「蛇女の夢」
私が体験した数少ない不思議な話である。
あれは私が小学生の頃だった。季節は夏だったと記憶している。その当時は一軒家に家族五人で住んでいて両親と二人の兄、そして私で暮らしていた。
小学六年生の夏休み。小学生最後の夏休みと記憶していたのでよく覚えている。
その頃から私は兄たちの影響で夜更かしを覚え、よく夜中二時三時まで起きていた。目的は特になかったがとにかく夜遅くまで起きていられる非日常感で当時は浮かれていたと思う。パソコンも携帯もない時代なので、レンタルビデオ屋で借りてきた映画を観るか、もしくはゲームをやるかテレビの深夜番組を観るか。そんな具合に毎日二時三時まで起きては、朝の十時過ぎにグズグズと目を覚ますという生活を続けていた。
そんなある日のことだった。
いつもは兄の部屋で夜更かして、兄が眠くなると部屋を追い出され、父と同じ部屋で寝る私だったがその日からは違っていた。兄が学校の部活合宿で三日間いないのである。これは私にとっては願ってもない話だった。何しろゲームはやり放題テレビは見放題。私は私の好きな時に寝て好きな時に起きる。こんな事が三日間も続く。小学生の私はまさに有頂天だった。そして、その出来事は初日の夜に起きた。
兄のいない兄の部屋で深夜を満喫する私。時間は夜三時をまわった頃、ようやく眠気が私に訪れた。
そして、今でも鮮明に思い出せるくらいにリアルな夢を見た。以下はその内容である。
私は、いつもの通学路を歩いている。当時通っていた小学校は家から歩いて五分の場所だった。そのいつもの道を一人、歩いている。
すると向こうから同級生のコウジが自転車に乗って現れる。コウジが言う。
「なんか学校で事件が起きてるみたいだ」
私は驚いてコウジの後ろに乗り学校まで走る。
正門を潜って校内に入るとすぐ左側にトイレがあった。何やらそこに人だかりができてる。
担任のマツダ先生がいたので私は先生に
「何があったんですか?」
と聞く。すると先生が
「男子トイレに女がいる」
というのだ。ただそれだけでこんなに騒いでいるのか。私はみんなに呆れてしまい、大胆にもトイレに入っていく。
トイレの中は狭く、女の姿はどこにもない。しかしトイレの壁には、見慣れない大きな壁画が描いてある。
それは髪の長い大きな女が身体に大きな蛇をまとわりつかせこちらを睨んでいる絵だった。
変だなこんな絵あったかなと思ったその瞬間、突如その絵が動き出して壁からその蛇女が這い出てきたではないか。
私は驚き、後ろも振り返らずトイレから逃げ出した。私が外へ出るとさっきまであれほどたかっていた野次馬や先生の姿はなく、一人になっていた。
私の恐怖は一層増し、叫び声を上げながら校舎の外に出た。後ろは見なかったが確実にその蛇女が追いかけてきている気がした。
しばらく走っていると、道の途中で来た時と同じ様にコウジが自転車に乗って待ち構えていた。
「早く乗れー!」
やった助かった。私はコウジの背中に飛び乗る様に自転車へジャンプした。しかし後ろから来た蛇女の姿を見たコウジは叫び声を上げて、私の手が彼の肩を掴む前にペダルを漕ぎ出してしまった。おかげで私は地面に落下、なんとかすぐ起き上がったが、依然として長い髪を振り乱した女が追いかけてくる。
私は走った。当時から運動はあまり得意な子供ではなかったからか、自分のスピードが異常に遅く感じられた。ダメだ、このままじゃ。アイツに追いつかれる。私は全身で恐怖を感じながらも、思う様に足が動かない状態だった。
やっとの思いで信号まできた。あとはこの横断歩道を渡れば家はすぐそこだ。しかし、女もすぐ近くまで追いかけてきている。
ふと見ると、横断歩道の反対側に三人ほど連なって歩くお坊さんの姿が見えた。彼らの姿が目に入った瞬間、「そうだこの人たちに助けてもらおう」と何故かそう思った。
信号が変わる。私は向こう側へ急ぐ、だが蛇女もすぐそこまで来ている。お坊さんのとこへたどり着くのが先か、蛇女に捕まるのが先か。そんな状況だった。
すんでのところで捕まる前にお坊さん達の元へたどり着いたが、今度は声が出ない。「助けてください!」と何度も叫ぼうとするが、喉から声が出ることはない。ついに蛇女が真後ろまで迫り私の肩に手をかける。私は藁にもすがる思いでお坊さんの肩に手をかける。お坊さんと蛇女。双方の間にサンドイッチされた様な状況になった。
すると突然、お坊さんが私の方に振り向く。とても険しい表情だ。私はその目が恐ろしくて見ていられず、後ろを振り向く。すると後ろにいた蛇女も、同じくらい険しい表情で私を見ている。彼らはほぼ同時に左右から私の肩を掴み、大きな声でこう言った。
「「開けろ!!」」
その声と同時に私は飛び起きた。まるで水風呂に入っていたかの様にびっしょりと汗をかいていて、鼓動は不自然なくらい早くなっていたのを覚えている。
ゲームはデモ画面のまま止まっていて、部屋の電気は全て付けっ放しで寝ていた。時計を見ると、四時半を少し過ぎていた。驚くことに私が眠ってから二時間も経っていなかった。もう何時間も経っている様に感じた。
怖くなった私は、そっといつも寝ている部屋に行き父の隣で眠りについた。
次の日の夕方、私は考えていた。当時から考え方がオカルトじみていたのだ。どうしてあんな恐ろしい夢を見たのか。アレにはどんな意味があったのか。理由が解らないほど怖いものはない。このままだと夜もおちおち眠れないと思い、私は兄の部屋でそのヒントを探す事にした。そしてそれは、以外にも早く見つかる。
兄は昔から大事な物や見られたくない物は一ヶ所に隠す習性があった。悪い点数の答案。エアガン。エッチな本。などなど。思春期の男の子にありがちな秘密が兄にもあった。私は多分、そこに何かがあると踏んだ。その場所は机の一番下の引き出しで、いつも鍵がかかっていた。鍵はベッドの下にあった。
鍵を開けた私は思わず「うあ!」と声を上げてしまった。目を疑う兄の隠し物がそこにあった。
兄は多種多様な生き物を飼育していた。熱帯魚、珍しい種類のカエル。ハムスター。イグアナ。フェレット。そして蛇。だが子供の好奇心だけで飼育しているに過ぎず、飼っては死なせ飼っては死なせを繰り返し、親にいつも叱られてはこっそり新しい生き物を買って来ていた。そして生き物が死ぬ度に私はその処理を手伝わされていた。
そして数ヶ月前、私は兄の部屋から蛇がいなくなっている事に気が付いた。兄にその事を聞くと
「逃げた」
とだけ言われた。しかしそれは嘘だった。
引き出しの一番下を開けると、そこには色々な物がギュウギュウに押し込められていた。そこで一番最初に目に入ってきた物。
それは瓶に入った小さな蛇のホルマリン漬けだった。
その蛇は間違いなく、かつて兄が飼っていた蛇だった。
蛇は飼育が難しい。最初から兄の手には余ると母は言って大反対していた。その結果いつもの様に死なせてしまった。それを隠す為にホルマリン漬けにしたのか。それとも。真相は解らない。
それ以来、蛇女は夢に出てきていない。二十年近く経った今でも鮮明に思い出せるくらい恐ろしい夢だった。
小学生の頃、私が本当に体験した不思議な話。
了
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