「違って見える」

とある鉄道会社に勤める知り合いから聞いた話。


その知り合いを仮にウエダくんとする。



ウエダくんは高校を卒業してすぐ鉄道会社に就職した。真面目な性格で電車もそれなりに好きだったウエダくんにとって会社は思っていたより居心地の良い場所であったそうだ。


そんなウエダくんでも会社が嫌になる時がある。


それは、勤める駅で人身事故があった時だ。


遅延の対応には追われるし、周りで目撃した人の証言が必要になってくる場合もある。警察が来るまで、その人から簡単に話を聞く場合もあるそうだ。


そんなウエダくんが、ある日遭遇した出来事。



その日は真夏でとても暑かったと記憶している。事故が起こりやすいのは、たいがい真夏か真冬だとウエダくんは言う。気候が人の精神に大きく左右するのはあながち間違っていないと言える。


朝の八時半過ぎ。通勤ラッシュ真っ只中。これも不思議とラッシュの時に限って事故が起こりやすいそうだ。その日もご多聞に漏れなくラッシュ時だった。


人が線路に落ちた。


幸い、落ちた人は奇跡的に一命を取り留めた。ひとまず早急に救急車を呼び、一刻も早く運行を復旧させなくては。それがウエダくんの最優先事項だった。


しかし、忙しい中とつぜん上司に呼ばれ行ってみると意外な事を言われた。


「どうやら落ちたのではなく、落とされたようだ」


と。


今警察に来てもらっているが目撃者がいるかもしれないし、もしいるなら早急に探して確保しておかないといなくなってしまう。現場で呼びかけをして見つけ次第、警察が来るまで引き止めておいてくれとの事だった。


正直難しい話だと思った。


誰しも正義感に溢れているわけではない。聞こえは良くないが、落ちた人が生きているならみんなそちらよりも自分の仕事を優先するだろうと密かに思ったそうだ。


しかしウエダくんの予想に反して、数人の目撃者が名乗り出た。


この状況を見て、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思ったらしい。


しかしどうも不思議な事が起きた。


目撃者は全部で五人いたのだが、全員が違う事を口にしている。正確には、途中まで一緒なのだが肝心の部分になると証言が食い違ってしまう。


あるサラリーマンは


「喪服の様な真っ黒のスーツを着た男が被害者を突き落とした。顔は見ていない」


という。


あるOLは


「白いワンピースを着た髪の長い女が突き落とした。顔は見ていない」


という。


ある女子高生は


「被害者の人がひとりで落ちた」


という。


いくらなんでもバラバラ過ぎる。黒いスーツと白いワンピースは絶対に見間違いない。ウエダくんは困ってしまった。


更にウエダくんを困らせたのは残り二人の証言だった。


一人はフリーターの男。


「笑われると思って言わなかったけど。実は見たんだ。真っ黒な塊があの人に覆い被さってるのみたんだ。なんか影みたいなさ。ブヨブヨしてた」


というのだ。


人間ですらない。


もう一人はお婆さんだった。


「よく分からないんですけど、とても怖いものだと思いました。なんだか、上手く言えないんですけど。毛むくじゃらで、お面の般若みたいな顔をしてました。それがあの人の背中を押してました」


お婆さんの話を聞いてなんだか気味が悪くなった。どれも嘘くさいが、全員が真剣そのものである。ウエダくんは調書に書くのも憚れるほど困惑していた。


結局、警察が来てサラッとだけ話を聞いて防犯カメラの映像を持って帰った。


後日、警察からの連絡がありカメラには被害者以外誰も写っていなかったと報告があった。つまり被害者は被害者でなく一人で落ちたという事だった。本人は疲れて朦朧としていた為何も覚えていないという。


では一体、四人が見たものはなんだったのか。何故みな違う物を見たのか。


ウエダくんは今でも、その時の事が不思議で仕方ないという。


知り合いから、実際に聞いた話。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る