セイなる夜は、僕たちのもの

「あ、おにいおまたせ! 待った?」

「いや、別にそんなに待ってないから、気にしなくていいよ」


 クリスマスイルミネーションがそこかしこで人目を楽しませている駅前で、僕は兄と待ち合わせをしていた。進学を機に家を出てしまった兄がせっかくこうして帰ってきてくれたのに、なかなか駅の駐輪場が空いてなくてすっかり遅れてしまった。

 といっても、もちろん待ち合わせ時間よりは全然早いけど、それでも兄を待たせてしまったことには変わりない。昔から早く集合する人なのは知ってたのに。


「ごめんね……、」

「いいって、気にするなよ。それより、今年のプレゼントはもう決まったのか? なんか、今年は買ってこなくていいって言ってたけどさ、こっちの方でほしいものなのか?」

「うん、そうなんだ……」

 少しだけ気恥ずかしくなって、僕は顔を背けてしまう。まっすぐみていると、どうしても喉とか口が乾いてしまう。だから、ちょっとだけそっぽを向いて、冬の空に舞い上がる白い吐息を眺める。

 兄は毎年、クリスマスプレゼントを届けに来てくれる。いつもならおもちゃとかゲームとか、いろんなものを頼んだりしてしまうんだけど(兄の暮らしている地域はそういうものが揃いやすいんだ)、今年はちょっとそういうものとは違う。だって、僕がほしいのは……。


利樹としき?」

「えっ?」

「……なんか、ボーッとしてたぞ? もしかして、風邪でもひいてるのか?」

「平気だよ~、お兄心配しすぎ! 僕だってもう中学生だよ?」

「そっか、まぁいつの間にかひとりで駅まで来られるようになってるもんな。偉いよ、ほんと。大きくなった」


 そう言いつつ、僕よりよっほど身体の大きな兄が少し優しく目線を下げながら、僕の頭を撫でてくれる。あぁ、もう。そういうのされると、ほんとに調子狂うっていうか……!

 いっそのこと、もうここで言っちゃおうかな……。そんな誘惑が首をもたげたけれど、それじゃいけない。僕だって、その辺りの分別はわきまえてるんだ。じゃなきゃ、もう兄弟ですらいられなくなってしまう。そんなのは、嫌だから。


 今は、ただ我慢の時間だ……。


  * * * * * * *


 父も母も、明日も仕事だからってもう眠ってしまった。だから、今は兄と僕とのふたりきりだ。兄はひとりでお酒を飲んでいて、僕はその横でゲームをやっている――という、兄が大学に通うようになるまでお馴染みだった光景(もちろん兄が飲んでいたのは炭酸のジュースだったけど)。

 今なら、たぶん直接言えるだろうけど……。だけどどうしても直接気持ちを伝えられないまま、ゲームを続けてしまう。


「そういえば利樹、今年はプレゼントよかったのか? 結局何も言われなかったけど……」

 お酒を飲んで気の大きくなった兄が、ちょっと大きな声で問いかけてきた。

「俺たぶん明日の夕方には帰っちゃうからさ、だから、遠慮しないで言ってくれよ。俺は利樹のほしいものならなんだってあげるつもりだからさ」


 …………そう、言われたって……。

 そういうこと言われると、緊張しちゃうんだって何回言っただろう……、ん、言ってはいないか。まぁ、いいや。

 また喉がカラカラと乾いてきたから、手近なところにあった水をイッキ飲みする――え、なにこれからいっ!


「げほ、げほっ、」

「え、おい利樹! お前それ俺が飲んでたウイスキーだよ! 大丈夫!? 吐き出してもいいから、な!?」

 慌てた口調で背中をさすってくる兄。

 せかえりながら、もう、何かが限界を超えるのを感じた。


 無警戒だった兄の身体は、思ったよりも簡単に仰向けに倒れる。驚いたような顔をしたけど、やっぱり兄のなかでは僕は酔っぱらってしまっていることになっているみたいで、更に「大丈夫か?」なんて尋ねてくる。

 うー、大丈夫じゃないのはお兄の方だよ。

 僕を大丈夫じゃなくしてるのは自分だって自覚、全然ないでしょ?


「お兄ぃ?」

「ど、どうした?」

「僕さ、お兄がほしいよ」

「は?」


 冷や汗混じりに訊き返されたけど、一旦口に出した感情は、もう治まりそうになかった。

「お兄がいなくなってから、ずっと心にぽっかり穴が空いてるみたいだった。たまに帰ってきてくれると嬉しいけど、いつか別れが来るって思っちゃうとすぐに気持ちがしぼんで……!

 もうね、もう、不安を感じたくないよ、お兄がいなくなっても安心できるように、繋がりがほしいんだよ……!」


 叫ぶように、言葉を絞り出す。

 そろそろ、はずだから。


「おい利樹、ちょっと今日の利樹、なんかおかしいぞ? ちょっと落ち着い、――――!?」


 僕を押して起こそうとした兄の身体から力が抜ける。ほら、ね? 倒れて目を白黒させている兄に、舌と舌の絡むキスをする。

 ちょっと苦い、お酒臭い唾液が僕の喉を通り抜けるのを感じながら、戸惑いがちな舌を捕まえて撫で回す。ピクッ、と跳ねる身体が恋しくて、思わず微笑んでしまう。


「ぷはっ」

 離した口の間を、天井の明かりを受けてぬらぬら光る唾液が糸みたいに伝っている。つい、期待してしまう。

「酔ってるからじゃないよ、ずっと、こうしたかった」

「………………、」

 信じられないという顔で口を覆っている兄の姿は、幼い頃から見ていたヒーローみたいな姿とはまた違って、とても可愛らしい。何も返してこない兄に、ふふっ、と微笑みながら。


「お兄、メリークリスマス……」

 聖なる性夜は、まだこれからだ。

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