発作
「なんだか僕達が思っていたよりも大変なことに巻き込まれているみたいだね」
「面白そうだから俺は全然構わねぇけどなー」
夕飯を食べ、街である程度の情報収集を済ませた玲達は、宿の部屋でこれからのことについて話し合っていた。
「城にため込んであった財宝はまだ十分にあるが、それを使ったら確実に目立ちそうだな……。通貨は、白金貨、金貨、銀貨、銅貨の順で、下位の通貨10枚が上位1枚と等価……、だったか?」
「うん、玲様、合ってる」
玲の呟きに楓が静かに頷く。
「言語も文字も通貨も違うし、僕達が今いるこの国……エールアノス王国だっけ?も初めて聞く名前だよね。まあ言語に関しては翻訳の魔道具があるから問題ないけど。それにしても最初は単純に違う時代だと思ってたけど、これレイくんが言ってた異世界って説あり得るんじゃない?」
「ああ。1つや2つならまだしも、ここまで違うとな……。ただそうなるとなぜ私達の知っている魔物ばかりが出てきたのかが気になる」
「気にしてもしょうがないんじゃねーか? いくつか知らないのもいたしよ。それにしても皆してギラロが強い魔物っていうのには驚いたぜ」
「少なくとも未来ってことはないわね。それならおとぎ話の1つや2つ残っていていいはずだもの。私たち結構派手に生きてきた自覚あるし」
ため息をついて頭を振る玲に、ぽつり、と自分の考えを述べる前衛2人。彼らの話し合いは加熱する。
そして――
「――それで、ここが異世界だとしてどうするの? レイくん」
――いつになく真剣な声色でダロンに問われた玲は、仲間たちを見まわしながら言う。
「目的は変わらない。まだはっきりと断定はできないが、異世界ならば我々の知らない魔物や素材、魔術があるだろう。今まで通り、楓のために全力を尽くそう」
「レイならそういうと思ったわ!」
満面の笑みで頷いたローラに微笑みながら彼は続ける。
「とりあえず我々がまずすべきことは、資金を稼ぐこと、名声を得ること、この2つだ。そしてその手段としては――」
「「「「冒険者」」」」
「そうだ。我々は幸いこの世界でもそれなりの強者であるようだから、それに関してはそう苦労しないだろう。そして……、明日は冒険者登録するといったが予定変更だ。朝一で出発して隣国のユピヌス王国に向かうぞ」
「え? 登録くらいこの国でしていけばいいんじゃないの? なんでまた」
玲の最後の言葉で、仲間たちは皆狐につままれたような顔をした。ダロンが素っ頓狂な声で問う。
「いや、研究のために国家のバックアップが必要不可欠な我々にとってはどの国で登録するかは非常に重要だ。表面上、冒険者は“国や種族に縛られない自由な存在”とされているが、高位になれば実質的にはそういうわけにもいかないらしいからな。聞いたところによるとこの国は元英雄の王を中心に世界的にも強者が集まっているらしい。そのおかげかどうかは知らんが治安もすこぶるよく、民の不満も少ないそうだ。それに比べユピヌス王国は長い歴史を持つ大国だが腐った貴族が幅を利かせ、愚王が統治する最悪な国、というひどいいわれようだ。だがそういう付け入る隙が多い国の方が我々にとっては都合がいいだろう?」
「まあ、確かに」
「それにはっきりと敵と決まったわけでは無いが、ダロンとほぼ同格の強さの者がいる国に情報も揃っていないうちにあまり長居したくない」
「心配し過ぎだろ。ダロンと同じくらいつったって俺達5人なら勝てるしな!」
「いや、何か奥の手があるかもしれない。楽観的過ぎるのは良くないぞ? ……まあとにかく、明日からは王都に向けての旅になる。今日はもう寝るぞ」
「了解。おやすみ、レイくん。あと……、防音は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。おやすみ」
「いや、いやだ、もうやめて!!!!! あ、ああ、あああああああああ!!!!!」
深夜。しんとした一室に突如女の金切り声が響いた。楓の発作だ。
玲が最初自分と楓を仲間達とは別の部屋にしようとした理由がこれだ。
寝ていたところを起こされた玲達は皆悲痛な表情でその美しい黒髪を振り乱し狂乱する楓を見つめる。ローラなどは憤怒さえその顔に浮かべている。
自分の睡眠を邪魔した楓に対して、ではない。
そもそも玲達は幾度も自身の体に魔術による人体改造を施していて、既に人間と呼べる存在ではなくなっている。
そのため、人間だった時の残滓というべきか空腹感や眠気を覚えることもあるにはあるが、本当の意味で食事や睡眠を必要とすることはない。
彼らがそれをするのは基本的に娯楽のためであり、ゆえに仲間に眠りを邪魔されようが彼らにとってそれほど腹を立てるようなことではない。
ならば彼女はだれに対して憤怒しているのか?
――それは楓をこんな風に変えてしまった犯人に対してだ。
かつて女性として、そして人としての尊厳を踏みにじるような行為を数えきれないほどその身に受け、壊れてしまった楓は、仲間たちの懸命の努力によりなんとか日常生活や会話が問題なくできるくらいには回復したが、それが限界だった。
自分を育ててくれた優しい両親との暖かい思い出も、愛しあっていた玲とのかけがえのない思い出も、個性的な仲間達との苦しくも楽しい、輝きに満ちた冒険の思い出も。そして喜び、悲しみ、驚き、怒ることも。
生まれてからの記憶すべてと、生きとし生けるものならだれもが持っている感情を失ってしまった。
それだけではない。おぞましいトラウマが頭をよぎるのだろうか?毎晩毎晩、このように起きて発狂しては、なにかに怯えるように泣きじゃくり、自分の身を傷つける。泣き疲れて眠りに落ちるまで、ずっと。
「大丈夫だ、楓! ここにはお前を傷つけるようなものは何もない!」
毎晩のことながら愛する女のあまりの痛ましさに耐えきれなくなった玲は、涙や涎にまみれた顔を歪め、その細い指で一心不乱に喉を搔きむしっている楓を抱きしめる。
魔術を使って寝かしつけるようなことはしない、いや、できない。刻まれた傷の深さに加え彼女は体質的に魔術や法術への抵抗力が高いため効果が非常に弱く、一度こうなってしまったら体力がある限りは再び目を覚ましてしまい意味がないからだ。
「そうよ、私達がついているわ! 安心して!」
楓の手を握ったローラは、精一杯明るい声を出して彼女を落ち着かせようとする。
ジョージとダロンも悲痛な表情のまま自分にできることをこなしていく。
「皆助かった。今日はいつもより早く終わらせてあげられた、ありがとう」
「礼はいらねーよ、むしろ今まで任せきりにしてすまなかった」
「僕達もこれからは出来るだけ力になるよ」
彼らは、やがて玲が自分の腕の中で静かになった楓をそっと寝かせ、魔術で彼女が自分でつけた傷や涙などの汚れを綺麗にするのを見届けた後、再び眠りについた。
翌日の早朝に、玲達はあまり多くはなかったがここまでの道中に狩った魔物の素材を売って資金をある程度調達した後、エールアノス王国を出発した。
途中で何度か野宿を挟んだり、立ち寄った村の宿屋で休憩したりしながらも、4日ほどで目的の、ユピヌス王国の王都テオルナに到着したのだった。
「わー……、さすがに大国だけあって大きいわね」
「黒の国の城下町くらいの規模じゃない?いやぁなんだか楽しみになってきたよ」
「呆けてないでさっさと行くぞ。田舎者みたいで恥ずかしい」
玲は、口を開けて日の光を反射し白く輝く高い城壁と、途切れることのない人の往来を眺めている仲間達を引っ張って門の方に向かっていく。
「貴様達、冒険者か! 王都に何の用だ!」
「うわ、いきなり怒鳴られたよ。エールアノスとは大違いだ」
槍を構えた高圧的な門番の態度に、ダロンが思わずといった様子で呟いた。
「我々は田舎から出てきたものでね、冒険者登録に来たのだよ。」
「ほう、まだ冒険者ではないのだな。ならば入国税1人銀貨3枚だ!」
銀貨3枚。贅沢をしなければ大の大人の食事が一食銅貨1枚で賄えることを考えると、かなりの暴利と言えるだろう。
欲望にまみれた門番の表情を見るに、幾らかは彼の懐に入るのかもしれない。というか、そもそもただの旅人がそんな高い金を払えるのだろうか?
そんなことはおくびにも出さず、素直に銀貨15枚を支払った玲達は、エールアノス王国以上に賑わいを見せている王都の喧騒にのまれていった。
「さて、今日中に冒険者登録だけでも済ませておくぞ」
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