「お母さんが」
数少ない私の実体験の一つ。
若い頃、まだ二十歳になったばかりだった時の話。
地元の友人たちと夏の暑いの夜を暇に過ごしていた。そのうち決まりきった台詞を誰かが言い出す。
「夏だからさ、肝試し行こうぜ」
ということになった。年若い男連中が集まって肝試しとなれば反対する者はいない。内心怖くてもそれを口にする者はいない。
ちょうど近くにおあつらえ向きの霊園があった。満場一致でそこに行こうという話になった。
地元から自転車で十五分ほど行った場所にあるその霊園は、昼間でも薄ら寒い場所でそこに行こうとは言ったものの、全員がそれを後悔し始めるのにそんなに時間は有さなかったと記憶している。
夜の霊園は不気味という以外の言葉が見つからないほど冷たい空気の漂う場所だった。人気もなくセミの鳴き声以外に物音がしない。異常なまでに泣き続けるセミの声が、私たちの不安をさらに加速させた。
「とりあえず二手に分かれてぐるぐる回ろうぜ」
言い出しっぺの友人が突然そんな事を言い始めた。その言葉にどのくらいの必要性があるかはさておき、何故か私を含めた全部がそれに賛成したのである。
私たちは二人と三人に分かれ霊園を散策する事にした。
私は、当時一番仲の良かったカズキ(仮)と二人で行動する事になった。
カズキも私もまだ若く、精神的に未熟だったゆえ無闇やたら強がっていた気がする。
「なんもねえじゃん。つまんねえな」
額に妙な汗をかきながら、お互いに怖がっているのを悟られまいとワザとデカい声を出していたと思う。
そのうちにカズキはいよいよエスカレートし、手近にあったかなり古い墓に寄りかかってタバコを吸い始めた。
「死んだ人もタバコ吸いてぇんじゃねえの?」
カズキはそう言ってヘラヘラ笑いながらお線香を供える場所に灰をぽんぽんと落とした。
今考えれば全く意味のないかつ非常識な行動だが、その当時の若者としては別に珍しくもないと思う。私たちはとりわけ不良というわけでもなく、かと言って品行方正とも言い難い中途半端な若者だった。
私もその様なカズキの行動に対し、同じようにヘラヘラと薄ら笑いを浮かべていたと思う。
私は仲間との合流地点を目指しながら、「カズキはこの後絶対みんなに自慢するんだろうな」とか「俺も馬鹿にされない様になんかしようかな」とかそんな事を考えていた。
もうじき合流地点だ、というところまで来て突然カズキの携帯が鳴った。
こんな時間に?と私もカズキも思い顔を見合わせた。画面を見てカズキの表情が曇る。
「親父だわ」
その当時の私たちにとって親というのは煩わしい存在でしかなく、カズキの反応も至極当然のものだった。
「いいよ。でれば」
という私の言葉にカズキ
「チッ、だりーな」
カズキはさも忌々しそうに携帯を耳にあてていたが、会話が進むにつれ焦りの表情が浮かんできた。
「なんだよそれ‥‥マジかよ‥‥なんで?‥‥は?なんだよそれ‥」
しばらくやりとりした後、「わかった」と一言いってカズキは電話を切った。
「大丈夫?」
私が声をかけるとカズキが浮かない顔で言った。
「悪りい。オレ、帰るわ」
突然のことで私ひどく驚いた。カズキは自分でも信じられないと言った口ぶりで理由を口にした。
「母ちゃんが、倒れたって‥」
カズキはその言葉を口にした時、今にも泣きそうな顔をしていた。
それは肝試しなんぞしてる場合じゃないという事になり、そもそもあまり乗り気でなかったのか全員で帰る事にした。
幸いカズキのお母さんは大事には至らず、今でも元気にされている。
しかし原因はなんなのか結局分からずじまいだった。医者にもどうして倒れたか分からなかったそうだ。
ただひとつ、お母さんが倒れる直前にあった事をカズキに話してくれて、それを聞いたカズキは血の気が引いたという。
「部屋にいて、なんとなくフッと窓を見たの。そしたらね。凄いのよ。真っ赤な鎧をきた大きなお侍さんが真っ逆さまになって落ちてきたの。その瞬間にハッと目が合ってね。そこで気を失って倒れちゃったの。夢かもしれないけど怖かったわあ。一体なんで鎧武者なんか。ねえ?」
お母さんは分かっていなかったがカズキには心当たりがあった。
それ以来カズキはこう言う様に鳴った。
「何があっても、誰に頼まれても、肝試しだけは絶対行かない」
二十歳の時に、実際に経験した話。
了
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