イナダ side of Kayo

 決して、初めて抱く想いではないはずだった。

 短いわけではないこれまでの人生の中で、何度か恋はしたし、その中で誰かと付き合うことだってあったわけだし、それなりにになることだってあった。

 ただ、そこから一線を踏み越える機会に恵まれなかっただけで。


 そうして、誰の温もりを知ることもなく過ぎて行った40数年。

 嘉代かよの孤独――そう形容されても仕方のない人生が動き始めたのは、つい数年前のこと。自宅で生活していくうえで必要な貯蓄が少なくなってきたから。それがきっかけであちこちの職場を転々とするうちに、出会ったのだ。


 運命。

 思わずそう呼んでしまいたくなる相手と。



 ――そのは、作業場でリーダー格……と呼べる人間は別にいるものの、それに近い役割をしていた。

 いや、そこじゃない。

 誰にでも気さくに話しかける明るい性格で、……違う。

 嘉代が――永田ながたすずに惹かれたのは、そんな理由ではなかった。きっと、その理由はもっと単純で、偶発的で、チープでしかないものだった。


稲多いなださんって、男と付き合ったことあるんですか?』


 たぶん、最初に踏み込んできたのが彼女だったから。

 孤独だと思っていた空間じぶんに、最初に足を踏み入れてくれたのが彼女だったから――そんな理由を、もし本人に聞かれたらどうなるだろう? 勘違いも甚だしいと笑われるだろうか、それとも軽蔑される? 予想が付かない。

 そもそも相手は、二回りも年下なのだ。そんな相手に対して、自分が?

 

 戸惑ううちに毎日は過ぎていき、気が付いたら、既に言っていた。


『キスしてもいい?』


 最初こそ、期待していた。

 そのへ進むことを、ではない。

 もしかしたら、冗談に戻れるのではないか、と。なかったことにして、笑い話に変えてしまえるのではないか、と。

 けれど、駄目だった。


 その瞬間にすずが、本気で怯えた顔をしたから。

 それ以降、どこかそれまでと違う挙動を見せたから。


 最初の期待を裏切られ。

 そして、別の期待が芽生えてしまった。


 自分を、意識している……?


 目がない勝負なのはわかっている。それでも、嘉代にとってこれは残り少ないチャンスだったから……。


 彼女は、一世一代の大勝負に出ることにしたのだ。




 梅雨がそろそろ明ける。

 その前に、その前に……


 side of Kayo fine.


 「……なら面白いんだけどねぇ、最近はあんまり進展もなさそう? あっ、じゃあ次はを煽ってみるか……」


  fine.?

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