょう!」
「お前の国の言葉で桔梗、だったか。それにしても洒落た? どういうことだ?あれは何の変哲もないただの桔梗だぞ?」
「あれ?レイ知らないの? 桔梗の花言葉を思い出してごらんなさいよ」
「……“永遠の愛”、だろう。他には“誠実”、“清楚”とかもあったか」
「それもあるけど、西洋にはもっといいのがあるのよ」
「ほう、なんだそれは?」
「“友の帰りを願う”よ。てっきり知っていると思っていたけど。――愛すべき友が“永遠の愛”を誓って花を贈った男がリーダーを務めるパーティに、その花の名前を付けてパーティメンバー全員で“帰りを願って”全力を尽くす。ね、すごいロマンチックでしょ?」
「異議なし」
「うん、俺のおかげだな」
――すばらしい。最初は彼女の言っていた意味が分からなかったが、詳しく聞いてみればまさに今の自分達にピッタリなネーミングではないか。その“友“もパーティに入るのは少し可笑しい気もするが、それでもこれ以上の名はないだろう。
そう思った玲は彼にしては珍しくその端正な顔に笑みを浮かべた。
やがてローラの言葉に満足げに頷いた一同は、一連の話を聞いても相変わらず無表情のままの楓を一瞥し、にこにことこちらをうかがっていたミラに向き直る。
「では、パーティ名は“カンパニュール”で登録してくれ」
「分かりました! 恥ずかしながら、無知なものでキキョウという花は存じませんが……、とてもいい名前だと思います! ではこれですべて終了しましたので、あとはギルドカードができるまでしばらくお待ちください」
玲達がギルドカードを受け取り去っていった後、冒険者ギルドは彼らについての話題でにぎわっていた。
「なんか変な奴らだったな」
「あのでかい奴、ハルバードに大盾って……。どんな怪力だよ」
「なんか妙に落ち着いているっていうか……ルーキーっぽくなかったな。兵士崩れかなんかかね」
「ありえそうだ。それにしても女2人はめちゃくちゃ綺麗だったな、一晩相手してくれねーかな?」
「俺はあの無口なねーちゃんがいいぞ!」
「いや、もう1人の気が強そうなのも捨てがたい!……ん? どうしたショーン、そんな青い顔して。飲み過ぎか?」
ショーン、と呼ばれた男はなんでもないと手を振りつつ、先程の5人組を思い出して身震いをする。
ベテランの中でも才能のある者が途方もない努力の末にようやく到達できるというAランク冒険者。
そしてその中でも頭一つ抜けた強さを持ち、王国最強も夢ではないとまで言われる彼は、実は玲の魔術による隠蔽をすべてではないが見破っていた。
ほんの少しとはいえ見破り、そしてそのあまりにも隔絶した実力を感じ取ってしまった彼は、そのことを気取られないよう全力で演技していたのである。
「何者なんだ、あいつらは……。本当にあんなのがルーキー、いや、そもそも人間なのか……?」
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