鳩の死骸

 鳩の死骸。

 日常歩いていて実は意外とこれを目にする機会というのは少なくないことと思う。


 たとえば、最もありがちなところだと乗用車が絶え間なく行き来する車道。それも大きなところだと、その他の愛玩動物たちの死骸とともに、時たま見る機会があるものである。

 電車に轢かれたらしいところをカラスに食われているのも何度か目にしたことがあるが、そのエピソードについて語る必要はないだろう。食事中の方への配慮として。

 まぁ、慣れるかというとそうとも言えないものがあるが……。


 と、そんな益体やくたいのないことを考えているのには理由がある。

 俺は今、とにかく暇なのである。


「よし、あらかたリサーチ終わったな」

 初めて訪れた場所。俺は指定された駅の出口に戻って、ロータリーを眺め始めた。

 指定された駅、なんて言うと何やらハードボイルドの気配を感じ取るやつがいるかも知れないが、何のことはない。ネット上でのみ親交のあったやつと実際に会ってみようかとかそういう話になり、紆余曲折の末にそれが実現したのである。


 待ち合わせは午前10時。

 時刻は……思ったより早くリサーチが終わったためまだ9時10分。

 1時間弱あるじゃねえか……。

 初めて足を運ぶ場所だったし、何より俺には俺で目的があったので、しっかりと周囲の地理を把握しておく必要があったのだ。

 事前に立ち寄りたい施設の希望はとっておいたし、その希望に添う店舗だったり商業施設だったりも既にネットで把握していたが、そこ以外に行きたい場所(というか俺にとってはそここそが目的地)があったので……。


「よし、まず駅の本屋行ってから、次にあそこの喫茶店行って、でその目の前にホテルあるから……」

 うーむ、とりあえずルートは把握した。

 普段家族で外出するとき地図を見てナビゲートする役を嫌々やっていたが、初めてそんな役割に感謝したくなった。


 ということで考案したルート。

 まずは合流。互いに素顔をちゃんと知っているとは言い難いからそこから難しいのだが。

 それから駅ナカの本屋。

 駅ビルのどの階にあるとか、開店前なりに調べてあるから問題ない! まぁ、まず色々見て回ろう。とりあえず、この店では純粋に楽しむんだ……とか。

 次に駅のロータリーを抜けて、飲み屋街の中にある純喫茶然とした店。なんとここは午前11時までモーニングサービスがあるらしく、そして立地も俺にとっては都合のいい場所だし、色々な面からちょうどいいと言えるのではないだろうか。

 ……同意を求める相手もいないな。

 で、それから少しホテルで休んでカラオケ店……という完璧からは程遠いながらも現実的にそう言うしかないだろうな、という適当なプランを立ててから、駅からの景色を眺める。


「…………」

 上記の体験とは関係なく鳩が苦手な俺にとって、鳩が上空を飛んでいる状況というのはわりと恐怖しかないのだが、まぁそれはこの話には関係ないな。

 いくつかある出口をグルグル回り、建設中なのか解体中なのか中途半端な状態のビルをぼんやり眺めながら写真に収めたり、往来を行く人の波を適当に観察したりとそれなりに過ごしながら時計を確認すると、まだあと40分以上ある。


 とぼとぼと歩きながら、最初に下りた飲み屋とかプレイスポットが多く見える出口に戻った俺は、そこでどうにか暇を潰そうと考えていた。鳩の死骸についての回想は、ここに帰結する。

「……お」

 エスカレーターから下りてくる人の中に、なかなか――いや、かなり綺麗な少女の姿を見つけて思わず声をかけたい欲求に駆られたり、バスを待っているスレンダーな美女の姿に目を奪われたりと、わりと目の保養ができる待ち時間ではあったが、やはりつまらない。

 とてつもなく暇だ。

 ということで、その前からしばらく隣に立っていた女性と話すことにした。

「もしかして、誰かと待ち合わせとかですか?」

「……っ、は、はい」

 いきなり話しかけたのだ、最初はそれなりに驚かれもした。それでも少し話しているうちに段々打ち解けてきて、まぁ色々聞かされたり聞かせたり。

 そうこうしているうちに向こうの待ち人がやって来て、連れ立って歩いていくのを見送って待ち人さんから怪訝な顔をされたりしつつ、時計を見るともうすぐ10分前。

「もう、そろそろか……」

 駅周辺の散策も大体終えていたし、そろそろ待ち合わせ場所に向かうか。


 …………ん?


「そういえば、どの出口で待ち合わせだったっけ?」

 最終的に間抜けを晒すのは、いつだっておれの方である。


 その後の顛末については、知っているやつだけが知っていればそれでいいと思う。

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