水曜日:舞台『盆踊り』
水曜日:舞台『盆踊り』
今晩は和尚が袈裟を脱いで人に還る。
孫の手に引かれ、よたよたと人混みに流される背中は毎年変わらない。縁石の上をつと歩きながら、猫はうまそうな香りに鼻先を宙へ向けた。ひくひくとひげで方角を見極め、人の足を避けて花壇の横を通り抜ける。
「焼きそばを二つ」
彼の声に、ぴくりと耳を澄ます。天井から敷かれたビニールの壁を避け、入り口から幾つか離れた先の屋台に、見慣れた横顔を見つけた。
「はいよ。毎度あり」
また秋はよろしく頼んますと頭を下げる屋台主の背後を回り、猫は人の波の流れを辿る。孫に袋を持たせ、和尚はよたよたと歩き出す。屋台の隙間から躍り出たいところだが、彼が驚きに腰を痛めては気分が悪い。
花壇を飛び越え林に入り、祭り会場へと先回りする。空気の振動が風のようにひげを揺らす。音と香りに溢れ、人や炎の熱気に満ちたこの場所は、季節を凝縮したように輝いている。
積もりに積もったゴミ箱の側へ寄る。後ろ足で地面を蹴り、見事前足でゴミ箱の縁にたどり着いた猫は、がさりがさりと器用にゴミをかき分け、己が食べる物を探す。
「これ」
首輪をくいと引かれ、にゃあと鳴けば和尚のしかめ面と出くわした。驚かされたのは猫の方で、ぱ、と指が離れるや地面へと跳躍する。
「みっともない真似をしてくれるな。ほれ」
一欠片にちぎった肉片を掌に乗せ、和尚が腰を屈める。孫は近くのベンチで細長いものを食べており、和尚もまた、これから食事をするらしい。
猫らしく鳴きもせずしてその手を舐め、猫は匂いを嗅いでぱくんと口に取り込む。久しく食べぬ肉の味に喉が喜んだ。
尻尾を立てて和尚を見送り、少し間を置いてからベンチの上へと飛び上がる。
空いた膝の上に我が身を陣取り、猫は大きな欠伸を一つ、四つ足に隠して丸くなった。
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