山の中の蛙

 じいさんが、麦わら帽子を指でピーンと空にはじいた。


――それが、手合わせの合図だった。


 勇躍。

 接近。

 打突。


 俺の突きを、じいさんは、柔らかい体捌きでかわした。


(!!)


「手加減せんでもいいぞ? ほれ、もっと本気で来んかい」

「なめるな!」


 オイラは筋肉に力を入れる。物心ついてから、一度もオイラを裏切った事の無いオイラの筋肉。力を拳に、肘打ちに、体当たりに変えて打ち出す。


 しかし――。


 じいさんは、ひらり、ひらりと、木の葉のような身のこなしで、かわしていく。


(当たらない!)


 数歩下がって距離を取り、一息の間もなく、突進、跳躍。


(いない!)


 そして、後頭部。首筋の筋肉が、戦慄をオイラに伝えてくる。


 ビシッ!


 嫌な音と共に、鼻にツーンとした、熱い鉄のような苦味。目まい。

 首の裏を、手刀的なのでやられた……のか?


「力まかせに振り回すだけじゃ、だめじゃよ」

 じいさんは笑った。息も乱れていない。


 一方のオイラは、体中に変な汗。苦しい。

「くっそ! こんなはずじゃ……!」

 ヒザがカクカクと震えている。


「さすがにもうわかったじゃろ? ひよっ子」

「まだだ!」


 俺は渾身の力を振り絞り――。


 そこで意識が途切れた。

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