父×息子・2

「おい、どうした!?」

 ソファで寝そべっていたひぐれが上げた顔には、確かに涙が流れた跡があり、よっぽど必死にこすっていたのだろう、目元はれて真っ赤になっていた。


「え、どうしたって何が? お父さんこそ、何か必死な顔してどうしたの? 何か、変じゃない?」


 こわばった笑顔で訪ねてくる宵の肩を、思い切り掴む。

 いつもみたいに、飄々とした態度だったりとか茶化した言葉だったりとかで今日も逃げられると思ったら、それは大間違いだと言いたい気分だった。

「話してみろ、宵。今日、何があった?」

「えっと、お父さん。話したら怒る?」

「怒らなきゃいけないことだったら、そりゃ怒る」

「……じゃあ、言わな、」

「言ってくれないと間違いなく怒る」

 最後だけは、少しだけ声を低くした。自分の子どもと話をするときでさえもそういう「わざ」を使ってしまう自分に少し幻滅しながらも、それだけ必死にならなくてはいけないことなのだと自分に言い聞かせてどうにか気持ちを落ち着かせる。


「話してくれないか、宵」

 俺としては、宵に何があったのか知りたいだけなのだ。

 どうして宵が泣かなければならないのか、泣くようなことが起きてしまったのか、もしくは誰に何をされたのか、何も聞けなければ不安が募るばかりだし、どうしたって悪い方悪い方にばかり考えてしまう。


 それこそ、見たくないようなものさえ、想像の中では見えてしまう。

 吐き気がするような、心臓が止まりそうなほど鼓動を速め、耳を塞ぎたくなるような光景まで、浮かび上がってくる。

 振り払いたくても振り払えず、不吉な想像が止まらない。

 どうにかそれを打ち砕いてほしいから、宵の言葉が聞きたい。

 宵の口から、聞きたかった。


 そんな気持ちのせいで、必死になり過ぎていたのかもしれない。

「痛い……」

 小さな涙声が聞こえてハッとした俺を見上げていたのは、いつもの人を食ったような顔ではなく、年相応の、母親似の(こんなことを言っていいかわからないが)可愛らしい顔立ちのせいで余計に庇護欲を駆り立てるというか、余計に可哀想に見えてしまう泣き顔だった。

「………………」

「お父さん?」

「――――、あ、ああ、わ、悪かった。強く掴み過ぎた、よな……」

 首を傾げられて慌てて手を離す。離す必要なんてなかったはずなのに。


 それにしても、どうしてだろう。


 幼い頃の宵が泣いていたら、どうにかして泣き止ませないと、と思った。宵には笑っていたほしかったし、笑ってくれていれば幸せだった。逆に宵が泣いてしまっていたらとにかく泣き止んでほしかったし、泣いている理由もわからず、泣き止ませることもできない状態だと、俺自身も泣きたくなるくらいに辛かった。


 それが、当たり前だと思う。

 自分の子どもに泣いていてほしいと思うやつなんて、きっと普通とは言い難い。少なくとも、俺はそういう人間ではないと思いたい。

 なのに。

 どうしてなんだ。


 気が付いたら母親にすっかり似た顔になっていた息子の泣き顔を見て。

 もっとその顔を見ていたいと、一瞬だが思ってしまっていた。

 

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