イナダ side of Suzu.4

 迎えてしまった飲み会の日、すずは少しだけ憂鬱な心持で皆で集まる居酒屋チェーン店に向かっていた。


 飲み会。


 本来であれば、すずにとっては楽しみにしているの1つであり、職場の仲間と普段しないような話をして騒いで笑い合う――もちろんそれはメンバーを多少は選ぶところもあるが――、そんな時間は仕事中に溜まるストレスを解消する数少ない方法の1つだった。


 しかし、今回の飲み会は別。

 思わずため息をきながら、LINIEリーニエのメール画面を見る。


そこには、連日送られてきている稲多いなだからのメッセージ。当然のことながら、今日も送られてきている。それも、かなり浮かれた文面で。


永田ながたさん、今日の飲み会楽しみだね!!』


その文面に、思わず頭が痛くなる。一方的に寄せられる好意の恐ろしさというか、以前相談した白井しらい恵島えじまが冷やかし半分に言っていた「そろそろ襲われるんじゃないか」という言葉も、あながち否定しきれない次元に思えてくる。

とはいえ、敢えて稲多だけを省くような誘い方をするのも何となく具合が悪い。そういう理由で、すずは稲多も交えたメンバーでの飲み会を敢行したのであった。


稲多は、終始騒がしかった。

白井の部下として働く山田やまだと、そんな彼と最近付き合い始めた藤野ふじのの2人と話しているときでさえも、そこに割り込むように声をかけてきていた。

もはや、以前は笑って流せていた「酔っ払っちゃった~」と言ってすずの身体にしなだれかかってくる行為にも、嫌悪感にも似た恐怖を覚えてしまう。


そうだ、つい一月前までは稲多もただ少し見た目が醜いだけで、多少話せる同僚だったんだ……とふと思う瞬間もあった。

全ては、あの7文字の言葉から壊れた。


『キスしてもいい?』



 あの言葉を聞いた瞬間のは、今でも残っている。友人と酒を飲んだ勢いでキスすることはあった、軽いノリでなら尚更。

 ただ、あの夜の稲多は……。


 そうこう思い悩むうちに宴もたけなわ、もう数名はできあがってきてしまっていた。そこで自然と帰る者も出始め、少しだけ弛緩した雰囲気のなかで解散すらこととなった。

 そのときでさえ、稲多は。


「永田さん。何かさ、飲み足りなくない? この後に2人でどっか飲み行こうよ」

 そう誘われるときに、毒々しい色の毛虫が肌を這い回るような嫌悪感を覚えてしまう程度には、すずは稲多を嫌いになっていたらしい。

「いや、永田これから山田たちと話すんで先帰っててください」

 少しずつ語気を強めながら何度か同じことを伝えたところ、稲多はようやく店から出た。

 しかしその1分後。


『通話しよ?』


 そんな恐気を催すLINIEが送られてくた。

 それもメールで断りを入れて、少し様子を見てから。


「永田さん、今っすよ」

「うん」


 稲多が帰ったであろう頃を見計らい、合図を送る山田。これは、すずの窮状を聞いた山田の案だった。ただ冷やかすだけの周囲とは違うな、と思いつつもそんな彼に従って外に出る。

 それでもすずはかなり急いで自転車に乗り込んだ。そしてほとんど脇目も振らずに家路に就いた。



  居酒屋があったのは駅前通り。深夜とはいえ、すずたちと同じく飲み会後らしき通行人たちや、泥酔者たちに声をかける警官たちなどの声、そして何より、片田舎という呼び方が似合いのこの地域には不釣り合いにすら思える煌びやかなネオンの明かりでまだ明るかった。

 そこを過ぎた、用水路沿いの一般道。

 夕方ならば車の通行も激しくなる通りだが、日付も回った時間ともなると、もう静かなものだった。


そんな夜道で。



永田さん、待って

永田さん、待って

永田さん、待って



 そんなありえない声が聞こえた気がした。

 とはいえ、恐怖を感じつつも、すずはどこか冷静だった。

 そう、本当にありえないのだ。何故なら稲多が自転車に乗ったのが数分前。ということで、いるはずがなかったのである。それでもその声は家の近くまで聞こえていて、しかも帰宅直後に返した「というか、もう帰ってきてるんで」というメッセージに対して「知ってる笑笑」とまで返ってきて……。


 どうにも言えない気分になったすずが、次に山田に会ったとき。


「永田さん、あの飲みの後追っかけられてたけど大丈夫でしたか?」


 今度こそ言葉を失った。

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