木曜日の恋
「あのさ
「――はっ!!?」
うわ、思い切り引かれた。まぁ、私だって言われる側の立場だったら絶対ありえないけど。
雨が降る木曜日、少し寒くなってきた会社の屋外休憩所で。
ふとそんなことを言いたくなったのだ。
といっても、別に山田に対してそんな気持ちを持っているわけではない。強いて言うなら他の同期よりは接する機会多いし、まぁまぁ話聞いてくれてるし、そこそこ頼りになる。うん、ポジション的には信頼してるお兄ちゃんって感じなのかな。
間違っても元カレとかみたいに、会っててもほしくなるとかそういう対象ではないのだと思う。そんな風に見ようと思ったこともない。
最近、職場の中での部署異動があって、やる仕事が変わった。
今の仕事を簡単に言えば、職場内の荷物運び役。
それまで違うことをしていたから慣れない仕事ではあったけれど、色々教えてくれる人がいるから決して大変ではない。
まずは、シフトの関係で木曜日はいない上司――
私が最近配属されたばかりのこの荷物運び役のリーダーさんだ。
キャリアが長いこともあって何でも訊けるし、私がミスしそうになった時には教えてくれる。手は貸してくれるけど、基本的には私自身に色々させてくれるから、まぁそこら辺はありがたい。
白井さんがいれば大抵のことでは困らない。
……たまに反応に困る話題を振ってくるところが玉に瑕だけど。
そこは別に、明るい人ということで何とかできる。前に少しだけ付き合ってた、セクハラ紛いの事しかしてこないやつよりかはよっぽどマシだから。思い出しただけで鳥肌が立ってくる。
あいつと縁を切れたのは本当に今年1番の吉事かもしれない。
それで、いろいろ教えてくれる人その2。それが山田。
私とそんなに変わらない時期(たぶん私の方が数日だけ早いくらい)に入った同期だ。だけど、色々な部門に回されていた(というかたぶんそれなりに小器用だったから色々任された、と思うことにしよう)私に対して彼は早々にこの荷物運び担当に固定されていたから、この仕事に関しては私よりもずっと先輩だ。
けっこうズレているらしい私の言動に対してもわりと容赦なくツッコミを入れてきたりして、一緒に過ごしていてそれなりに楽しい相手。
で、それなりに疲れさせているらしいけど、何だかんだ見限らないで私のことを気にかけてくれている相手。
山田のことは、一応そういう風に見ている。
逆に言えば、それだけ。
仕事仲間以上の関係になろうだとかそんなことは全然思ってない。
そりゃ、一緒にいればだいぶ心地いいけど、それとこれとは大違い。別に私が山田をそういう目で見る理由にはならない。
ただ、どうしてか心地いいだけのこの時間を揺さぶってみたくなったのかもしれない。
毎週木曜日。
シフトの関係でここに白井さんがいないから、必然的にまだ独り立ちして仕事ができないでいる私の面倒を見る役になってくれている山田。そうやって、ほぼ2人きりの状態で仕事を続けて、雑談して、色々教わって、そこそこ連携みたいのがとれるようになってきて。
その中で交わされるやり取りも、言ってしまえばちょっとマンネリになってきて。
たぶんそんな状態をちょっと揺らしてみたくなった。
きっと、それだけ。
ちょっと前から頭の中を掠めていたその言葉を、口に出してみただけ。
それがたまたま雨の休憩所だというだけで。
「で、山田、どうなの? キスしてもいいの?」
「駄目に決まってんだろ!?
「うん、可愛いよね。めっちゃ応援してる」
「お、おぉ……。別に恵島さんに応援してもらわなくても大丈夫だけどね」
おーおー、彼女褒められて満更でもないってか? さすが職場恋愛中のお兄様は違うねぇ――とか茶化したら本当に嫌がられそうだからやめとこ。
ていうか、ほんとに相変わらずこういうネタ駄目なんだなぁ、この人。
「ま、冗談なんだけどね。キスとか」
「だろうね!」
「わかってたか」
「というかそうであってほしかった!」
いちいち反応が面白いなぁ、山田。
ひとしきり笑っているうちに、休憩時間が終わる。
最近は、私もちょっと1人でする仕事が増えてきている。次ここに集まるのは、4時間くらい後の午後休憩かも知れない。
ま、別にいいんだけど。
「山田、雨やまないね」
「そうだね。でももう休憩終わるし」
「そだね」
休憩前よりも強くなった気がする雨の中、私たちは休憩所を後にする。
山田がもみ消したばかりのタバコの匂いが、雨の臭いに紛れてまだ漂っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます