5 修整

 私とコフルは、川原で拾った捨てられ護法童子のトーチを連れて、小雪の修整所に戻った。

 大路の脇に建つ修整所の建物は、薄汚れた木造の三階建て、周囲を空き地に囲まれてポツンと孤高の風情を宿している。三階の窓はカーテンが閉じているけれど、どの窓からも、隙間から何かがのぞいているような気配が感じられる。

 部屋は空いてるって言ってたけど、ほんとなのかな……見えない同居人とかいる部屋でないといいけど。


「先生、患者を連れてきましたよ」


 門をぐいと押し開けて、コフルが中に声をかける。応答はない。小雪はまだ昼(?)寝の最中だろう。

 一同そろって屋内に踏み入り、さっきの病室の扉を開ける。

 ベッドに横になっていた小雪が顔を上げた。白い顔の横に、艶やかな髪が一筋、頬に沿って垂れている。唇にかかった髪を指でそっと退けながら、小雪は細く目を開ける。


「あれ、もう戻ってきたんだ、ハナちゃん。おかえりなさい」


 きわめて自然に、彼女は私に「おかえり」と言う。なんだか面映ゆい。


「こちらがアタシを直してくれるヒト?」


 ドアの前にたむろする私たちの間から、トーチがひょこんと顔を出す。片足が欠けているわりに、仕草は軽やかで素早い。ぴょこぴょこと左足だけで小雪の前まで近づき、右足の断面を指さす。


「こんな感じなんだけど、あなた、何とか出来る?」

「ふむむ?」


 唇をとがらせ、小雪はトーチの太ももをしげしげと観察し始めた。白衣のかくしから取り出したガラス棒(いや、ガラスじゃないかもしれない、何かの棒)で、太ももの断面の辺りをちょこちょことまさぐる。


火性かしょうの護法ね。呪力の弱まったところに水を受けたのか、災難ねえ」

「召喚主がいい加減でさ。護法や式神を手当たり次第に呼び出して、管理しきれなくなったってわけ」

「近頃増えた手合いね。ひとりでどうにか出来るつもりでも、保険をかけないから簡単なミスやトラブルで管理が崩壊する。ケチくさいったらない」

「仕方ないっしょ? 現世の資源は有限なんだからさ」

「護法の方が主より物わかりが良いんだから。この世の理はもうとっくに転倒してるのね」


 与太話をするあいだに、小雪はガラス棚から大きな薬箱と瓶を取り出してきている。

 瓶の中には、炎をまとった何かの霊……だろうか? まるで炎そのものを閉じ込めているみたいに、青い炎が微動だにせずに分厚い瓶の中にしまい込まれている。


 小雪が蓋を捻って開けると、ぽん、と、破裂音がして炎が外に飛び出してくる。


「ちょうどしっくり来そうな素材があったから、これでいいか」

「いいか、っていい加減ね」

「適当すなわち適切。私の診断に間違いはないのよ、結果的に」


 うそぶきながら小雪は、空中に飛び出した炎を棒を使っておびき寄せ、トーチの右足へと近づけていく。

 神妙な声で訊ねる。


「思い出せる? 元の自分」

「何となく」


 トーチはつぶやき、目を細める。


 とたん、宙に浮いていた炎の素材が、渦を巻きながらしゅるしゅるとトーチの右脚、欠けて失われた辺りへとわだかまっていく。

 そして、自分の形を思い出そうとするみたいに、炎が形を変えていく。


 細くてまだ成長しきっていないような骨張った脛、丸い膝小僧、そして爪まで念入りに再現されたつま先。すべてが炎を素材に生まれ、トーチの体に瞬く間になじみ、接合する。

 むき出しの足を、やはり炎から生じた袴の裾と、よく磨かれた革の靴が覆い隠していく。


 しばらくして、トーチの新しい右脚が完成した。左脚と比べても何の遜色もなく、とうてい作り物には見えない。


「ほい。落ち着くまでちょっとかかるかもだけど」

「いや、全然しっくり来てる。やっぱ、ないよりあった方がバランスいいよ」


 トーチはにこにこしながら脚を曲げたり伸ばしたり、内に外に捻ったりしている。とん、とん、と床を両足で蹴って、ぴょこんと立ち上がる。

 満足げに、トーチは小雪に笑いかける。


「よし、いけるいける。ありがとね、助かった」

「どういたしまして」


「すごいね、小雪。あっという間に治しちゃった」


 小雪は退屈そうに、あくびをひとつ。


「成功しすぎて物足りない。多少は苦戦させてくれないと、治した甲斐もないよ」

「変なの、うまくいってるのに文句言うなんて」

「先生はいつもこうです。失敗とか不測の事態とかが大好きなんですよ。そのくせめんどくさがりなんだから、よくわかりません」


 コフルはため息混じりに首を振る。小雪は助手のそんな態度に不満そうだ。


「刺激がほしいじゃない。何もかも順調にいってたら、それこそ退屈で死んじゃうわ。だからハナちゃんを拾ってきたりもしたし……そういえばハナちゃん、新しい居場所は見つかったの?」

「ううん。川原でトーチを拾ったんで、それどころじゃなくて」

「で、どうするの、これから?」

「これから……」


 そう言われても、夕闇に来たばかりの私には右も左もわからない。何ができるのか、何をすればいいのか、どうしたら受け入れてもらえるのか。


「……すみません、まだ何にも考えられてないです」

「さっきも言ったけどさ。もっとふてぶてしく、図々しくていいと思うよ、ハナちゃんは。行くとこないから居座らせて、くらい平然と主張するくらいでちょうどいいんだから。この街ではさ」

「そうですよ、ハナさん。先生を見ればわかるでしょう?」

「そーだよハナ、一緒にいようよ」


 トーチが私の背中にくっついてきて、耳元で大声で告げる。私は顔をしかめつつ、横目でトーチの笑顔を見る。背中があったかい。

 ひょっとしたら、トーチも私のことを愛してくれるんだろうか。護法童子っていったら立派に仏様の側近だし、低級、って言っちゃったら失礼かもだけど、まあ、この子も霊の内だし。


「ほら、この子ってばもう居座る気満々でしょう。このくらいでちょうどいいんですよ」

「確かに……」


 コフルの言葉に、私は苦笑で答える。なんだか、知らず知らずのうちに、あっという間に友達が増えて、一緒に住むって話になってて、頭の回転がちょっと追いつかない。

 けど、この勢いに乗っちゃった方がいいんだろうな、って予感がある。遠慮してても何も起こらないんなら、自己主張しちゃえばいいんだ。

 名前もなかった私に、どうせ失うものなんて何もない。


「それじゃ、せっかくだし私も居座らせてもらっちゃおうかな。部屋は空いてる、って言ったよね?」


 私がそう告げると、小雪は一瞬、頬に笑みを浮かべた。

 顔の横に垂れている長い髪を、指先でちょっと払う。と、その瞬間にはもう笑顔は消えて、退屈そうなあくびをひとつ。


「三階に、お客さん用の宿泊室があるからそこを使ってね。病室の方を使ってもいいけど、病気になるからおすすめできない」

「病室は病気を治すものなんじゃないの?」


 矛盾した小雪の言葉に問い返すが、彼女は目を細めて首を振るだけ。ううむ、なんか曰くありげな……


「ね、アタシはどこに住めばいい? 小雪と一緒の部屋?」

「そこの竈」


 部屋の片隅に据え付けられた古風な煉瓦の竈を指さす小雪。

 いや、それ棲むとこじゃないんじゃ……


 トーチは怒るかと思いきや、目を輝かせて、私の背中でぱちぱちと小さな火花をあげる。


「わ、いいとこじゃん。こういうの憧れてたんだよね。ほら、見てよあの煤、相当な年季ものだよ」


 不思議な喜び方をするトーチ。好みのツボはヒトそれぞれだなあ。

 トーチは私の背中を離れて、竈のなかに飛び込んでいく。ぼん、と黒い煤がわき上がったと同時に、内側でほんのりと明るい炎が灯って、ぱちぱちと穏やかな火が立ちのぼる。

 外の夕焼けの色に似た、鮮やかな赤。


 小雪が満足げにうなずき、私の方を振り返る。


「ハナちゃんも、早く慣れるといいね。この街に」

「……うん」


 小雪のほほえみを見ながら、私はうなずいた。

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