「線香の煙」

友人から聞いた話。


冗談のような本当の話。



友人の実家は大きな商家で、一族も上から下まで全員入れると四十人ほどになるそうで冠婚葬祭の時は大変な騒ぎだそうだ。


そんな友人一族の最たる長、友人の祖父にあたる方が亡くなった。何しろ引退したとは言え正真正銘の一族の長。葬儀から四十九日の法要まで、友人の両親や叔父叔母は駆けずり回っていたそうだ。


ようやく落ち着いた四十九日の終わり。納骨も無事に済んだ。久しぶりに一族が集まったのでそこにいる親族全員で記念撮影をしようという話になった。これだけの人数、二度と集まれるか分からない。


何枚か写真を撮り、その日を終えた。


何日かして所用があった友人は実家を訪ねた。ちょうど法要の時の話になりみんなで撮った写真を見ることになった。


すると、数枚の中に一枚だけ奇妙な写真があった。


線香の煙が、やたら多いのである。笑顔の一族をもうもうと立ち込める煙が囲んでいる。とにかく煙の量が多過ぎて顔の見えない連中もいるくらいだ。


「何これ?線香焚き過ぎじゃない?」


友人がそう言うと母や叔母は怪訝な顔をした。


「いや、確かあの時は墓地にウチらしかいなかった」


「それでもこんなに煙が出るのはおかしい」


そんな事を言っていると、叔母がある事に気付いた。


「ねえ。なんかこの煙、人の顔に見えない?」


その言葉にそこにいた全員がギョッとしたそうだ。確かに言われてみるとそう見える。友人なんぞは、最早人の顔にしか見えなくなっていた。


「怖え、心霊写真かよ」


友人はそう言ったが母と叔母は落ち着いたもので、墓で撮ってるんだから当たり前だくらいに言われたそうだ。


「けど変ねえ、なんかこの顔、みたことある」


そう言うのだ。


全員で頭を悩ませていると、祖母が奥から出て来た。ちょうど良いと、母が祖母に写真を見せて事情を説明した。


祖母はウンウン、と頷いて写真をしばらく眺めていた。そして実につまらなさそうにこう言った。


「なあんだ。お父さんじゃない」


言われてみると亡くなった祖父に見えなくもない。みな、単純なものでそう言われてすっかり納得してしまった。


「やっぱりお父さん、死んでも一族の長ね」


そう言って母や叔父叔母も関心していたが、祖母だけは何故か面白くないという顔をする。


そのうち、また叔母がある事に気がつく。


「ねえ。こっちにも何か、顔があるんだけど、別の顔が」


と言うのである。確かにそこには女の人の顔のような煙があり、しかし祖父のそれと違って何処か控えめというか、よそよそしい位置にある。高齢の様だか何故か艶かしい雰囲気だった。


「別の人が紛れ込んだのかしら」


「たくさんお墓あるからね」


そんな話をしていたら祖母がもっと不機嫌な顔になり突然写真を手に掴むと


「こんな写真。気味の悪い」


と言ったかと思うと灰皿の上で燃やしてしまった。


みんなは突然の事に面を食らってしまったが、祖母は何食わぬ顔でスタスタと自室に帰って行ったそうだ。


何と無く気まずい空気になり、その話題はそこでお終いになった。


だがその日、帰り際に母が友人にだけそっと祖母の不機嫌の理由を話してくれた。


「アレねえ。あのもう一個の方の煙の顔ね。多分、お父さんの愛人コレよきっと。前に一度だけあたし見たことあんのよ」


「ええ?おじいちゃんそんな人いたの?」


「亡くなってるけどね。お母さんきっと知ってたのよ。だから怒ってたのよ」


お父さんもやるわよね。と母は笑っていたそうだ。


死んでも誰かを想い続ける人。死んだ人間にも嫉妬する人。人間はつくづく業が深いと、友人は思ったそうだ。


友人から実際に聞いた話。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る