「臨海学校」
小学校の臨海学校であった話。
五年生の夏休みに臨海学校に行った時の話。
かなり昔のことなので色々なことが薄ぼやけているが、ひとつだけはっきりと覚えていることがある。子供心ながらに、それだけショッキングな出来事だったのだろう。
臨海学校なんぞはどこも同じ様な内容で、海で泳いでスイカを食べ、また泳いで宿に帰り、しこたま食べて疲れて眠る。そんな感じであった。
ごくありふれた何処にでもある臨海学校が一変したのは二日目の夜のことだった。
肝試しが行われたのだ。
こちらの内容もごく平凡で、最初に大広間に集まって大人から怪談噺を聞く。その後あらかじめ決めておいたペアにて決められたコースを散策する。もちろんこのコースは事前に先生達が散々ああでもないこうでもないと話し合いして決めた、最安全の道である。怪談噺だとて、先生が一晩寝ずに考えた努力の創作。怖すぎず怖くなさすぎず。
まさに、子供だましの余興だ。
そんな子供だましで、あってはならないトラブルが起きた。
ひと通り肝試しを終えて、泣いている子や強がっている子。様々な反応の子たちがいていかにも小学校の臨海学校だという雰囲気だった。
そんな中、私と同じクラスだったサカイくん(仮)が呆然とした表情で帰ってきた。ペアの女の子はずっと泣いている。よっぽど怖かったのだろうと思っていた。そんな中、サカイくんが衝撃的な発言をした。
「あの首吊り死体はいくらなんでも怖すぎるよ」
全員が耳を疑っている表情をしていた。
首吊り死体?そんなもの、コースにあっただろうか。
「やり過ぎだっただろ?」
サカイくんがペアの女の子に聞くと、彼女は泣きながら激しく頷いた。
「怖かった」
とだけ言った。
これで騒ぎになった。何しろ首吊り死体が小学生の肝試しのコースにあったというのだ。何人かの先生は事実確認に出向き、残った者は生徒を落ち着かせる為に必死だった。
先生が確認したがコースにサカイくんたちが言う首吊り死体らしきものはなかった。
戻ってきた先生がサカイくんに言った。
「何かと見間違えたんじゃないかい?」
しかしサカイくんは頑として譲らなかった。
「絶対にあった。見たんだ」
すると不思議な事が起きた。
今までただ怖がっていた幾人かの子たちが突然、自分たちも首吊り死体を見たと言い出したのだ。
「わたしも見た」
「わたしも見たかも」
みなが口々にそう言い出した。
今となっては全く信じられない話だがその時私も自分の口から考えられない言葉が出た。
「僕も見たかも」
いわゆる、集団ヒステリーという状態だったのかもしれない。
「でも先生が見に行ったらいなかったって」
「じゃあ幽霊なのかも」
「きっと幽霊だ!自殺した幽霊だ!」
子供たちがあまりに騒ぎ立てるので遂に引率に来ていた中で責任者の立場にあった教頭が声を荒げた。
「幽霊なんていない!」
皮肉にも怪談噺をしたのはこの教頭だった。先ほどまでノリノリで幽霊の話をしていたのにその数時間後には大声でその存在を否定していた。子供心ながらに大人は不思議だと思った。
結局、怒れる教頭にみっちり一時間お説教を食ったサカイくんはみんなの前で騒がせてゴメンなさいと泣きながら謝った。
パニックを起こしていた子供たちも徐々に落ち着きを取り戻し、その夜は終わった。
次の日の朝は、誰もその事を口にしなかった。
何故あの時「自分も見た」と言ったのか分からない。集団心理が働いたのか、他のみんなもそうだったのだろうか。
だがひとつ。ずっと気になっていた事があった。その疑問がこの間晴れた。
十数年ぶりにばったりサカイくんに出会った。飲み屋で色々と昔話に花が咲いて盛り上がった。そして当然、あの時の話になった。
「あの時はごめんよ。『僕も見た』って嘘をついちゃったんだが。何故か分からないけど」
と言うと
「まあ正直、あの時はみんな嘘をついてたと思うよ。一緒に肝試し行った子も多分嘘をついてたと思う」
そんな風に言うので私はサカイくんの確信に迫ってみた。
「ところでサカイくん、キミは本当にあの時、首吊り死体を見たの?」
そう聞くとサカイくんは突然真顔になってこう言った。
「ああ。もちろん見たよ。本当だ」
その時のサカイくんは到底嘘をついているようには見えなかった。
小学生の時に、実際に体験した話。
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます