「家にいる」
友人にトモくん(仮)という人がいる。
トモくんは何の変哲もない優男なのだが、彼のお母さんという人が凄い。お母さんも一見すると何処にでもいそうな普通のお母さんなのだが、実はとんでもない人である。何がというと、とにかくかなりの霊感の持ち主だそうだ。子供の頃から色々な物を見たりしているそうで、今でも一年のうち三百日は何かしらの心霊現象に遭遇してるというから驚きだ。しかし本人は豪胆な性格ゆえ、案外ケロッとして過ごしている。それが逆に、不気味だとトモくんは言う。
そんなトモくんのお母さんの話をいくつか紹介する。
ある時、まだトモくんが小学生の頃。家族で温泉旅行に行った。夏の蒸し暑い日。ただでさえ寝苦しい夜に加え、古びた雰囲気の旅館に幼いトモくんは眠れず、寝返りをうっていた。
すると、隣で寝ていたお母さんが突然何か寝言の様な言葉を発しているのに気がついた。寝言というより、うなされている様に聞こえる。
「ウーーン‥ウッウッ‥ウーーン‥」
お母さん様子が気になったが、何分にも夜遅かったし寝ているお母さんを起こすのは気が引けたのでそのまま放っておいた。
と。
「はわっ!」
という声を上げて、お母さんが突然跳ね起きた。
「どうしたの?」
トモくんも驚いて、起き上がってお母さんの顔を見た。蒸し暑い夜だったとはいえ、お母さんは必要以上に汗をびっしょりかいていた。
「ずっとうなされてたけど」
トモくんがそういうと、お母さんは怒った様な顔をした。
「もう!気が付いてたんだったら起こしてちょうだい、お母さん大変だったんだから」
というのである。
「怖い夢でもみたの?」
おそるおそるトモくんはそう聞いたらしい。しかしお母さんは大きくため息をついて首を横に振ったそうだ。
「違うわよ。知らないオジさんが、上に乗っかってたから苦しくて苦しくて。身体も動かないし声もロクに出ないから唸ってたのよ」
お母さんはまったく普通にそう言った。驚いたのはトモくんだ。
「ええ!?そのオジさん、どうしたの?どこにいるの?」
するとお母さんは面倒くさそうにこう言った。
「知らないわよ。どっかその辺にいるんじゃないの?お母さん疲れたから、もう寝るわよ」
お母さんはトモくんを脅かすだけ脅かして、さっさと寝てしまったそうだ。その夜、トモくんは見えないオジさんに怯えて結局一睡もすることができなかった。
それ以来、旅行の時はお母さんから離れて寝る様にしたらしい。
また、こんな事もあった。
子供だったトモくんもすっかり大人になり家を出て一人暮らしを始めた。何年かたったお盆休みのある日、久しぶりに実家に帰ることに。お父さんもお母さんも変わらず達者で、トモくんもひとまず慣れ親しんだ実家の空気に浸りすっかりリラックスしていた。
ふと、子供の時の体験を思い出し冗談混じりでお母さんに聞いてみた。
「そう言えばお母さん、まだ幽霊とか見えるの?」
散々脅かされていたから仕返しの意味もあったと思う。大人になったトモくんは精一杯皮肉を込めて言ったつもりだった。
しかしお母さんの方はあくまで大真面目な顔で答えた。
「まあねえ。こればっかりは増える事はあっても減る事はないからね」
社会に出て、色々な人と会ったトモくんは自分の母親がいささか変わっている人だと気が付いていた。しかし、こうしたお母さんの冗談に付き合ってあげる事もまた親孝行のひとつなんだろうと、トモくんは黙って頷くだけにした。
「そう言えば、この間は久しぶりにびっくりしたわ。すんごいのが出たのよ」
珍しくお母さんが身を乗り出してきた。
「へえ、どんなの?」
トモくんももう子供ではない。お母さんに脅かされて寝れなくなる歳ではなくなった。少し余裕をみせながら話を聞いてあげることにしたそうだ。
「この間お父さんが町内会の旅行でいなかったでしょ?それで久しぶりに一人で寝てたのよ。そしたら急に金縛りの強いのがきてさ。で、見たら足下にいるのよ。アレが」
「アレ?」
お母さんはインターネットはもちろんだが、テレビもあまり見ないしとにかく世俗に疎い。だもんで、トモくんが大きくなってからはよく会話に困っていたのを思い出した。
「アレよ。あのー、なんだっけ。髪が長くてゾゾゾってしてて」
「なにそれ?」
「だからあのー映画とかに出てるじゃない」
お母さんの言ってるものが何か解らずトモくんは首を傾げる。
「分かんないよ。もっとヒントないの?」
「だからあのー、アレ。なんだっけ。あのー。テレビから出てくるやつよ!画面から!」
「え」
その一言でトモくんは氷ついた。いやまさかな。お母さんの勘違いだ。よくあるんだ。そう言い聞かせ、トモくんは口を開いた。
「もしかして。アレってさ。『貞子』?」
映画、リングに出てくる怨霊貞子。日本でも一、二を争う有名な怨霊だ。
「そー!それそれ!貞子!貞子!それがいたのよウチに!」
トモくんは背筋が寒くなり思わず辺りを見回してしまった。実家はひいおじいちゃんから商売をやっている。何度も改装してはいるがかなり年季の入った建物だ。何が出てもおかしくない。
だが、それはあんまりだろう。と思ったそうだ。
「もう、お母さんびっくりしちゃった。もちろんテレビから出てきたんじゃないわよ?アレにそっくりなのが足下に立ってたって話ね。すんごい目で睨まれたんだから。もう嫌ね。だれがあんなの連れて来たのかしら。お父さん、外で浮気でもしてるのかしら」
お母さんの語り口があまりに淡々としているので、トモくんはそれ以上なにも言えなかったそうだ。本当はその日実家に泊まるはずだったが、急遽予定を変更し家に帰ることになったのは言うまでもない。
それ以来、トモくんが実家に帰る頻度は以前より少なくなったそうだ。
友人から実際に聞いた話。
了
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