「左に行かせる声」

学生時代の先輩から実際に聞いた話。



先輩は二十代の頃、よく仲間内で集まって旅行に出かけていたという。特に夏場は海が多く、一時期は年に何度も仲間で海に行くほどだったそうだ。


そんな時に起きた話。


仲間はいつも五人。大きな車に乗って男だらけで近くの海まで旅行に行っていた。前日夜に出発して朝に着く。そして夜までひとしきり騒ぎ海岸近くの民宿に素泊まりする。それがいつものルートだった。



ある年。いつもの五人で海に出かけた。その年は大当たりで、天気も良好。昼間ナンパした女の子たちと夜に花火をする約束を取り付け、五人は意気揚々と車に乗り夕飯の店を探していた。


その年に行った海岸付近は昼間は賑やかだが夜になるとひと気もなく街灯もまばらになってしまうような地域だった。それでも綺麗な海と海産物が有名でそこそこ人気が出てきているスポットだった。


難儀なのは夕食の場所で、少しでも時間が遅くなると車で隣の町付近まで行かないと飲食店がほとんどないような場所だったことだ。


夜の花火に浮かれてすっかり遅くなってしまった先輩たちは、コンビニ飯が嫌だという仲間のせいで隣町まで車で行くことになった。


その車中での話である。



何しろカーナビはあるがどこに何の店があるか分からない。名前を検索してもラチがあかないので適当に走って最初に見つけた店に入ろうという話になった。


みな夕飯のことより花火に意識がいってしまい、誰も真剣に探していなかった。そうこうしてるウチに随分寂しい場所に来てしまい、辺りには民家すらなくなってしまった。


みんなで運転手を責めたが、状況は変わらないのでひとまず引き返すことになった。


花火に間に合わなくなるかもしれない。流石に焦ったみんなはしばらく辺りに意識を集中させた。


「アレ?どっちだっけ?」


運転手も慣れない道を闇雲に走っていたからかすっかり道が分からなくなっていた。全員で記憶を掘り起こしああでもないこうでもないと引き返す道を探した。


「このまままっすぐだな」


「たしかまっすぐだよ」


「そのあと右だろ」


「標識んとこ右だ」


「左だ」


そんな感じに車内の会話が続いた。運転手も責任を感じ、少しでも早く着くように急いだ。


しかし、全員の気持ちとはうらはらにまた道を間違え知らないところに出てしまった。


「何やってんだよ」


全員がまた運転手を責めたが彼は言われた通り走っただけだと言う。とにかく時間もないので気を取り直してもう一度進む事にした。


「ここをしばらく行って右だ」


「それでずっと行けば宿の近くの駐車場だ」


「右行ったらしばらく道なり」


「結構離れたけどまだ間に合うよ」


「左だ」


ごく簡単な道のはずがまた違う場所に出た。


「お前いい加減にしろよ!」


「何やってんのマジで?」


運転手は一回車を停めた。


「おい。誰かふざけてる奴いるだろ」


「は?」


車内に険悪なムードが漂う。


「さっきから違う方向に行かせようとしてる」


「そんな奴いねえよ」


みんな疲れているし空腹で正常な判断が出来なかった。しかし運転手はいたって真剣である。


「とにかく停まるなよ。行かないと間に合わないぞ」


先輩が運転手を説得し何とかまた出発する事になった。


「もうみんなあまり余計なこと言うな」


と言う事になった。


しばらく車は無言で走る。


「じゃあこのまままっすぐね」


「二股のとこ右ね」


「左だ」


二人が道を教え一人は女の子と電話をしていた。だが先輩は聞いていた。確かに今誰かが「左だ」と言っていた。だが誰だ。聞き覚えのない声に背筋が寒くなったという。


運転手がまた左に曲がろうとした瞬間、先輩がストップをかけた。


「違う!そこ左曲がるな!」


車が停車した。


「危ねえまた間違えるとこだった」


「何やってんの?」


みんなは運転手に怒ったが先輩は違った。


「いや、俺も聞いた。今誰か左って言ってた」


「え!?」


車内に妙な雰囲気が漂う。運転手は額にびっしり汗をかいていた。


「俺、運転変わるよ」


仲間の一人がそう言って運転手交代となった。


その後は無言で車を走らせ、なんとか約束の時間に民宿にたどり着いたが、みんなほとほと疲れ果てていた。


その時の事はみんなしばらく話題にしなかったそうだ。



それから何年か経ち、仲間内でもなかなか旅行にも行けなくなり年に数回集まる程度になってしまった。


ある時、ふとした事からあの車での話になりみなひとしきり盛り上がった。


「何だったろうなアレ」


「分からねえ」


「怖かったよなあ」


そんな風に話ていると、途中で運転手を変わった仲間が神妙な面持ちでこんな事を言ったそうだ。


「実はさ、あん時は言わなかったんだけど。俺あんな風な現象見たあったんだよね」


「は?」


この言葉に全員が驚愕した。その仲間が言うにはこう言う事だった。


「あの当時、心霊ビデオみたいなの流行ってたじゃん?俺好きでさ。ウチの兄貴とハマって見てたんだわ。そのひとつに、あの時と同じ状況のヤツがあったんだよ。それ思い出したらすげえ怖くなってさ。マジでヤバかった」


みんながザワついた。何しろ数年経って初めて聞く話である。


「お前なんであの時言わなかったの?」


と先輩が言うと。


「だってそんな事言ったら俺が『左だ』って言ったと思われるじゃん。俺マジで言ってないし。変な雰囲気なっても嫌だったし」


という事だった。


みんなは茶化したり、怒ったりと様々だったが先輩はあの声を思い出して背筋が寒くなったそうだ。


仲間のいうそのビデオは、いまだに見たことがないそうだ。


一体アレは何だったか、左に行ったらどうなるのか。今でも分からないままだそうだ。



学生時代の先輩から実際に聞いた話。


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