To my followers.

 いあ! いあ!

 母なる呼び声に誘われるように、冥河のほとりで“それ”は目を覚ました。隣を見れば、暫しのいとまを得たという渡し守がぼんやりと花を愛でており、目の前であぶられているイカゲソと思しきものに、“それ”の腹も少し鳴ったように思った。


 黙したまま、時を騙るように流れる河を見てみれば、どんぶらこ、どんぶらこと大きな餅が流れていく。あれは何処へ向かっていくのだろうか、そよ風が如き流れに身を任せながら、その餅はどこかへと流れていく。

 その様を見守るように対岸に咲く桜は美しく、風に舞う花弁は、ただ何も言わずに冥界を照らす月によく映えていた。

 あぁ、それならばあの桜の木の下に立つ少女についても語らねばなるまい。彼女は常に、何やら紙のようなものを持っている。折に触れては筆を執り、納得いかぬという風にその紙を屑籠に放っている姿を、あと何年見ることになるのだろう? 案外すぐにでも己に納得して嬉々として筆を進めていくようにも思うし、もしかしたら永遠に迷い続けるのかも知れぬ。けれど、その様もまた美しいのではないか、と“それ”は思っていた。


 遥かな地平の彼方に雪が降っているらしい――不意に声をかけてきたのは、虎にまたがり、色とりどりの髪をした人間のようなものだった。当然のことながら、冥河の畔において、“それ”らが元々何であったかなど問題ではなく、皆等しくただの亡者である。鳥居を潜り、法悦の笑みを浮かべるパレードの列に加わりたい衝動こそあれど、“それ”には何か為さねばならぬことがあったはずであったために、積極的には動けずにいた。

 さて、それが何であったか。記憶を辿ろうと後ろを振り返ってみれば、そこには百合の花を愛でるものがひしめいている。あぁ、もしかしたらあれこそが自分のしたいことであったかも知れぬ、黒ずみ、淀んだ感情を孕んだような、ただ美しいだけではないその花を愛でることも、自分の趣味であったのではなかろうか?

 かと思えば、緋色に回る風車の下で、熊が何かを持って大笑いしているのが目についた。あの熊は何をああも笑っているのだろう? 何かよほど面白いものを見つけたのに違いあるまい――“それ”の中にも好奇心めいたものがあったことを、熊の哄笑こうしょうが思い起こさせた。


 見渡してみれば、ここも随分と賑やかな場所になった。届かぬ彼方に立つ吸血鬼に焦がれる令嬢に、サボテンの花を頭に咲かせ、何かを閉じ込めているらしい牢番。物語を紡がんと歌い寄り添う、アイスココアフロートを片手に持った幾人もの紡ぎ手たち。

 ここにいると心は千々に乱れ、明鏡止水とは言いがたい、雑然とした心地になるだろう。それはたとえ“それ”が何も知らずとも容易に想像できることであった。


 だが、あぁ、これも悪くない。

 この騒々しさがよいのだ、この雑踏がよいのだ、“私”が暮らす地に、これほどの賑わいがあることなど、およそ夢のような出来事である――――感慨にふける背中を、突如誰かに突き飛ばされた!


 どぶんっ、

 河に落ちて藻掻く――その必要などないはずだ、だが、やはり水面に上がらずにいられなかった、いや、さすがに上がらないわけにはいかないでしょ、苦しい、溺れる、溺れる!

 形振り構わずに水面に出ると、そこはベッドの上だった。


「ん……?」

 ここは、どこ? 私は思わず辺りを見回す。何やら賑やかな夢を見ていたけれど、かと言って目を覚ましたここも、どうやら現実とは言い難い場所だった。

「おはよう、目を覚ましたみたいだな」

「え、はい? え?」

 目の前に立っていたのは、凛とした佇まいのウサミミの女性。ほぉ、正直好みだ、きっとうちのウサギとも仲良くしてくれそうだし。

 ただ、女性(仮に「ウサギさん」と呼んでおこう)は突然私に何らかの結晶のようなものを手渡し、告げた。


「さぁ、これを持って戦うんだ、これを使えば君も《黒騎士》の力を振るうことができる!」

「え、戦う? 黒騎士? もしかして巨大ロボの世界? 頭の上に回転する金属板とか登場します? え、何これオフ繋がりの話ですか?」

「オフというものは正直わからないが、とにかく緊急事態だ! 師匠は闇堕ちしたし、ヒュドラのスキルはもう発動してるぞ!」


 いや、いや、いやいや。

 なんだか話についていけてないんですが!? わわっ、けど確かになんだかヤバそうな蛇がこっちに近付いてくる!!?

 ええい、ままよ!


 みんな、私に元気を分けてくれぇーっ!!

 なんとなく南と思われる方角から飛んできたインコや、突然美声を発している夢の国を彷彿とさせるネズミを経由して、私は念を送る! さぁ、いくぞ!


 闘いは、これからだ!!!

(不穏な展開にはなってないぞ、やったね!!!)

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