川に入る友達

二十代に体験した出来事だ。


私はオカルト好きの癖に霊感というのがあまり無いので、実際の心霊現象にはとかく否定的なタイプだった。あの時までは。




その頃の友達にリョウタ(仮名)という男がいた。リョウタは活発で頭もよく、私たちグループのリーダー的存在だった。反面、彼はとても繊細で触り方を間違えると粉々になってしまう様な性格をしていた。それもまた彼の魅力だったのかもしれない。


ある日の夏。私たちは誰かの発案で川にバーベキューをしに行こうという話になった。


覚えたての酒。覚えたての車。私たちは憧れた夏の過ごし方をしようと心浮きだっていた。


参加者は7人。理由は分からないが先発組と後発組に別れて少し離れた場所までバーベキューをしに行くことになった。


私は朝出発の後発組。リョウタは前日の夜中出発の先発組だった。


我々が川に着く頃にはリョウタと他の先発組2人はすっかり出来上がっていて、帰りの運転は一体誰がするんだという話でのっけから険悪なムードが漂っていた。


ひとまずせっかく来たんだから楽しもうという話になり、我々は準備をしてバーベキューを始めた。


ところが1時間しないうちにリョウタの様子がおかしくなり、遂に彼は川に向かって大量の嘔吐をし始めた。


バーベキューをする横で吐かれたらみな気持ちの良い思いはしない。いつもしっかりしているリョウタには珍しく、かなりみんなから反感を買っていた。


やがて空気を察したのか、リョウタは黙って車に戻っていった。


「どうする?」


「水でももってく?」


そんな感じで口々にリョウタの心配をしたが、1人だけ反対する者がいた。


「放っておけよ。あんな奴」


タカシは身体が大きくてガキ大将気質だったが、いつもリョウタにバカにされていた。それ故かしらないが、タカシは冷たい物言いでリョウタを突き放した。


「良いから。そのうち起きてくるだろ。勝手なんだよアイツ」


いつもなら誰かが車に行くところだが、リョウタの酩酊ぶりに皆も呆れていたのでタカシの意見に賛同が集まった。皆はリョウタを放っておいてバーベキューを続けることにした。


それから2時間ほどたって、皆が食事も終えた頃。リョウタが車から出てきた。おぼつかない足取りの彼をみんな心配そうに見守っていた。


突然。何を思ったかリョウタは川に入り始めた。もちろん衣服は着たまま。真夏とは言え川原は涼しく、午後になって曇り始めたので水遊びするにしては様子がおかしいと思った。


「ねえ。どうしたんだろ?」


メンバーにいた女の子の1人が不安そうな顔をしている。


「良いんだよ。ほっとけ。目でも覚ましてんだろ」


タカシは相変わらず冷たい態度だった。


リョウタはいよいよ全身を川に浸している状態になった。水遊び、というより顔から風呂に入って行く様な感じだ。ゆっくり、ゆっくり。だが確実に全身を沈めていく。


「おいお兄さんたち。あの子は友達かい?」


突然見知らぬおじさんが声をかけてきた。


「はい。そうです」


私がそう答えるとおじさんはグッと近寄ってきた。


「彼はお酒でも飲んでるのかな?危ないよ。川はね。見た目よりずっと流れが早いんだから。早くこっちに連れて来なさい。溺れるよ」


おじさんの一言で全員がハッとした。そうだ。幾ら何でも泥酔状態で川に入ったら危ない。勝手な奴だけど流石に命に関わる。


さっきまで冷たい態度だったタカシを先頭に男3人でリョウタのところまで走った。


もうその時にはリョウタは顔の辺りまで川につかっていて全身がずぶ濡れだった。


「馬鹿野郎!なにやってんだ!」


タカシと私とでリョウタを岸まで運び、バーベキューの残り火のとこまで連れてきた。


リョウタの唇は、ま紫色になっていて全身を小刻みに震わせていた。


「とにかくシャツは脱げ。タオルでも被ってろ」


私も火をほじくり返して、リョウタの全身を温めた。


「何やってんだよリョウタ。酔っ払い過ぎだぞ」


私がそういうと、リョウタの紫色の唇が微かに動いて何か言った。


「え?」


私が聞き返すと、今度は小声だが割とハッキリ聞こえる声でこう言った。


「死にたかったのに」


私は耳を疑った。確かにリョウタは繊細な性格の持ち主だったが、今までそんなことを口にした事はなかった。リョウタの家庭は複雑で、何度も辛い目にあっていたがそれでも彼は笑っている様な男だったのに。


「おい。バカ。飲みすぎだぞ。変な事言うなよ」


私が身体をさすってやると、彼は突然大声を張り上げて泣き始めた。


「死にたかったんだよおおお」


「リョウタ!止めろよ。何言ってんだ」


私は何度も彼の身体をさすったり揺さぶったりしたが、彼の口から出るのは死にたかったという言葉だけ。


「死にたかったのに。なんで。死にたかったのに。死なせてくれない。なんで、なんで」


リョウタはいつもより甲高い声でひたすら泣きながらそれを繰り返した。私たちは途方にくれてしまい、とにかくリョウタをなんとかしようという事になり、私とタカシで送っていく事になった。


道中、リョウタはずっと後部座席で眠っていた。


タカシはムスッとしながら車を運転していたが、リョウタを送ろうという話になった時に率先して手を上げたのは彼だった。きっと、責任を感じているのだろうと私は思った。


私たちはポツリポツリと他愛のない話をしていたと思う。今となっては思い出せない。


リョウタの家についた私たちは彼を担いで部屋のベットに放り投げた。リョウタは自分で勝手に飲んで潰れたのだから、放り投げられても仕方ないだろう。その時はそう思った。


帰りの車中、私はずっと胸に何かがつかえている気がしてならなかった。タカシは相変わらず無口だったし、私も無言で考えていた。


川から上がった直後のリョウタの様子。何処かで目にした事がある。デジャビュではなく。絶対に見たことがあるのだ。


しかし、その日は結局答えは出ずじまいだった。だが後日、知りたくもない答えが突然向こうからやってくる。深夜のテレビ番組を見ていた私は自分の頭にあった疑問が晴れて、しかし背中に寒いものを感じていた。


流れていたのは、今ではめっきり姿を見なくなった深夜の心霊番組。自称霊能者や霊感タレントを呼んで怖い話をしたり心霊写真の鑑定をしたりするよくある番組だった。中でも番組のハイライト的な場面を見て、私は心底怖くなってしまったのだ。それは、一般人に取り憑いた霊を自称霊能者の先生が番組内で除霊をするという企画。一歩間違えばかなり胡散臭い絵になってしまうのだが、深夜に一人で見てると笑えなくなる。


その取り憑かれている一般人の女性。顔はもちろんモザイクで隠れている。その彼女の動きというか言動というか。いわゆる降霊している状態が、あの時のリョウタに気持ちが悪いくらい酷似していたのだ。死にたいと喚きながら震えて慟哭する。それまで何の前兆もなかったのに突然そうなる。幾ら何でも一致する事が多すぎた。間違いなく、あの時リョウタは何かに取り憑かれ、死を選ぼうとしていた。少なくとも、私はそう考えた。


しかし結果として、私は自分の考えをリョウタはおろか誰にも話さなかった。そんな事を言っても笑われるだけだし、リョウタも喜んでくれるとは思えなかった。


その事がきっかけになり、私たちはリョウタと徐々に疎遠になっていき、やがて全く会わなくなってしまった。


後から知った事実が2つ。


私たちが会場に選んだ河原。夏休みシーズンにも関わらず急遽で予約が取れたと喜んでいたが実は水難事故が頻繁に起きている場所だった事が後に判明。



もう一つ。


あの後に疎遠になる前、リョウタが私とタカシに不器用ながら送ってくれたお礼を言いにきた。謝罪の意味も少しは含まれていたと思う。その時リョウタはこんな事を言っていた。


「あの時のことは酔っていてよく覚えていないが、川に入っていく自分を上から見下ろしていた気がする」



「最近夢に知らない女が頻繁に出てくる」


と言っていた。事実かどうかは分からない。



二十代の頃、実際に私が体験した話。


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