諸国

 エールアノス王国。建国からまだ60年ほどしか経っておらず、全て合わせても人口は50万人ほど、しかも治める土地は王城の周辺1kmほどの広さのみ。まさに新興の小国と言っていい国であるが、彼らの戦力は国の規模としてはその何倍もある隣国のユピヌス王国と戦争しても拮抗するほどに大きい。


 人口も少なく国土も狭い。そして取り立てて裕福なわけでも、生産力が強いわけでもない国がなぜその全てにおいて圧倒的に勝っている大国と対等に渡り合えるのか。


 理由は簡単、個人個人が強い、つまりは兵士の質がいいからだ。彼の国には、人間とドワーフのハーフであり、その大槌によって数々の伝説を打ち立ててきた“大英雄”、国王ゴトフリート・ペルガメント=エールアノスを筆頭に、高名な冒険者や実力者たちが集まっている。


 国民の大半が冒険者や傭兵であるこの国では、生まれたばかりの赤子や、寝たきりの老人、他国からの商人などを除けば、女子供でも徒手空拳でゴブリンやコボルトなどの低級なモンスターを倒すことのできる者は珍しくはない。

 ましてや専業兵士に至っては、他国のそれと比べて非常に高い練度を誇る。ただの一兵卒が他国の軍の将校程の働きをすることも多いのである。


 そんな強者の蔓延るここエールアノス王国で4年に一度開かれる闘技大会で優勝することは、冒険者たちにとってこの上ない栄誉であり、戦いを生業にするものなら誰しも一度が目指す夢である。


 ――そしてちょうど今この時、その栄誉をかけた手に汗握る戦いが繰り広げられていた。

「はあ、最近は強い奴がいなくてつまらんな」

「そう言われましても……。平和な証拠じゃないですか、いいことですよ」

「それもそうだが、やはり味気ないではないか。いい加減隠居して自由気ままに生きたいし」

「“俺に勝てるやつを次代の王とする!”とか言うからですよ、そんなに王の生活が嫌ならはやく負けるか子供を作ればいいではないですか」


 観客たちの熱狂的な野次や声援をバックに、大柄な武闘家と重そうな大剣を使いこなす女剣士の闘いを闘技場の貴賓席で眺めながらどこか冷めた口調で談笑する、黒く豊かな髭を蓄えた“豪快”という言葉が似合う風貌の、ドワーフらしい小柄だが筋肉質でがっしりとした肉体を持つ男と、褐色の肌に映える白い髪を三つ編みにしたスレンダーな長身のダークエルフの女。

 

 エールアノス王国国王、“英雄王”ゴトフリートと、この国のナンバー2にしてゴトフリートの副官であるユミスである。


 彼には夢がある。それは至極単純。彼に匹敵するほどの強者を見つけ、そしてその者と命を懸けた死合をすること。

 

 天賦の才を持ち、子供の時からどんな相手に対しても常に圧倒的な勝利を収めてきた彼は、闘いに飢えていた。彼の人生の中で唯一彼と拮抗した闘いを繰り広げた“北の魔王”を、邪悪な存在と理解しながらも、“いつかより強くなって自分の前に立ちふさがってくれるかもしれない”という期待からとどめを刺せなかったほどに。

「わざと負けることなどせんわ! それに子供を作るなんてもってのほかだ! なんだってあんな面倒なものをわざわざこしらえなきゃならんのだ!」

「ならあきらめてください。今のこの世界にあなた程の強者がいないのはあなたもわかりきっているでしょうに。どうせ寿命はまだあるのですからおとなしく気長に待つことです」


 この栄誉ある闘技大会の決勝戦という、誰が見ても世界最高峰と言える闘いの観戦者としては場違いなテンションの二人の会話は、この闘技場にいる他の誰にも聞こえることはなかった。

 

 雲一つない晴天に、たった今優勝を決めた男の勝鬨とそれを称える観客たちの叫び声が吸い込まれていった。




「城、ですか?」

「ええ。3時間ほどで消えたのですが。場所はここから西へ50㎞ほどの地点で、部下の幾人かが《遠隔視》の魔術で確認しております。いかがいたしましょう、教皇猊下」

 白い大理石の床に敷かれた柔らかい赤い絨毯の上で跪いている神官がそう報告する。


 きらきらとした派手で豪華な装飾の施された白いローブに身を包んだ男が、目にかかっている夕陽を反射して輝く美しい金色の長髪を細い指で払う。そしてその端正な顔に浮かべていた優しげな微笑みをほんの少し歪ませてため息をつく。

「北の魔王軍に東の卑しい亜人どもの連合にとただでさえ手が足りないというのに、西に新たな魔王の気配まで……。おっと失礼。3時間ほどで消えた、といいましたがその間何か変わった動きは?」

「いえ、なにもございませんでした。魔王の気配とおっしゃいましたが、強大な魔力反応どころか、ゴブリン一匹すら出入りした様子はなく……」

「なにも? 見逃したのではなく? 彼らの気のせい、であることを願いたいですが……。複数の者が同じものを確認しているとなるとそうも言ってはいられませんか」


 そう言って神官から背を向けた、教皇ユーラ=フラトコフは、頭が痛いというように目を覆う。

「僭越ながら。早急に調査を行い、状況を把握すべきかと」

「いいでしょう。“第7、第11の使徒を同行させます。あなたはすぐに部隊を編成し、件の土地へと向かうように。あとは、”勇者召喚の儀”を近々執り行うという旨を大神官以上の者に伝えておきなさい」

「使徒を2柱に、勇者召喚まで!? そこまでの大事だというのでしょうか!?」


 神の血を引くとされる、人族に限って言えばこの世界で最も歴史が長い国であるここペルケロイ神国の最高戦力である“12の使徒”――ひとりひとりが一軍に相当するとまでいわれる――のみならず、その使徒すらも凌駕する戦力を持つ、異世界からの救世主である“勇者“の存在が必要とされるかもしれない。

 未だ跪いたままの神官は、そのような人類の危機がいつの間にか身近なところまで迫っていたという事実に驚愕し、事の重大さをようやく理解する。


「まだはっきりとした保証があるわけでは無いのですが……。最近何やら胸騒ぎがするのですよ、邪悪な者に備えなければ、と。これも神のお告げかもしれませんね。とにかく、今まで以上に気を引き締めてかかるように」

「勿論です、教皇猊下」

 

 神官が下がった後のがらんとした大聖堂でユーラはひとりもの思いにふける。その頭を占めるのはもちろん、先の報告の内容について。


 しばらくそこは張りつめたような静寂に包まれていたが、不意に彼の口からこぼれた独り言によって破られた。

「神国最高の術師たちの魔術による監視を欺く存在ですか……。仮にその西の城の主が邪悪な者だとしたら……。本当に、私のこの考えが杞憂に終わるのを願うばかりです」


 美しい巨大な女神像の微笑みに見守られながら、教皇は思案に暮れるのだった。

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