イナダ side of Suzu.2
彼女について一言でいうとすれば、醜く汚らしいという印象を持つ者が多いのだろう。
まず目につくのは、飛び出た両目。
度の強いメガネをかけているせいもあるのだろうが、真正面から見ると、もはや眼窩から飛び出ているのではないかとすら思ってしまうその眼は、常に見開かれており、その眼を見て泣き出した新人がいるというのは既に職場内で知れ渡っている話である。
ボサボサになった、恐らく天然パーマらしき頭。本人曰くそれなりにセットはしているとのことではあるが、申し訳程度のものであることが窺えてしまう。
若干肥えた胴体に、普段から放漂っている――そしてトイレを使った後などに激烈に残る――体臭。嗅いでしまった者が言うには、まるで長年掃除せずに放置していた犬小屋のような獣臭さが鼻を刺激するのだという。
そんな、有体に言えば魅力的とは程遠いとも言える稲多。
彼女から、すずは尋ねられてしまったのだ。
『キスしてもいい?』
「――――っ!!」
思い出しただけでも、怖気が走る。
一瞬だが、想像してしまったのだ。
今にも飛び出して来そうなほど見開かれた両目。どこからとははっきり言えないが、とにかく彼女がいる空間から漂ってくる据えた獣の臭い。その両方が徐々に近づいてきて、やがてガサガサにひび割れた肌色とも白ともつかないハリも艶もない唇が押し当てられるところを。
恍惚とした顔すらも、想像するにはおぞまし過ぎる。
「――っていうことがあって……」
すずは、普段職場でよく話す
「面白いね、それ。してこなかったの?」
「百合展開キタコレ!
…………少しも真面目に聞く気配がない。というか、これ以上ないというくらいに楽しんでいる。さすがにそういう反応が普通かと思っていたが、この2人と同じ部署で働く
「2人ともほんっと人の不幸を楽しんでるっていうかさー」
「えぇ~、そういうわけじゃないですよ!? ないですけど……ふふふっ」
「キスして来ればよかったのに、面白いんだから」
「ちょっ、それは可哀想ですよ~、ねぇ?」
「恵島めっちゃ顔笑ってるけどね」
「そうですか? そうですか~、ふふふふっ」
「笑い過ぎっ」
そんなやり取りの後、1人になったすずは、スマホの通知音に気付いた。
スマホユーザーの大半が使用しているらしい通話アプリ、『
それは、いつもほぼ同じような内容。
それまでのように、何の意識もなく見られた頃には戻れないというのに、それを強引に巻き戻そうとするかのように、毎日同じ内容が来るのだ。
『ねーねー、また飲みに行こうよ! こないだの楽しかったから』
もしかしたら、ここ最近の接し方が悪かったのかも知れない。
それで、変な気を持たせてしまったのかも……?
思い返すのは、稲多との関係が決定的に変わるよりも前――まだ冗談半分に会話を進められた頃に飲み会で交わした会話。あれがきっかけなのだとしたら……。
恐ろしさと、少しの後悔。
すずの苦悩の日々は、まだ終わらない。
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