「誰だい?」

友人の祖父母の話。


友人の祖父母はかなりアクが強いというか相当に個性的な人たちだったそうで、亡くなって十年以上経つ今でも度々話題に上るそうだ。


そしてこれら全ては亡くなってから起きた話。



仮にその二人を、キヨさんとリュウゾウさんとしておく。


先に亡くなったのは夫であるリュウゾウさんで、その六年後にキヨさんも亡くなられたそうだ。


キヨさんが亡くなってすぐ、住んでいた家の片付けをすることになった。大きな一軒家で、お屋敷とまではいかないが一朝一夕で片付くほどの広さではなかったそうだ。


二人いるキヨさんの娘さんは共に仕事があり忙しい身である。そういうわけで娘さんたちは知り合いのオバちゃんに頼んで家を片付けてもらうことにした。顔見知りにやってもらった方が何かと安心だということであった。


しかし妙なことに頼んだオバちゃんが初日の夜には辞めたいと連絡してきた。突然のことだった。オバちゃんがあまりに頑なだったので理由も聞かなかったが、姉妹は困ってしまった。


仕方なく他を当たってみたが、あいにくいい人が見つからず、最終的には業者に頼むことになった。


しかし驚くべきことに片付けを依頼した業者も二日とたたず作業の中止を願い出てきた。流石に今度は仕事なのでちゃんと理由を問い質す事が出来た。理由はごく単純なものだった。


でる。というのである。


その業者の話によると、家に入ってすぐ異変を感じたという。誰もいないはずの家に人の気配を強く感じたそうだ。しかしそこはプロだからと勇気を出して片付けてを始めたという。終始だれかに見られている気がしたそうだ。


そして、いよいよキヨさんの部屋に入ったその時だった。


「誰だい?」


絶対に誰もいないはずの部屋で、絶対に聞き違いではない声が聞こえたそうだ。


もうその瞬間にダメだと思い、家を飛び出たそうだ。


それでもめげずに色々な業者にお願いしたが、ことごとくみんな嫌がってしまい、たまに了承してくれた人も一日、もって二日だった。ヒドい人になると最初は平気なのだが、その晩家に帰って寝てると、夢に見ず知らずの背の低い小太りのお婆さんが出て来て掃除の仕方についてアレコレ細かく説教されたそうだ。


その物言いや風体から察するに間違いなくキヨさんだという話になった。


さて、いよいよ姉妹はお手上げになってしまった。もうこれはキヨさんが他人にな任せるなと言っているのかもしれない。本格的に諦めようとしていた時だった。


知り合いのツテで中国人のヤンさん(仮)というオバさんが片付けに来てくれる事になった。姉妹とも楊さんと面識はなかったし今回もどうせダメだろうと思っていた。しかし義理ある筋から頼まれていたので、楊さんにお願いする事にした。過度な期待はしていなかった。


ところが、である。


その楊さんが来て一日、二日三日と経ちついに一週間かけて家をすっかり掃除してしまった。


姉妹はとても驚き、楊さんに変わった事がなかったか聞いた。すると楊さんは


「ナニモありませんヨ」


とニコニコ笑って言ったそうだ。


そして全ての後片付けが終わり楊さんともお別れの時になった。楊さんの仕事は完璧で姉妹は別れを惜しんでいた。


姉妹は感謝の気持ちを込めて楊さんとの宴席を設ける事にした。その席で楊さんがとても不思議な事を口にしたそうだ。


「ワタシ昨日ヘンな夢見ました。知らないオジイさんとワタシの亡くなったお父さんが大きなテーブルでお酒のんでました。ワタシそこに呼ばれてアイサツさせられました」


というのである。姉妹がその知らないオジイさんの風貌を訊ねると、楊さんは記憶頼りに絵を描いてくれた。


それを見て姉妹は言葉を失った。


なんとそれは姉妹の父親でありキヨさんの旦那さんである、亡くなったリュウゾウさんにそっくりだった。


しかし楊さんはリュウゾウさんの写真を見た事がない。リュウゾウさんは徹底した写真嫌いで、遺影以外の写真が一枚も現存していない。それ故に楊さんが描いた似顔絵が不思議でしょうがなかった。偶然にしては似過ぎている。


姉妹は楊さんに強い縁を感じた。なにせ両親からのお墨付きだ。このまま手放してはいけないと思った。


それがきっかけで、楊さんは妹の経営するレストランで働くことになったそうだ。



そんな楊さんがレストランで働き始めてしばらく経ったある日のこと。



レストランの経営者である妹が知り合いからクルージングに招待され出かける事になった。出かける前日、レストランに顔を出すと楊さんが暗い表情で近寄ってきた。


「社長。明日出掛けるのをヨシてください。行ってはイケないデスヨ」


突然どうしたのか聞くと、楊さんは今にも泣きそうな声で理由を言った。


「ワラワナイでください。一昨日と昨日、社長のオトウサンとオカアサンがワタシの夢にデテきてスゴく怒ってイマス」


「お父さんとお母さんが?なんで怒ってるの?」


そう聞くと楊さんは首を横に振った。


「ワカリマセン。ずっと黙っています。ただ黙って、デモ二人ともスゴく怒ってイマス。だから明日、出掛けるのヨシてください。お願いします」


突拍子もないことだったが楊さんの表情は真剣だったし、何より彼女との出会いが出会いなのでこの話を信じないワケにもいかなかった。


ただ一度遊びの約束を断るだけだ。それで楊さんと母の気がすむなら安いものだ。そう思い次の日のクルージングは断った。


数ヶ月後、そのクルージングに招待してくれた知り合いが逮捕された。詐欺や窃盗を度々かさねていたそうだ。いわゆる、素行の良くない人だったようだ。一緒にクルージングに行っていたら何かしらの被害にあっていたかもしれない。



死んでからもなお家族に影響を与え続けるキヨさんとリュウゾウさん。二人揃って化けて出る夫婦とは、かなり個性的である。


友人から実際に聞いた話。



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