カイコガ

「みんなの為に」


 小さい頃から、そう言われてしまうと何も抵抗する気が起きなくなる。そうなってしまったのは、一体いつからだったろう?


 たぶん、幼い頃から。

 自分のしたいことを少し我慢して、気の乗らなかったみんなの出したおもちゃの後片付けをした。その結果みんなから感謝されて、それ以来思ったんだ、我慢すればみんなから褒めてもらえる。みんなから感謝されて、みんなが笑って。そうすると私も気持ちいい。

 ちょっと我慢すれば、こんなに気持ちよくなれるんだ。

 それって、とっても素敵なことじゃない?


早苗さなえちゃん、ありがとう!」


 その言葉が、とても心地よくて。

 試しに家でもそうしてみたら、「早苗は偉いね」と褒めてもらえて。とても、とても、幸せな気持ちで。


 だから、小学校になったらすぐにクラス委員長に立候補した。あの頃はみんながなりたがってたから、委員長になるのはなかなか大変だったけど、クラスのみんなから後押ししてもらって6年間ずっとクラス委員長になれていた。

 5年生になってから入る児童会でも、もちろん会長になって、中学校でも生徒会長になって。そうしたら、よりいろんな人からしてもらえるから。同じ学年の生徒だけじゃなくて、先輩とか、後輩とか、それから先生からも感謝されて。


 それが、とても気持ちよかった。

 まるで神様みたいに扱われたような気持ちになって、悦にひたって。


繭住まゆずみさんがいると、安心するなぁ」

「繭住さんにお願いすると何でもやってくれるもんなぁ」

「こういうときは、マユがいるとほんと助かるよ~」

「おっ、やっぱりこういう仕事は繭住に任せておけば安心して他のことしていられるなぁ」

「これからもよろしくね、繭住さん」


 笑ってくれる顔が、とても嬉しかった。

 それが、私がいる理由だったから。私がいてもいい理由みたいなもので、人の役に立つのが、生き甲斐みたいなものだったから。


 ………………、薄々、わかっては……、いたけど。



 色々なものから目をらして、高校に入って。

 少しだけ、疲れてはいた。

 それでも、「中学校でずっと生徒会長だったんでしょ?」という期待に満ちた瞳を向けられたら、逆らえない。念押しされるように、「クラスのみんなが助かるから」と言われたら、もう何もできない。


「今日部活あってさ~」

「ごめん、塾行くんだ!」

「カラオケ行くんだよね~」

「彼氏に会う日だから」

「疲れちゃって……」


 どうでもいいような理由でも、感謝した顔を見られると思うとどうしても断れない。ううん、たぶん、頼まれたことを断る方法がよくわからない。

 だって、断ったら嫌な気持ちにさせちゃうかも知れないし。そうしたら、その嫌な顔を向けられてしまったりして、もうどうしたらいいかわからなくなりそうで。

 嫌だもん、そんな姿を見せられるのなんて。

 どうせ見るのなら、笑っている顔の方がいいに決まってるのに。相手の望まないことをしたら、苛立った顔を見ることになってしまう。そこまでいかなくても、落胆させてしまう。失望させてしまう。

 そんな私に、どうしてもなれなくて。


 * * * * * * *


「それで今に至る、ってわけ? ふーん、後悔しない?」


 ベッドの上で、笑いながら尋ねてきた彼の言葉に、私は何も返せない。だって、答えがわからない。どうしたらこの人が喜んでくれるのか、どうしたら怒らないでいてくれるのか、どうしたらガッカリさせないで済むのか、わからなかった。

 この人は、何をしても訊いてくるから。


「それって、早苗ちゃんが自分で考えたこと?」


 ……そんなの、わかるわけない。


「それは、早苗ちゃんがしたくて決めたことなの?」


 わかんないよ、そんなの。だって……。


「まぁ、俺は楽しいし、早苗ちゃんを紹介してくれたあいつには金が入るしで、まぁ俺とあいつにはいいことずくめだけどさ? それで早苗ちゃんの気持ちはどうなのかなって、思ったわけさ。友達に流されて、流れに逆らえずによく知りもしない俺みたいので……済ませちゃって、後悔しない?」


 後悔?

 私の気持ち?

 なに、それ?

 わかんない。

 そんなの、あるの?

 私はどうしたらいい?

 この人は、私がどうしたら満足するの? 断ればいいの? このまま全てを委ねればいいの? 自分で考えろなんて、そんなの、今更できるわけないのに。

 もう、小さい頃には戻れないのに。

 感謝されることに、感謝ことに慣れてしまった私には、もう、何もわからないよ……!


 私には、選べる答えなんて限られていて。

 その答えを聞いた彼は一言。


「あぁ、結局そっちを選んだんだね。ま、いいや」

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