第11話 ええっ、金策のためにそこ行くんですか?


「……なあ、やっぱりこれ、まずいと思うんだ」

 降りしきる雨音の中、木々の生い茂る山道の片隅で、荒也は言い聞かすようにそう言った。身を寄せて座る仲間達が、胡乱な顔で荒也を見る。全員でしゃがんで膝を付き合わせる格好になっているので、当然その距離は近い。

「そんな事言ったって、しょうがないよ」

「ええ。この雨では道もぬかるみますし、見通しもよくありません。遭難も十分にあり得る状態なんですよ」

 ククリマとアーシーの意見に、荒也は異論はない。雨の激しさを考えれば、山道で雨が止むのを待つ事は当然の判断だ。

「いや、それは分かってるんだが……」

 荒也は手に持つものに視線を移し、首を捻る。

「なんか罰当たりというか、もったいないというか……」

「自分でやった事でしょ?それに、それを扱えるのは今アンタしかいないの」

 エリザが叱るように言うので荒也はますます憮然としたが、かといって現状を変えるのは得策ではないのも分かっており、彼は改めて自分の手に意識を向けた。彼の意思はわずかな放電となって表れ、その電気を吸って握られていた帯光剣エレク・トリクはその形を保つ。

 柄から細くなって上に伸びる鈍色の棒は、荒也達の頭上で平たく、広く横に広がっている。わずかについた傾斜の上を雨が浅い水流となって流れ、板状になったエレク・トリクの縁でいくつもの水流がすぼみながら地表へ流れ落ち、バタバタと音を立てて荒也の後ろでしぶきを散らしていた。

 一本柱の屋根となったエレク・トリクは、傘としての役割を全うしていた。

「それにしても、代理様はずいぶんとエレク・トリクの扱いがうまくなりましたね」

 アーシーの感心した言い方に、荒也は幾分機嫌を直し、雨宿りのための屋根と化した剣を見上げた。今もなお、叩くような雨音が屋根越しに聞こえている。

「ん、まぁな。調整は大変だったが、これからはこの剣を自由に使えるようにならなきゃならんしな」

「代理だけど勇者様だから?」

 そう問うククリマに、荒也はいや、と答えた。

「前に戦った実験隊のベルジェや機竜形は、どっちも電撃への対策を用意していた。今後も同じように対策されないとも限らん。もっとやばい相手とやりあう時に電撃に頼るのは、もう危険だと思ってな」

 淡々と事実を語る荒也に、アーシーが目を細め薄く笑う。

「そうですね。よく考えてらっしゃいます」

「そりゃそうだ。連れは三人、男は俺だけとくりゃな」

 それを聞いた三人が、一様に目を丸くした。そして、その顔のまま荒也を見る。

「……?なんだ、俺変な事言った?」

 反応の理由が分からず戸惑う荒也。彼のそんな反応に、やがてアーシーが相好を崩した。

「ふふ。もしかして、心配してくれてるんですか?」

 からかうように尋ねて彼に更に身を寄せる。ククリマも満足げな顔になって荒也に身を寄せ、頭から彼の二の腕にもたれかかった。両側から挟まれる格好になった荒也は、二人を見回し身をすくめる。

「近い近い、なんでくっつくんだ」

「雨の日はちょっと寒いですからねー」

「ねー」

 身の置き場に困る荒也。単純に居場所が狭くなった事に困る彼の様子に、対面に座っているエリザがむっとした。

「……二人とも、代理が窮屈そうでしょ。離れなさいよ」

「おや、いけませんか?」

 そう問うアーシーの表情には、現状を楽しんでいるのがありありと浮かんでいた。エリザの口がきゅっと締まり、眉間にしわが寄る。

「……ちょっと代理、この屋根が小さいから二人がくっつくんでしょ。もっと大きくしなさいよ」

「お前、簡単に言うなよ。この形にするのにも苦労したんだぞ」

 彼の言うのは事実である。

にわか雨に見舞われた際、濡れるのを避けようと咄嗟に彼は自分でエレク・トリクを傘に変えた。ベルジェの草の塔で苦心していた時の経験は活きたが、それでも何度も異様な形を作ってしまい、今のような一本足の屋根にするまでには時間がかかったのである。

自分で起こした行動ながら勇者の剣でやる事ではないように思えて気が引け、エレク・トリクを戻そうと思い立ったその時にはすでに他の三人が傘の下に入ったため、戻すタイミングを失い、今に至る。

「もうちょっと傘を広げるだけでしょ。早くやんなさいよ」

 エリザの口調は不満を抱えている時のそれで、荒也はそれが気になり彼女に尋ねる。

「なんか怒ってねーか?」

「怒ってない」

「嘘つくなよ。そんなに狭いのが嫌か?」

 嫌味を言うつもりではなく純粋な疑問から来る質問だったが、これにエリザは苛立ちを募らせた。

「そうよ。目の前でいちゃつかれて、いい気分な訳ないでしょ」

 今度は荒也がむっとした。

「心外だ。狭いからこうなるだけで、そんなつもりはない」

 本心からの反論だが、エリザはこれを鼻で笑う。

「どうだか。鼻の下なんて伸ばして、こんなのが勇者様代理だなんて、本物に失礼よ」

「そ、そこまで言う事ないだろ!」

「だったらもっとしゃんとしなさいよ!アンタ、いつもライエル様より腑抜けた顔してんのよ!」

「なんだと!」

 言い合いを始める二人。アーシーがまたか、と言わんばかりに呆れ、ふとククリマの事が気になり彼女を見やる。すっかり身を引いて小さくなっているのだろうと想像したアーシーだったが、予想に反して、ククリマは荒也の二の腕に頭を乗せた姿勢のまま平然と二人の喧嘩を見ていた。怯える様子は全くない。

 その落ち着きはらった様子が気になり、アーシーはククリマに尋ねる。

「怖くないんですか?」

「もうなんか、慣れてきちゃった」

 アーシーはああ、と本心から納得の声を上げた。

「同感です」

 やいのやいのと言い続ける二人だったが、ふとエリザが首筋に冷たいものを感じすくみ上る。

「ひゃっ!?」

「うおぅ、びっくりした!何だ一体……」

 怪訝な顔をする荒也だったが、すぐに彼の首筋にも冷たいものが垂れた。

「ひぃっ!?何だ何だ、何が落ちて……」

 視線を上げて、すぐに気付く。

 言い争いに気を取られていたせいでエレク・トリクへの通電を怠り、そのせいで屋根が軟化を始め、縁から溶けるように垂れ始めていたのだ。

「やべ、剣が……」

 事態に気付いたククリマとアーシーが、血相を変える。

「ちょ、代理さん溶けてる!」

「濡れちゃいますよ、早く戻して!」

「わわ、分かって……」

 荒屋が慌てて意識をエレク・トリクに向け意識を込める。しかし彼の意気込みは、屋根を作り上げた時よりも少しばかり強かった。

 ばちっ、と弾かれたような音を立てて、屋根は一瞬で何本もの突起を生やし、束ねられるように集い、箒に似た形に変わった。逆さに持たれたその箒は、それまで上に流れていた水を一気に隙間から吐き出す。当然、ばしゃん、と四人の顔面に盛大に水がぶちまけられた。

「……」

「……」

「……」

 ずぶ濡れになった四人は、更に雨に打たれ冷え切った静寂に包まれ始める。

「……すまん」

 ずぶ濡れになった顔で、文字通り水を打ったように静かになった一同に荒也は一言謝った。

 未だ雨が止む気配はなく、空や木々の隙間から流れ落ちる雨水が四人の肩を濡らす。

「……もう少し練習しておく」

「そうして頂戴」

 四人を打つ雨は、彼等の身体も、彼等の間に流れる空気もじっとりと冷やしていった。


「ほ、報告します……」

 ジルトールの騎士団長は、赤絨毯の上に膝を付き、玉座にいる王に首を垂れた。白い仮面をかぶった王は、黙ってその報告を待つ。

「『プラント』は無力化され、監視対象第4号の捕縛は失敗……、続き、ナバンに配備されていた機竜形第24号もまた、搭乗員を無力化されナバンの手に落ちた、との事、です……」

 悪い報告を飲み込もうとしながらも、言うべき内容を伝えようと騎士団長は最後まで言い切った。白い仮面越しの王の視線から感じる圧迫感に、騎士団長は喉の奥が裏返るような嘔吐感が込み上がりそうになるのを堪える。

 騎士団長はジルトールに所属する全ての騎士を束ねる立場にある。国内はおろか、ナバンやヒジャにいる騎士団を束ねる指揮官の更に上の階級に、騎士団長の称号は位置しているのである。つまりそれは、騎士団の失態の責任を一手に負う事をも意味していた。

 報告を追え、竦みながら返事を待つ騎士団長だったが、やがて王のしゃがれた声が彼に向けられた。

「……やはり、一人では駄目か」

 その言葉に、騎士団長ははっと顔を上げた。責を問われる様子のない事に安堵しながらも、聞き取れた言葉が彼の興味を惹きつけた。

「やはり、とは?」

「……元々、実験隊は複数人での運用を想定している。一人だけで成果を上げるのが本当に不可能か、確認を兼ねていた」

 初めて聞く王の思惑に、騎士団長は呆気に取られた。

「……捨て駒、という事ですか」

「実験と言うのだ」

 咎めるようなその言葉に、騎士団長は慌てて頭を下げ直した。

 そこで王の声は途切れ、騎士団長は黙って次の言葉を待つ。

「……次に四人目が向かうであろう場所は分かっているな」

 同意を求めるその質問に、騎士団長はすぐに答えた。

「はっ、もちろんです。一人目から三人目までから聞きだした旅路によれば、いずれも王都ミラはもちろん、そこから東にある商業都市ララオルトにも立ち寄っております。長旅に必要な旅銭を稼ぐため、それらへ行かざるを得ないとの事です」

 そこまで聞いた王は、すぐさま騎士団長へ指示を出した。

「『ハーピィ』と『トロル』、そして『ワータイガー』。以上をララオルトへ向かわせろ。部下が惜しいのなら、護衛はなしで構わん」

 ベルジェによって二人の部下を失った騎士団長にとって、これは胸のすくような言葉だった。改めて恭しく頭を下げ、目を伏せる。

「寛大な対応、感謝します」

 本心からの謝辞を述べる騎士団長。

 その心理を読み取ったのか否か、沈黙を保っていた王がやがて再び声を発する。

「……一人目から三人目まで、今はどうなっている?」

 騎士団長は顔を上げ、これに答えた。

「はっ。二人目が死亡、三人目はようやく協力に応じましたが、衰弱が目に見えて激しくなっています。一人目は今もどうにか生きている模様です」


「えー、皆さんに言うべき事があります」

 晴れた山道を下るアーシーが他の三人に対し、神妙な面持ちになって言った。三人は何事かと彼女を見る。

「ナバンの王都ミラはナバンの中心にあり、かつ、ナバンを二つに分けるように走る山脈の中心部分にあります。その山脈は非常に標高が高く、登頂は困難です。しかし王都ミラは、その山脈で特別標高の低くなった場所に築かれています。そのため、今後の旅路では否応なしに王都ミラを通らねばならなくなります。当然、今私達がいる道もミラにつながっています。回り道をしようにも、山脈は長く連なっており、さながら壁のように並んでいます」

「つまり、ライエルや他の勇者代理もそこを通っているって事か?」

「その可能性は大いにあります。ですが、私が今言いたいのはそれではありません」

 アーシーの思惑が読めず、荒也は首を捻った。

「続けますよ。……山脈から海側には、ジルトールを囲む海に面した港町以外に栄えた町がありません。現在はジルトールの宣戦布告もあって、海側は警備が厳重になっていると思われます。更に言うと、私達は整備された道以外の、危険な場所を通るような入り組んだ道しか通れません。みだりに人目に付く訳にはいきませんからね。当然距離は伸び、踏破に時間もかかります」

 話が長いな、と荒也は思ったが、そろそろ本題に入ると見て続きを待つ。

「ミラからジルトールの見える港町までには、言ってしまうと、小さな町や村しかありません。つまり今後の旅に必要なお金や消耗品を揃える機会は、ミラを越えたらほぼないという事です」

 そこでああ、と荒也は手を叩いた。

「稼ぐ機会がないのか」

「そうです、代理様。……一応、私達は楽団という体裁は保っているので、稼ぐ手段はあるにはあります。ですが、支払ってくれる相手がいなければ旅銭は得られません。なので、私達はミラか、ミラに着くまでにまとまったお金を得なくてはなりません」

「……今そんなに金なかったっけ?」

 荒也の疑問に黙って答えたのは、エリザだった。黙って腰のベルトに括り付けていた袋から、三枚の銀貨と四枚の銅貨を取り出して掌に乗せ、荒也の前に差し出す。

「……?それが?」

「これがあたし達の全財産よ」

 荒也の頭が、スカンと叩かれたように真っ白になった。

 この世界で銀貨は銅貨100枚分、金貨は銀貨100枚分の価値がある。銅貨を1円として考えれば、彼の反応は最もなものだった。

「……マジで?304円?」

「は?」

「ああいやスマン、つまりこれじゃ、一人分の宿代にもならんって事じゃねえか」

 これにアーシーは深く頷いた。

「そうです。マルタの村のように、私の顔利きで教会に泊めてもらうというのは、大きな町ではできません。すでに貧しい民達のねぐらと化している可能性が高いからです。まとまった宿代を稼がないと、ミラでの買い出しもままなりません」

「うおお……。金の問題って奴は、どうしてこう我が身に降りかかると胸のつぶれるような感覚になるんだろうな……」

 額を押さえる荒也に、アーシーがいつになく沈痛な面持ちになる。

「同感です」

 重い空気が流れ始めるのを見て、ククリマが殊更明るい声で言う。

「そ、それをどうにかするって話でしょ?アーシーさん、何か当てはあるの?」

 アーシーが思い出したようにはっと顔を上げた。

「そう、そうです。あります、稼ぐ場所」

「それは?」

 荒也と、釣られてエリザとククリマがアーシーに詰め寄る。アーシーは三人を見回し、話し始めた。

「ヒジャには王都ミラの他に、経済の中心地ともいえる大きな町があります。それがこの道の先にある町、ララオルトです」

 アーシーは向かう先に視線を向け、力強くそう言った。


ララオルトが商業都市と呼ばれる所以の一つは立地にある。

 壁のように高くそびえる平たい山脈を二つに割るようにして存在する王都ミラは、東西に出口が限定されているため、実は交通の便が悪い。王都周辺は侵入者を阻むように高い塀で囲まれており、さらにその入り口二つには大陸を横断するダンマ川が流れ込んでいる。

陸路で王都に入る事は出来ないのだ。

 簡単に入る事ができない故に王都の治安は良く、また、侵略も受けづらい。しかし経済の発展には、外部との活発な交流が不可欠だ。

 なので、国内の経済活動に必要な交流はダンマ川でつながる別の町が請け負っているのである。平たい山脈から東側、すなわち荒也達が今いる側でそれを担っているのがララオルトという訳である。


「ララオルトは平地にあって八方に伸びる道が様々な町村に繋がっているため、国内での交易が盛んです。つまりは、お金の流れも良い訳です」

 アーシーの説明を聞き、荒也はなるほどと相槌を打った。

「そこで何らかの仕事にありつければ、と」

「そういう事です。私達のような旅人向けの仕事を斡旋している所もあります。宿さえどうにかなれば、ですが」

 明るい見通しが立った矢先に突き付けられた現実に、荒也はう、とうめいた。304円では、一人であっても部屋は借りられない。

「町の傍で野営って、ありかな?」

「駄目に決まってるでしょ」

 突き放すような口ぶりでエリザが口を挟んだ。

「近くで火なんて焚かれたら遠方の監視の邪魔になるの。夜の見回りからすれば、目が闇に慣れてないといけないのに」

「そうか……。結局、町で暮らすためにはまとまった金がいる訳か」

 荒也は視線を落とし、歩きながら思案に暮れた。

「……そういや俺、フード取れないじゃん。影被り、だったか。そういう、あのー……、白い目で見られる奴にもできる仕事って、あんの?」

 精一杯柔らかい表現で尋ねる荒也に、アーシーは難しい顔で首を捻った。

「どうでしょう。私もそこまでララオルトの状況に明るくないので、なんとも。ただ、フードの取れない人間に回る仕事はきついものが多いと聞きます」

「そこはまあ、しゃーねーか。その日の宿代が稼げりゃいいよな。幸い食い物には余裕があるし」

 そう彼が言った時、彼のすぐ後ろを歩いたククリマが「げ」と言わんばかりの顔になって彼から目を逸らした。

 それに気付いた者はいない。

「その場合、丸一日働けたとしても一人分のその日の宿代と少々の路銀にしかなりませんね」

「どう頑張ってもララオルトには長居せにゃならんって訳か」

 荒也は嘆息し、空を仰いだ。

「そうこう言ってる間に見えたみたいよ」

 エリザが荒也に前を見るように促し、彼等は足を止めた。

 彼等の見下ろす先で、ララオルトの全容が露わになった。

 牧場として広がる広い平原の中心には大河であるダンマ川が走っており、ララオルトを構成する街並みはそれを挟むように軒を連ね、円形に広がっている。特徴的なのは川沿いの、ある大きな建造物を中心として大小さまざまな道が放射線状に広がっている点だ。更にはたくさんの横道が様々な径の円周の一部となって、町の中心を取り囲んでいる。さながら、円形の迷路だ。整然とした道が成す模様の複雑さが、町の大きさを見事に表している。

「はえー、すっげーな」

 人の手の入っているからこそ成された幾何学的な美しさに、荒也は感心する。

「ここ程大きな町はそうないですよ。稼ぐチャンスにも期待が持てます」

「中心にあるのはララオルトを統治してる貴族の根城よ。あんまり近寄りたくない所ね」

「なんで?」

「貴族程口の軽い生き物もないからよ」

 エリザは突き放すように言って荒也とアーシーとを追い抜いた。

「何にしても早く行きましょ。着く頃には日暮れよ」

 言われて荒也達は、慌てて山道を下り始めた。


 荒也達がララオルトに繋がる道を下っているのを、遠方から見ている者がいた。腹這いになって双眼鏡を構え、マックジョイはうぬぬと唸る。

「あいつ等、ララオルトに向かうのか。ま、旅人ならそうするか」

 言いながら、彼は自分の懐具合を思い出す。

「銀貨一枚、銅貨二枚……。金を借りようにも、他の部隊がいる湖もこの辺にはねぇ。つーか、ララオルトにジルトールの人間がいるのか?」

 金を借りる算段を立てながら、彼は思案に暮れる。彼の持つ携帯電話は受信専用であるため、本国にある本部以外との連絡を取る事はできない。足で仲間を探さなくてはならない訳である。

「……、いや外貨じゃん、そう言えば。借りづれぇ……」

 当然と言えば当然だが、ジルトールの貨幣はナバンでは使えない。両替所はあるが、額が少なければ手数料で消える。

 何か稼ぐ手段はあるかと思索を巡らすマックジョイは、ふとある事を思い出す。

「……そういやララオルトの近くには、あれがあったな。手っ取り早く稼ぐには、あれしかないか」

 そう呟く彼は、渋面を浮かべる。

「めんどくせーんだよなぁ、寒いし、きついし。……いや美味いんだけど」


 ララオルトの街道を歩く荒也は、思い出したようにアーシーに言った。

「何か、あっさり入れたな。大きな町なら、厳しい検問とかありそうなんだが」

「この町の領主様の意向だそうです。検問の手間が経済の流れを損ねるだとかで」

「不用心な気もするが……」

 首を捻りながら、荒也は辺りを見回す。

 平坦に均された大通りを挟むように、地元の住民や商人達のものらしき露店が隙間なく幌を並べており、木箱を組んで作られた商品棚には様々な物品が売り物として詰め込まれている。赤や緑の果実を埋め尽くさんばかりに貯めこんでいる店もあれば、幌を支える骨組みに背骨のついた干し肉をつるした店もあり、かと思えば鮮やかな色どりの織物が丸められ山となって積まれている店もあった。贈答用なのか、ユリやバラに似た花を挿した壺や瓶を並べている店もある。

 荒也達の傍へ、幌馬車を引く二頭の馬が駆け足で向かってくる。充分な広さがある故、荒也達はわずかに道を譲るだけで馬車を避ける事ができた。遠ざかる幌の後面から、積み荷である楽器やベッドがいくつも詰まれているのが見て取れる。人の流れが多いにも関わらず、行き交う人々は皆、走る馬車に対して慌てるでもなく、わずかに進路を逸らしぶつからない距離を保って馬車を見送っていった。

「まあ、儲かってんだろうな。この町は」

 目移りする荒也の視線が、ふとある店で止まる。その店では見覚えのある大きさの紙の束が並んでいた。シンプルな模様の書かれただけのそれはどう見ても……

「……おい、魔法のカード売ってんぞ。いいのか、あれ」

 その質問を受けて、ククリマが小走りで荒也に並んで同じ店を見た。

「ああ、大丈夫。エルドレル大魔法学院の認可したカードだったら市販のものでもいいの。まぁ、こういう個人のお店で売ってるのはたいてい中古なんだけど」

 言いながら気になったのか、彼女は小走りでその店に寄っていった。店主らしき顔色の悪い老人が店の奥からじろりと彼女を見、ほお、と小さく声を上げた。

「こりゃ驚いた。エンディオマ様の若い頃にそっくりだ」

 ククリマは聞き飽きたという顔をして老人から目を逸らし尋ねる。

「おじいちゃん、これ見てもいい?」

「どうぞご勝手に。間違っても鼻のカードは買うんじゃないよ」

 鼻のカードは魔法の仕様にあたっては使用者個人を示す、汎用性のないカードだ。

「だったら売らないでよ」

「買ってく物好きがいるんだよ」

 老人は投げやりに言って、店の奥にあるらしき椅子にどっかと背中を預けた。

 カードを物色するククリマの後ろに、アーシーがすっと寄る。

「……お値段は?」

「ピンキリ。あのドルイドが使ってたつららのカードもあるけど、これは銅貨三十枚。誰でも使える大きな口のカードもあるけど、これは金貨一枚。妥当っちゃ妥当かなー」

「今の私達には高値です」

 言われてククリマは、あ、と声を上げた。カードを棚に戻し、そそくさと店の前を離れる。老人は見送るでもなく、座ったまま暇そうに体を椅子に預け、上を仰いでいた。

 逃げるように店を離れた二人は、荒也達と合流する。

「ごめんごめん、忘れてた」

「まあ見る分にはいいよ。楽しいし。……金があればもっといいんだけどな」

 荒也は自分達の懐具合を思い出し、遠い目になった。

 彼の表情に、エリザが呆れた目を向ける。

「そんなに気に病むなら、さっさと酒場に行きましょ。楽団が酒場で演奏するのにだって、順番待ちがあるのよ」

 言われて荒也は首を捻ったが、すぐに合点がいった。

「ああ、楽団は俺達だけじゃないのか」

「そ。ほら、あそこに見えるでしょ」

 エリザの指差す先には、酒場と思しき木造の店舗があった。その店の前だけには露店はない。入り口の上にぶら下げられた看板には『ココニキ亭』と書かれていた。

 荒也達は店に駆け寄り、ドアを開く。

 夜中に何人もの客を受け入れるであろう店内だが、昼間とあって人影はない。丸いテーブルがいくつも並ぶ店内の奥にはカウンターと、楽団が演奏するためのこじんまりとしたステージが設けられていた。

 カウンターで暇そうに煙草を吸っていた、目の下にクマのある中年の女性が四人をじっと見る。

「……演奏の予約かい、ガキんちょ共」

 あまりな言いぐさだったが、ここが酒屋である事を考えれば、荒也達は憮然としながらも納得せざるを得なかった。

「あ、はい。今晩、できますか?」

 荒也の尋ねるのに、店長らしき女性は指を三本立てて見せた。首を捻る荒也に、店長は面倒くさそうに説明する。

「銀貨三十枚。これがウチの最低だよ」

 何の話だ、と首を捻る荒也。やおら、ああ!とアーシーが声を上げる。

「失念してました……。楽団が酒場で演奏するには、予約料がいるんでした」

「予約料!?」

 荒也とエリザが目の色を変えてアーシーを囲む。

「マジかよアーシーさん!?」

「ほ、他の店ではどうなの!?」

 血相を変えて問い詰める二人。ククリマはおろおろしながら仲間達を見回すばかりだ。

「その方の提示した相場は確かに少し高いですが……、立地を考えれば真っ当。それも少し安いくらいです。私達の所持金じゃあ場末の小さな酒場でも払えません……」

 思わぬ所で出鼻をくじかれた荒也達は、言葉もなく顔を見合わせた。誰もが誰かからいい案が出ないか待ちながら、自分ではそれを出せないでいる。八方ふさがりを感じる四人に、店長は白い目を向ける。

「……冷やかしなら帰んな」

 荒也達はとぼとぼと酒場を出ていった。

 大通りの喧騒が、他人事のように四人の耳朶に響く。居場所のなさを思い知らされ、彼等は消沈しながら仕事を探そうとその場を後にしようとする。

 すると、声がかけられた。

「お、見た顔だな!って、フード被ってる奴に言う事じゃねーか」

 野太い男の声に、荒也達は振り向く。

 酒場でいつか見た顔だ。

 顔面が刃物傷だらけの、禿げ頭の大男。以前見かけた時とは違い、鉄の鎧をまとってはいるが、筋肉で膨れた肉体を包むには小さいのか、あちこちを革のベルトで無理やりしばりつけている。

 荒也は自分達を見下ろすその大男の事を、すぐに思い出せた。

「ああ!傭兵のオッサン!」

「おうよ、銭拾いの団長さん。お連れの嬢ちゃん皆暗い顔してんぞ。兄ちゃんもか?」

「いや、全くその通りで。恥ずかしながら金がないんスよ」

 忌憚のない荒也の物言いに、ガンザンはがははと笑った。

「そうか!俺もだ!」

「駄目じゃーん」

「やっぱ借りる気だったかテメー」

 数年来の親友のようなやり取りを見せる二人。そんな様子に女三人が、とくにエリザが気味の悪いものを見るような目で尋ねる。

「な、何でそんなに仲良いの……?」

 二人はきょとんとした後、揃って言葉を探すように少し上を向いた。

 そして回答。

「話し相手に飢えてるからかな」

「たまには男だけでアホな話がしたいんだよ」

「アホだとテメー」

 ガンザンが気安く荒也の首を腋で締め上げ、反対の手で側頭部に拳を擦り付けた。悪ガキに対するような仕打ちに荒也は「いてて」と大げさに痛がる。

「……と、ところで、確か、ガンザンさん、でしたか」

 アーシーに尋ねられ、ガンザンが顔を上げる。

「おう、どうした?」

「あなたも懐具合は良くないみたいですけど、何かあてでもあるんですか?」

 問われてガンザンは、ああ、と答えた。

「でなきゃあ、ここには来ねえよ。ララオルトには俺達みたいな連中に都合のいいアレがあるからな」

 アレ、という単語に荒也が締め上げられたまま声を上げる。

「アレ?」

「おう。団長さん方も腕っぷしには自信があるだろ?強い偉人様方と同じ顔だ。となりゃ、アンタ等もいっしょに行けるはずだ。もし良けりゃ、俺と来ねーか?」

「アレが何かによるってーの。痛い痛い、早く教えて」

 未だ拳を押し付けられている荒也に、ガンザンは親切にもこう答えた。

「ララオルトの名所の一つさ。領主様のお宅の地下にある……ダンジョンだよ」


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顔さえよければそれでいい異世界のオキテ コモン @komodoootoka

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