解き放たれた魔王

「皆、大丈夫か!」

 視界を覆いつくした光が収まった後、玲は慌てて玉座の間にいる者たちに問う。

 しかし、それに応えたのは、ローラ、ジョージ、ダロン、楓のたった4人だけだった。


「おい、他の奴らが消えたぞ」

「あら、本当ね」

 がらんとした玉座の間に能天気な二人の声が響く。


「今部下たちと連絡取ろうとしているけど《通信》がまったく通じないや。まさか全滅?」

「私の方も。全然ダメ。全滅あり得る」


 《通信》の魔術は、初めて使うときは一度本人同士が顔を合わせお互いの魔力を認識する必要があるが、一旦それを済ませてしまえば相手が死んでいるか魔術の発動を阻害される環境にない限り、距離や障害物に関わらず連絡をとれる、という便利な魔法だ。

 第1位階に分類される魔術であり、必要な魔力も少なく術式もシンプルであるため魔術が苦手なものでも簡単に使うことができる。目的がなくともとりあえず会得するものも多い。


 特にダロンが指揮している部隊は、潜入工作などが主な仕事であり、迅速かつ正確な情報伝達は欠かせない。

 そのため、単なる一兵卒に至るまですべての者が例外なくこの魔術を会得している。

 楓が担当する魔術師隊・法術師隊も同様だ。


 よって彼らの部隊の誰にもこれが通じない、ということはつまりはそういうことなのだろう。

 

 玲は、こういう時に何も言わずとも即座に解決しようと行動してくれるダロンと楓に頼もしさを感じ、心の中で感謝しながら、呆けている残りの2人も呼び寄せる。


「とにかく、まずは周辺の状態がどうなっているか把握したい。皆、外に出るぞ。警戒を怠るなよ」

 

 警戒しながらバルコニーへ出て外の様子を確認した一同は絶句した。

 見下ろした先には無人の城下町が広がっているどころか、本来ならそこにあったはずの建物が一軒残らずどこかへ消え去り、辺り一面の草原の中にぽつんと彼らが慣れ親しんだ魔王城だけが建っていたからである。


「なんだ、これは、何が起こっている……?」


 あまりの荒唐無稽な光景に、先の実験が失敗したことなど皆頭の中から吹っ飛んでしまった。

 ショックで落ち込まずに済んだ、という意味では彼らにとってありがたいことだったのかもしれないが。


「ダロン、外の調査を頼む」

「りょーかい。何を探せばいいのかな?」

「なんでもいい。この現象を説明するための手掛かりになるようなものならありがたいが」

「まーたずいぶん難しいねぇ。まあ頑張ってみるよ。時間は……3時間くらいしたら何も見つからなくてもひとまず戻ってくるよ」

「ああ、よろしく頼む。残った私達はとりあえず城内の確認だ。食料などの扱いは先程話した通りで」


 玉座の間に戻ってきた玲達は、暫くの間話し合った後、分担して作業を開始した。

 臣下達や敵の有無の確認、物資の確認、魔術や魔道具が問題なく使えるかどうかの実験……。

 

 特に魔術については念入りに確認した。

 《通信》が誰にも繋がらなかったとはいえ一応発動はしていたことから大丈夫だろうと仲間達は言ったが、玲が譲らなかった。


 まあ結果は法則が急に変わったとかいうこともなく普通に発動したので、彼の懸念は無用な心配だったが。

 

 そうして粗方の作業を片付け、飽きたジョージとローラが宝物庫にあったトランプで遊び始めたころ。

 偵察に出ていたダロンから玲へと《通信》が届いた。


『ねぇ、人間の都市っぽいもの見つけたんだけど』


 転移魔術で玉座の間に帰還したダロンを城の会議室に迎え入れた後4人は彼の報告を聞いていた。


「まずこの城を中心に城下町があった周囲1㎞くらいはみーんな草原になっちゃってたねぇ。痕跡とかは何もなし、まさに跡形もなくって感じ? それから南の方にはものすごく広い範囲で森が広がってたよ」

「それで人間の都市ってどんなのよ! もったいぶってないで早く教えなさいよ!」

「まあまあ落ち着いてローラ。距離はここから南に20㎞ほど。規模は……大体50万人くらいいるんじゃないか?詳しく調べたわけじゃないから自信は持てないけど、街としてはかなりの規模だと思うよ?」

 ダロンは身を乗り出して問う仲間たちの質問に丁寧に答えていく。


「なるほど……。それで、強者の存在は確認できたか?」

「強者って呼べそうなのは街の真ん中の城の中に一人かな? 下手したら僕と同じくらいかも。あとは……なんか一般市民達も市民にしては強いというか、僕達の国の軍の訓練兵くらいの強さだったな」

「了解した。だがそんな都市この周辺にあったか?」

「それは僕も思った」


 仲間内では最弱とはいえ仮にもかつて勇者であったダロンと同格の存在がいる上に、ただの人間の一般人が半人前とはいえ強靭な種族である魔族の兵士と同じ強さである都市。


 そんな都市はここ数百年見ていないし、仮にあったとしてなぜ今まで隠れていたのか……。

 それに黒の国の南に広がっていたのは森ではなく木なんて一本も生えていない岩石砂漠だったはずだ。


「過去または未来に飛ばされた……、または違う世界に転移した可能性が?」


 ――地球にいたならば笑い飛ばしてしまいそうな馬鹿げた話だが、可能性はなくはない。時間を操作する魔術も難易度は高いがあるにはあるし、現に自分含め今ここにいる皆は召喚という方法で世界を渡った経験があるのだから。

 しかし、なぜ自分達とこの城だけが?城下町が消え去ったのは魔術の影響の範囲なり実験の前に張った結界なりでまだ何とか説明がつくが、すぐ近くにいた臣下達まで消えたのは全く意味が分からない。何か作為的なものが絡んでいる可能性が――。


「楽しそうじゃない! ねえレイ、行きましょうよ! 迷う必要なんてないわ!」

「ローラははしゃぎ過ぎ。でも、行くのには賛成」


 不可解な事実を前にどうしたものかと頭を悩ませている玲に、身を乗り出して催促する女性陣。

 それを一瞥し、彼は再び思考の海に沈む。

 

 ――状況がわからない。危険すぎる。このまま様子を見るべきでは?


 だが彼女たちのいうことも一理ある。ここがどのようなところかはまだ不明だが、自分達のことを知っていて、形振り構わず討伐しようとする者はそう多くはないのかもしれない。そもそもいつまでもこの城に引きこもっているわけにもいかない。それでは楓を治すことは永遠に叶わない。   

 

 ……それに、これはまるで子供のような考えだが、たった5人で危険に飛び込むなんて数百年ぶり、勇者時代以来だ。実に楽しそうではないか――。

 

 暫くしてそこまで考えた玲は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、仲間達に宣言する。


「よし、決めたぞ。ならば行こうではないかその都市に、我が同胞たちよ!」

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