第一章:ユピヌス王国

初戦闘

 十分に休息をとって大儀式によって空になった魔力を回復し諸々の準備を済ませた玲達一同は、他愛もない話をしながら鬱蒼とした森の中を歩く。

 最初はダロンが偵察の際につけたマーキングをもとに街のそばに《転移》しようとしたのだが、多数決の結果により結局歩いて向かうことになったのだった。


「ハイキングみたいで楽しいわね! それにこんな綺麗な空気を吸ったのなんて久しぶり!」

「はぁ、僕の2時間の全力疾走は一体……。というかなぜレイくんも賛成しちゃうのさ! カエデちゃんがレイにひっついていくのはもう今更だから何も言わないけど……」

「確かになあ。いつも合理だの効率だの言ってるレイにしちゃあ珍しいよな」


 ダロンは、うきうきと跳ねるようにして森の中を進んでいるローラとジョージとは対照的にとぼとぼと肩を落として歩く。

 玲はそんな彼を少し楽しそうな口調でなだめる。


「なに、ちゃんとした理由はあるぞ? 私達にとっては《転移》など珍しくもなんともないが、あの街の住人にとってはそうではないかもしれないから迂闊に使えない、とかな。魔術で隠蔽してもいいがそこまでするなら歩いた方が魔力消費もなくて楽だ。それに道すがら私達の強さがどれほど通用するか確認できるという利点もある」

「なるほどねぇ。脳筋2人と違ってちゃんといろいろ考えているんだね、レイくんは。一応納得したよ」

 

 玲の筋が通った説明にダロンの機嫌も少しは直ったようだ。

 投げやりだった歩き方もそれなりにましになっている。


「誰が脳筋よ! 女の子に向かって失礼な!」

「いや実質700歳超えてるじゃねーか俺ら。それなのに女の子って……」

「確かに。というか君たち一応自分が脳筋って自覚しているんだね、びっくりだよ。――っと、お客さんみたいだ。前に2、左右に3ずつ、後ろに4。囲まれてるねー、どうする?」

「勿論、戦うにきまっているだろう」


 喋りながらも周囲を警戒していたダロンがいち早く敵の存在に気付き、仲間達に伝えた。

 そしてそれに答えた玲の言葉を合図にそれぞれが慣れた手つきで戦闘準備をはじめると、緩んでいた空気が一気に引き締まる。


 そこに現れたのは、四本の腕を持つ、体長1.8m程の純白のゴリラのような魔物。それが12体。見るからに凶暴そうで、迫力がある。

 並の者なら途方に暮れてしまいそうなほど絶望的な状況だが、ここにいるのは皆“並“な存在ではない。


「見たところただのギラロの様だけど……どうするの、レイ?」

「とりあえず前をダロン、左右をローラとジョージで頼む。私と楓で後ろを担当しよう。楓、一応補助を頼む」

「分かった。《最上位硬化》《最上位加速》《最上位活性》」

「ありがとう、さあ、油断するなよ皆」

 玲達は警戒しつつも素早く言葉を交わす。そして戦闘、いや――


 ――蹂躙が始まった。


 真っ先に飛び出したのはダロンだ。

 何本もの、大きさも形状も様々な武器を刺してある腰のベルトから一振りの細い、一見するとこの魔物相手には頼りなさそうな短剣を抜き、彼のスピードに反応できずにいる2体の魔物の隙間をすり抜ける。


 するとそれらは一瞬だけ痙攣し、そろってつんのめる様に前に倒れた。短剣に塗ってある強力な麻痺毒を、彼によってつけられた傷から体内に取り込んでしまったためだ。


 流れるような鮮やかな手並みで2体の魔物を処理したダロンは、それを誇ることもなく、彼の仕事である周囲の警戒を再開する。

 少ししてふと彼が後ろを見ると、そこにはさらに悲惨な光景が広がっていた。


 風切り音が3度鳴ると同時にそこにいた魔物の首が落ちる。そして反対側ではそれよりも大きな音と旋風が巻き起こり、同じく3体が細切れに。


 魔物の流れるように舞うローラに、豪快にハルバードを振り回すジョージの仕業である。


「2体は任せた。《真焔》」

「了解、玲様。《極光槍》」


 最後尾の4体については、玲の魔術の炎に一瞬で灰にされるかあるいは楓の法術で粒子レベルまで分解されるか、とにかく一片の肉片すら残らなかった。


「やっぱりただのギラロだったか。強さも特に変わった様子もないな」


 ギラロ。魔術は使えないが、見た目通りの怪力を持ち、高い知能を生かして集団戦を仕掛けてくる好戦的で厄介な魔物である。


 しかし普通のギラロは厄介というだけで、取り立てて強力な魔物というわけでもない。黒の国の一般兵でも油断せず協力すれば難なく倒すことができるくらいの強さだ。


 彼らの一番の脅威は、その進化や変異の多様性にある。毒を吐ける個体に、鋼を優に超える強度の体毛に体が覆われている個体、魔術に高い耐性をもつ個体など、具体的に挙げればきりがない。


 玲達もそういったイレギュラーを警戒して手加減せず戦ったのだが、12体すべてがただの通常種であったため逆に拍子抜けしてしまった。


「僕達も知ってる魔物ってことは、やっぱり未来とか過去の線が有力かな?」

「確かにその通りかもしれん。しかしまだ断定はできないな」

「ところで素材ははぎ取ってかねーのか?」

「今更これらの中で特に欲しい素材もないだろう。私と楓の分は消し飛んでしまったし……。いや、万が一の為に討伐の証明になるような部位だけでも持っていくか」

「ごめんなさい、玲様」

「お互い様だ。さて、さっさと片付けるか。何とか日が落ちるまでに街に着きたい」


 そうして手分けして後処理を終えた一同は何度か魔物と戦いつつ、少し速足で街へと向かうのだった。


「着いたー!」

 夕陽に赤く染まった城壁を前にローラが両手を高く挙げて叫ぶ。


 最初は襲ってくる魔物すべてと律義に戦っていた玲達だったが、襲ってくるものが低級なものばかりであったことでもう戦う必要はないと判断し、ついには魔物が追い付けないほどの全力疾走で森を駆け抜けた。


 結果、彼らは徒歩ならば丸1日はかかる約20㎞の行程を、僅か2時間半で踏破したのだった。


「エースアノスヘようこそ! 冒険者かな?」

「いや、ただの旅人だ」

 にこやかに出迎える門番にそう問われたが、玲は黒の国にそれは存在しなかったため“冒険者”がどういった存在なのか知らない。故に返答に困り反射的にそう答えてしまった。

「へぇ、見たところ商人ってわけでもなさそうだし……。冒険者でも商人でもないただの旅人がこの国に来るなんて珍しいねぇ! なら……入国税として一人につき銅貨5枚だ」

「すまない、今持ち合わせがなくてな。……これで代わりになるか?」

 男の反応に迂闊だったか、と内心反省しつつ、彼は懐から小さいネックレスを取り出し、門番に手渡す。

「デザインはちょっとばかり変わっているが……。うん、十分すぎるほどだ! いいのかこんな高価な品?」


 ――高価?これはかなり昔に錬金術の練習で作った、ありふれた素材しか使っておらず、大した魔術も込めていないただの装飾品だ。そんな貴重なものでもないはず――


 彼は少し引っ掛かりを感じつつも、門番の言葉に頷く。

「ちょっと待っていてくれ、差額分の金を持ってくる」


 そうして図らずも金貨一枚と銀貨8枚を手に入れた一同は、大勢の人でにぎわう街の中に入っていく。

「ねえ、この後どうするの?」

「冒険者とかいうのに登録するんじゃねーの?」

「いや、もう夕方だ。金も手に入れたことだし、今日はどこかに宿をとって明日にでも出直そう。それに登録する前にある程度情報を仕入れておきたい。ダロン、案内頼む」

「はいはい。あの門番の人がおすすめしてたとこでいいんだよね?この地図見づらいな……あ、そこの突き当りを右ね」


「あ、いらっしゃい! お母さん、お客さんだよ!」

「あら、泊まりかい? それとも食事?」

 10分ほど歩いてたどり着いた、周りよりも少し大きい丈夫そうな建物に足を踏み入れると即座に元気な少女の声が飛んでくる。それに少し遅れて、恰幅のいい中年の女がやってきた。

「泊まりだ。1人部屋を1つと、2人部屋を――」

「女将さん、5人部屋1つね!」

「わかったわ、5人部屋はないから6人部屋になっちゃうけど、それでいいかい?」

「いいわ」

「わかったよ。案内するからついておいで」

 玲の声を遮ったローラの言葉を聞いて、女将は階段を上っていく。


「……いいのか? ローラ、それにジョージとダロンも何も言わないが無理しなくていいぞ?」

「一部屋に集まっていた方がいろいろ楽じゃない、今はお金ももったいないし。……それに、いつも言っているけど、レイだけが責任を感じる必要はないのよ?」

「ああ。遠慮すんなよ、レイ。」

「むしろ僕達にこそ責任があるからね、文句を言う方が間違ってるよ」

 玲は仲間達の優しさに感謝し、頭を下げた。

「済まないな、皆」

「相変わらず水臭いわね、まったく。なんでもいいけど私お腹すいちゃったわ。ごはん何かしら?」

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