ショタの戯れ

 塩素の臭いが目にしみる、男子更衣室。

 夏場の水泳授業はほとんどの児童にとって天国のようなもので、特にその性徴に伴う心配事とは無縁な男子児童にとっては、思春期談義に花を咲かせるという意味で、着替え中から楽しみの連続である。


 そして、これはそんなお楽しみの一幕……



「なー、3組の松野まつのってエロくね?」

 そう口火を切ったのは、クラスのリーダー格である翔太しょうたである。ガタイがよく、爽やかな印象を与える程よい短髪と健康的に日焼けした肌からは、実際に体を動かしているところを見なくとも彼がアウトドア派なのだと容易に推測できる。

 そして、そんな彼は他人のことをとやかく言えないほど、思春期真っ只中である(彼の言葉を借りるなら、エロいというべきだろうか)。

 この日の話題は、本日彼らを待ち受ける合同水泳授業の相手方である5年3組の女子、松野 恋華れんかのようである。


「え、松野?」

「おぉ。だってあいつ、5年なのにもうすっげぇ胸でかいじゃん。エロくね?」

「翔太わかってねぇな~。胸ってさ、あんま大きくてもつまんなくね?」


 知ったような顔で語るのは、理知的な顔立ちをした藤上ふじがみである。メガネを外している顔ですらそう見えるが、普段しているメガネとすらりとした長身が、よりその印象を強めている。


 一見すると真面目そうに見える(実際授業態度などはかなり真面目な)藤上だが、彼も思春期の男子である、当然のことながら、「そういう」ことへの興味は有り余っている。

 

「藤上はなぁ~、カノジョいるしなぁ~」

「はぁ!?」

「ほら、イインチョ」

「な、なななな何で壱佳いちかが出てくんだし!」

「ほらほらイチカだってよ~!」

「うっせ、言うのやめろし!」


「「いちかいちかー」」

 周囲で着替えていた男子たちも、一斉にはやし立てる。

 彼らにとってこういうネタは、そこらの回らない寿司よりもおいしい。そもそも回らない寿司ってあんまり食べられないし、全然おいしさを感じられない……というのが彼らの弁である。

「~~~!!!」

 先程までの冷静な態度はどこへやら、すっかり顔を赤くした藤上は、その場で屈み込んでしまった。

 その様子をひとしきり笑ったあとクラスメイトたちは、議論に夢中ですっかり着替えが後回しになっていた翔太と藤上の2人だけを置いて教室へと向かって行ってしまった。


「イチカもそういやちっさいしなぁ……」

「うるせぇ」

 勢い付いたからかいにも力ない反応を返すしかできない藤上の様子に、ふと翔太の中にあるいたずら心が芽生えた。


 別に、そういう趣味があるわけではない。

 ただのいたずら心だ。

 そう言い聞かせながら。


「なぁ、藤上。お前さ、ちっさい胸ってどれくらいのが好きなわけ?」

「あ?」

 項垂れたまま振り返りもせずに聞き返す藤上に向かって、翔太はゆっくりと近付く。足音を忍ばせて、あたかもまだ自分は教室の端にいると思い込ませるように。

「なーなー」

「うっせぇな、俺は別に小さいのが好きとかじゃなくて大き過ぎるのが好きじゃないってだけなんだよ」


「じゃあ、ちょうどいいのはやっぱそんくらいか?」

 言うや否や、翔太は背後から藤上の胸に指を突き立てた!


「んひ……っ!?」

 思わず声を漏らした藤上に、いたずらを仕掛けた本人である翔太も思わず飛び退く。

「わっ! 変な声出すなよ、気持ち悪ぃなぁ!」

 背後から聞こえる声に振り向いて、「うわ」と呟いてから胸を押さえて後ずさる藤上。その顔は羞恥と怒りで赤々と染まっている。

「てっっっめ翔太お前ホモかよ!? お前こそ気持ち悪ぃからな!!」

「ホモなわけねぇし! そっちこそ、なに女子みたいな声出してんだよ!」

 負けじと言い返す翔太。その顔も、照明が消されていてわかりにくいが、やはり少し赤くなっている。


「変態!」

「女子声!」


 そこから始まった2人の言い合いが終わったのは、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってからのことで。

「わ、やば早く着替えねぇと!」

「先生に怒られたら翔太のせいだからな!」

「藤上が小さい胸が好きとか言うからだろ!?」

「言ってねぇし!」

 そんな言い合いの果てに、生活指導教諭に「廊下を走るな!」と叱られながらもたどり着いた教室で、やはり2人纏めて怒られた翔太と藤上。


 ただ、担任教諭の声も上の空で2人が思ったのは。

(やばい、藤上の声なにげにドキッとした……)

(ありえない、ちょっと……やばかった)


 もちろんそんなことを口に出すはずもない2人が、先程のような戯れ方をする予定は……当分はない。

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