イナダ side of Suzu.3
すずの憂鬱な日々に、終わりはない。相変わらず
すれ違いざまに体を触られるようになった。
手に、肩に、時には油断していた腰元に。何事か用事を作って、すずのところを訪れては体に触れてくるのだ。まだそう寒い時期ではないこともあって、まだ衣服は真冬に着るものほど分厚くはない。
だから、感じてしまうのだ。
その服越しに、稲多の体温と、かさついた肌を。
「ねぇねぇ
ちょっとそれ貸して?
あれ使ってもいい?
今日寒いよね、平気?
あれ、今日調子悪い?
そんな風に、様々な用事がその言葉の後には続く。それに対する嫌悪感を隠し続けることにも疲れて、最近ではもう彼女への対応を雑にしている。ついでにLINIEも既読状態で返信しないでおいている。
「……何か、完全に自分ではノンケだと思ってたけど同性から告白されて妙に意識し始めちゃってる潜在的百合っ娘みたいですよね、今の永田さんww」
「
「いやいや、聞いたら誰だってそう思いますって。ね、
「それは別に思わないなぁ……、それより昨日は何かあったの?」
いつも通り、稲多の件を相談した2人はあまり真面目に取り合ってはくれていない。それどころか、間違いなく楽しんでいる。白井のこういうネタへの食いつきぶりはいつものことだが、問題は恵島の方。
何をどう説明しても絶対に百合の方面に持っていきたがる。たぶん今の彼女の手に掛かれば黒も白にされてしまいかねない。正直、このメンツに相談するのはたぶん……いや、ほぼ間違いなく失策だ。
「まぁ、そもそものきっかけが白井さんのリクエストした『処女なの?』とかそういうデリケートなところの質問かも説が強いですからね」
「だってこうなるって思わないじゃんw」
終始この反応である。仕事関係では多少頼れる面もある気がするけれど、たぶん人間的にはかなり欠落した2人なのだと思う。少なくともプライベートでまで関わるかというと、少し考えなくてはいけないだろう。
「まぁ、実際接触してきてる時点でけっこうな事案ですし、執拗にLINIEとかされてるんだったら立件できるかはともかく警察に相談くらいしてもいいんじゃないですか?」
「ふーん」
「さすがはストーカー」
「違います」
そんなやり取りをしたことで浮かんだ『相談』という選択肢ではあったが……。
「でも実際、ほんとにそういう――恋愛感情とかであの7文字が出たかもちょっと怪しくないですか?」
実のところすずは、稲多が自分に寄せている感情が恋愛感情であるかについては懐疑的だった。異性経験のない稲多から聞いた話では、40歳を超えたあたりからそういう方面の欲望が高まっているとのことだった。
そのことを話した相手で、それに少しタイプな顔だから……ただそれだけの理由である可能性だって高いのである。
「だって稲多、あれですよ? 恵島さんはレズにしたがってるけどあの人のタイプは『可愛い男の子』なんだって。で、たまたま私がそういうタイプだったってだけで、」
「つまり女の子が好きなんじゃなくて好きになったのが女の子だったと、ふむふむ……」
「何書いてんだし。で、だから別に恋愛とかそういうんじゃないかも知れないってことに気付きまして」
だからこそ、はっきりさせたいと思ったのである。
稲多が自分に持っているのが好意であるのか否か。そしてあの7文字の言葉を取り消してほしいという気持ちもあった。
「でも気を付けてくださいね、変に直接訊いたりすると、違ったとき永田さんが壮絶な自爆をしますよ?」
「大丈夫、味方いっぱい作っとくから」
「そうなんだ、頑張ってww」
「白井さん笑い過ぎですよ」
とは言ったものの、頑張るしかない。
そうできる機会は、すぐ傍まで迫っていたのだから。
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