遊月のお題箱

遊月奈喩多

父×息子・1

「あぁ……、どうしよ」

 今のところ俺に出来るのは、頭を抱えることだけだった。

 その理由は明白であると言わざるを得ない。わかっているからこそ、頭を抱えるしかないのである。


 理由は他でもない、たった1人の息子、ひぐれである。

 ちゃんと布団に入って寝ろと言っておいたのに、部屋のソファで寝そべりながらゲームをやり、そのまま健やかな寝息を立ててしまっている我が息子である。中学生にもなって、ということをあまり言いたくはないが、まだまだだらしないし色々と子どもっぽい。

 背もちっこいし、変声期入りたてといっても、声もまだまだ高い。

 それでもって、顔は死んだ女房にとてもよく似ている。


 正直言って、たぶん反則だった。


「どこであんなの覚えて来やがったんだ、このバカ息子……」

 思わず口から漏れた独り言は、どうにか息子を起こすことなく空気に溶けてくれたらしい。

 俺は、もう何年もやってすっかり慣れた姫抱っこで宵を持ち上げて、寝室まで運ぶことにした。


「はぁ……」

 思わず、溜息が漏れた。


 * * * * * * * *


 中学校になって少し帰りが遅くなってきた宵が、今日は俺が帰宅するのとほぼ同時に帰ってきた(普段は6時前には帰ってきていたのが、今日は8時過ぎだ)。というか、俺が玄関で靴を脱いでいる時に帰ってきたから、俺の方が先だ。

「あ、お父さん。ただいま!」

「おかえり、宵。今日、帰り遅くないか?」

「んー? そうかな。一緒にいた子はまだ遊んでから帰るって言ってたけど」

「でも、遅いんだよ……。心配になるからそういうのはなるべくやめといてくれないか」

「はーい」

 気のない返事には、当然のことながら本気の欠片もない。

 俺は、思わず溜息をついていた。


 もちろん、俺だって宵くらいの年齢としには友達とそこら辺で遊びまわって夜遅くなって、親だったり警察だったりにこっぴどく叱られたりしてきたものだった。別にそれで懲りるようなことはなかったし、まぁまぁそれなりに楽しかった。


 ただ、である。

 ただそれを宵にまで真似させようとは思わない。というかしてほしくない。

 楽しいと言ったって危険なことがないわけではなかったし、夜にうろついてると見たくないようなもの(教育実習生の女子大生が、クラスメイトの父親と野外で勤しんでいる現場だったり、とにかくそういう幻滅するような光景)を見ることだって少なくはなかった。

 宵にはそんなのまだ早い……と思わないでもない。もちろん年齢が年齢なのだ、多少はそういうことに興味を持ったっていいだろうが、たとえばそれが高じて何か間違いとか起こしやしないかとか、そういう心配は尽きない。

 何にしたって、宵の容姿は人目を引く。

 親の欲目とかそういうのを抜いたって、宵は可愛らしい顔をしていると思うのだ。現に、どうやら宵に言い寄ってくるのは女子生徒ばかりではないらしいし。


 で、そんなことは秘密にしておくのが普通なのだと思うが、宵はわりとそういうのを明け透けに言ってくる。

 もちろん、隠されるよりは心配はないのだろうが(あまり隠し事をされないからされる気持ちはよくわからない)、それでも「告白されたから適当に遊んでたら遅くなった」なんて言われたら心配にはなる。


 女房が死んでから、1人で宵の面倒を見てきた。

 この子にとっては俺が唯一の家族だし、俺にとっても息子はたった1人の家族だった。

 だから、神経質過ぎることを自覚してはいても、やっぱり宵の身に危ないことが起こりやしないかと気を揉んでしまう。それで距離をとられてしまってはたまったものではないが、心配せずにはいられないのだ。


 そして、今日も。

 宵が帰ってきてから十数分後、俺は台所で食事の支度をしながら声をかける。

「じゃあ、とりあえずお風呂入っちゃえよ~。その間にご飯作っとくから……ん?」

 呼びかけても、返事がない。

 というか、宵が寛いでいるはずのリビングからは物音がしない。

 何かあったのか!?


「宵、どうした?」

 声をかけるが、返事はない。

「おい、宵」

 手に持っていた包丁を置いて、少し声を張るが、何も返ってこない。

「宵!」

 いてもたってもいられなくなって。

 台所を出て、リビングに行くと。


「宵……?」

「あ、お父さん……っ、え、えっとどうしたの~?」


 ソファに寝そべって寛いだフリをしていても、ソファに染みた涙の跡と赤くなった目が誤魔化せていない宵の姿がそこにはあった。

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