おじいちゃんとショタの戯れ

 ぼくは、お祖母ちゃんにそっくりだ。

 そう言ったのは誰だっただろう。


修弥しゅうやって、本当に小さい頃のお祖母ちゃんそっくりだね』


 たぶん、そんな風に軽い口調でママが言ったのだろう。ママは、そういうことを言ってみんなが笑うのを見ているのが好きな人だから。もちろんその時も、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、パパも面白そうに笑っていた。

 小さかった頃のぼくはその言葉にほんとにびっくりして、本気で尋ねたものだった。


『えっ! じゃあぼく、おおきくなったらおばあちゃんになるの!?』

 もちろん、ぼくがそう言った時は誰もが笑った。

 誰もが、そんなはずないじゃないかと笑ってくれた。

 そのときのぼくにだけは本当に「大きくなったらお祖母ちゃんになるのか」という不安……というより疑問が浮かんでいたけれど、帰り道でそもそもぼくは性別が男なのだから、年を取ってもお婆さんにはならないし、お祖母ちゃんはお祖母ちゃんだけなのだいう説明をママからしてもらっていたから、それについては納得していた。


 あの頃のぼくらは、きっと知らない。

 ぼくらの未来が、こんなことになっているなんて。


 日が入らなくて、晴れた昼間なのに薄暗い、日曜日のお祖父ちゃんの家。

 ぼくは、学校帰りと休みの日には大体この場所にかよっている。ぼくを迎え入れてくれるのは、お祖父ちゃんだけだ。お祖母ちゃんは、ぼくが小学校に上がるちょっと前に急な病気で死んでしまったから。


 自転車を家の脇に停めて、玄関ドアを開ける。

「おかえり」

 しわがれた声のお祖父ちゃんが、ぼくを強く抱き締める。皺だらけで、血管が怖いくらいに浮き出た細い腕なのに、ぎゅっ、とぼくを抱く力は確かで、少し息苦しくなってしまうくらいだった。

「ん? ああ、すまなかった」

 お祖父ちゃんは優しく笑って、ぼくから手を離す。そのまま、ぼくの背中をぽんぽんと優しく叩く。その手付きは、昔から変わらず「お祖父ちゃん」だった。

 そして、お祖父ちゃんは先に部屋に戻っていく。

「さぁ、おいで」

 そして、いつものようにぼくを呼ぶ。

 もちろん、それを断る選択肢なんてぼくにはない。



 閉ざされた扉が、遠くに見える。

 薄暗い部屋の中で、ぼくたちの口元から聞こえる湿った音だけが響いて時間が流れていることを教えてくれている。

「ん……っ、ちゅ、ふ、」

「…………っ」

 気持ち悪い。

 お祖父ちゃんの口からは、ほかの人からしたことがないような臭いがずっとしている。強いて言うなら、ずっと前に卵を腐らせてしまったときのような臭い。


 唇を割って、舌が入ってくる。

 その感覚に慣れてしまったことに自分でがっかりしながらも、臭くてネバネバしているのにどこか乾いた舌を迎え入れる。

 そのまま、お祖父ちゃんの手がぼくの体をまさぐる。

 服の上から。服の内側に入って。顔を。髪を。体を。執拗にまさぐってくる。


「はぁ……、はぁ……」

 かかってくる息も臭い。お祖父ちゃんの目には、きっとぼくは映っていない。わかってるんだ、そんなこと。

 でも、どうしてだろう。

 気持ち悪いと思っているのに、どうしてもやめられなくて。



「やっぱり帰ってきてくれた、死んでなんかないんだよなぁ……、なぁ、玲華れいか

「……そうですよ、孝蔵こうぞうさん」

 お祖父ちゃんの――ううん、孝蔵さんの言葉に、ぼくはそう答える。


 

 ぼくがこんなことを続けているのは、お祖父ちゃんが可哀想だったから。


 お祖母ちゃんが死んでから何も見ようとせず、何も食べようとせず、生きることすら投げ出してしまいそうだったお祖父ちゃんは、ぼくが言ったことは聞いてくれていた。

 その理由がわかったのは、去年の夏。

 お祖母ちゃんに似ていたから。お祖父ちゃんにとってはそれだけが、ぼくの価値で。

 それに気付いてからというもの、ぼく自身も抗う気持ちを失った。


「玲華、もっと私を愛してくれ……。もっと、傍にいて、お前を感じさせてくれ……」

「もちろんですよ、孝蔵さん」


 パパもママも、ぼくがここにいる間は訪ねてこない。

 冬休み中にしまってから、たぶん春のお彼岸にも、このお盆にも、1回もこの家を訪ねていないと思う。それでも、ぼくがここに来ることを止めてくれたりはしないんだよね。


 でもね、孝蔵さん。

 わかってるのかな。

 きっと修弥レイカは、玲華お祖母ちゃんのようにずっとあなたのことを好きなままではいられないんだよ? あなただって、きっと。


 一瞬浮かんだ冷たい気持ちから目を背けるように、ぼくは込み上げるままに声を上げた。

 日曜日の太陽は、ようやく傾いたばかりだ。

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