「猫がいないんです」

友人の職場で実際にあった話。



友人はとある飲食店で働いていて、その店に一度テレビの取材が来た事があった。


小さい店だったので放送された次の日からお客さんが大挙して押し寄せ、上へ下の大騒ぎだったそうだ。


もちろん電話の問い合わせなんかも多く、その対応にも追われていた。そんな時、奇妙な電話がかかってきたそうだ。


「ウチの猫がいなくなったんですが」


最初は間違いかイタズラ電話かと思ったそうだ。しかし話を聞いてみると違う。


どうやら、テレビにその店が映った時に道にいた猫が電話の人の飼っている猫にそっくりだったというのだ。その猫がもう一ヶ月前から行方知れずでずっと探しているとのこと。


電話をとった友人は気の毒に思ったが、その放送を見ておらず他の従業員に訪ねても誰も猫に気を付けて見ていなかったとのことだった。


「何か分かった事があればこちらから連絡します」


とだけ伝えてその日は電話を切った。


友人は次の日から二連休だった。明けに仕事先に行くと驚くような事を言われた。


「◯◯さん(友人の名前)、お客さんから昨日一昨日とずっと電話があったよ。猫を探すって約束したの?」


「え?」


同僚の話によればその電話がひっきりなしにかかってきていて、担当者を出せ、携帯を教えろとかなりの勢いだったそうだ。


一応友人は上司に経過を報告し指示を煽った。


「まあひとまず相手に連絡して謝った方がいいだろう。勘違いさせたかもしれないし。テレビに出たばかりで今はデリケートな時期だからね。頼むよ」


と言われ相手方に電話をかけた。


しかし妙なことに、相手から教えられた番号に電話すると全く違うところにつながった。番号を間違えて聞いてしまったのか。相手が間違えたのか。とにかくそれ以上できる事もないので、そのままにしておいた。


次の日。


また例の猫の飼い主から電話があった。


かなり怒られると思っていたので相当の覚悟をしていたが、思ったよりというより相手は全く怒ってなどいなかった。それどころか、前に電話で話したことも忘れまるで初めて会話する様な口ぶりだった。


「ウチの猫がいないんです」


また同じところからの繰り返しだった。流石に彼女も気味悪く感じたが、今のところ害があるわけでもなし。黙って相手の言うことに相槌をうち頷いていた。


「そういうわけですから、何かあったら連絡をください」


そう言って前回とは違う番号を教えられた。奇妙なことに番号は全く違うもので、言い間違いではなかったと分かった。


もっと奇妙だったのは例の猫のことである。この件を相談していた上司から驚くべき事を言われた。


「放送の録画を見たんだけど、その人の言う猫ね。映っていないんだよ」


「え?」


別の店と間違えてるのかと思って番組を最後まで見たが、結局猫は映っていなかったそうだ。


「なんだか気味の悪い話だけど、一応最後まで失礼のない様に対応してくれよ」


そう上司に言われた。


絶対に面倒を押し付けられたと思ってかなり嫌な気分になった友人だったが、これも仕事なので仕方なく了承した。


次の日、また同じ様に電話がかかってきた。


「ウチの猫がいなくなったんです」


全く同じ様な口ぶりだ。そして不思議なことに、また「初めて電話させていただきました」と言うのである。


友人もいい加減に疲れてきていた。取材の影響で店も忙しかったし、別にお客さんでもないこの人になんでここまで気を遣わないといけないのか疑問に思えてきた。


もうはっきり言ってしまおう。ここで終わりにしようと。そう思った。


「大変失礼ですが、当店が取材を受けた番組でそちらのおっしゃっている猫が映っている場面を確認できませんでした。もしかすると他のお店とお間違いになっていませんか?」


つとめて冷静に、かつ失礼のないように言葉を選んだつもりだった。


突然、電話の相手が沈黙したかと思うと受話器がバリバリいうほどデカい声で怒鳴りつけられた。


「なんだ!お前は!そんなはずない!確かに見た!ちゃんと探せ!何回もみたか!何回見たんだ!言え!言え!言え!」


突然の豹変ぶりに友人は驚いてしまい言葉を失った。


「お前に家族を失った気持ちが分かるのか!名前を言え!直接そっちに行ってやる!言え言え言え!」


とにかく必死に謝ったが、向こうの怒りが収まる気配はなく電話の主は激昂した状態で一方的に切ってしまった。


その時は完全にやらかしてしまったと頭を抱えてしまい、上司にも素直に報告できなかった。しかし、予想に反し直接店に来ることはおろか電話もパタリとこなくなった。


最初は怯えて過ごしていたが、段々と忘れてしまった。


そして。


一年以上経ったある日、また店にテレビの取材が来た。


友人はふとその時のことを思い出し、もしかするとまたあの電話がかかってくるのではと思った。


案の定、放送の次の日に問い合わせのお客さんに混じってその電話はかかってきた。今度対応したのは友人の後輩だった。


「猫がどうのって言ってる方がいるんですが」


友人はさあ来たぞと言わんばかりに意気揚々と対応を買って出た。


「お電話代わりました。いかがされましたか?」


「ウチの猫がいないんです」


一年前と全く同じ様な口ぶりだった。説明の言葉も一字一句変わらない。


ひと通り話を聞いたフリをして、友人はこう言った。


「もしかするとその猫、見かけたかしれません」


そう言うと相手の態度が変わった。


「本当ですか!?何処ですか!?本当にウチの猫ですか?!どんな色ですか!?」


物凄い勢いで食い付いてきてこちらの話す隙をなかなか与えないくらいだったそうだ。やっと落ち着いた頃に友人はこう言った。


「確実にその猫かどうかは分かりませんが、駅前で見たと思います」


もちろん嘘だった。散々脅かされた仕返しに、適当な事を言って困らせようと思ったらしい。


相手は嫌になるくらいお礼を言って電話を切ったそうだ。


それっきり、電話はかかってこなかったそうだ。テレビに出ようが雑誌に出ようが、一切その相手から電話はなかった。


この話を聞いた時、友人はこう語っていた。


「親切に対応したり、正直な事を言ったりすると怒鳴られるのに。嘘を教えたら感謝されてフワッといなくなる。その感じがさ、なんか昔聞いた『口裂け女』みたいでさ。ホラあるじゃん。『キレイ?』って聞かれて『キレイ』って嘘つくと助かるみたいな。それ思い出してすごく背中が寒くなった」



結局その電話がなんだったのか。今でも分からないという。



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