第17話
透は自分の絶望的な顔を、見なくてもよくわかっていた。自分はしっかりと翔の手を握っていたはずだ。握っていたが、その手を離してしまったのだ。
守ってやると誓わなかったか?
安心しろと言わなかったか?
任せろと大口をたたかなかったか?
俺はいっつも大言壮語吐いて、それを守れないでいる。翔のけなげさに頼ってるのは俺のほうじゃないのか。兄貴らしく、父親らしく、男らしくいられる要素を、俺から引き出してくれてるのは、他でもない翔じゃないのか。
カプリコーンのポンポンがひどくうっとうしかった。
まるで自分を責めているように感じた。
いまごろ翔はどうなっているのだろう。最悪だと、もうおだぶつしているかもしれない。これは何かの罠なのだろうか?
透がいくら考えても答えなど見つかるわけもなく、ただカプリコーンに導かれるままに先に進むしかなかった。
何かをせずにはいられず、透はほとんど駆け足で穴を降りていった。しだいに呼吸が乱れ、のどがしびれ、横腹が痛みだし、疲れて動かなくなった足を止めた。穴の様子にまったく変わりはなく、透はてっきりだまされたのだと思い込んだ。
またもやせかすように足元で、ポンポンがはじまりだした。
透はやみくもに足元に手に伸ばし、運が悪いカプリコーンを一匹捕らえた。カプリコーンの悲鳴が穴じゅうに響き渡り、辺りから続々とキュキュキュという声が集まりだした。手のなかの小動物がジタバタと暴れ、キューキューと泣きわめいている。
カプリコーンのザワザワという気配が透を取り囲んだ。
透はしだいに薄気味悪くなりはじめた。
「お、おまえらが素直にジェヌヴんとこに案内しねぇからだ……」
その声も自信とともにしぼんでいく。
威勢のいいのが足元で悲鳴めいた声を張り上げていた。
なにを言っているのかさっぱりわからない。真っ暗闇でなにをしているのかもわからない。
戸惑っていると、辺りがラジウム光に似た光に照らされはじめた。足元にぎっしりと蛍光緑に光るカプリコーンがうずくまっていた。
薄気味悪いを通り越して、妙な感じがした。
足元の一匹の回りを数匹の大きなカプリコーンが囲み、手を振ったり足を踏み鳴らしたりして、何やら言いあった。
たぶん真ンなかの小さなカプリコーンはリリックなのだろう。
カプリコーンたちは後ろ脚で立ち、その緑色に光る毛のうえからビーズの首飾りや金か銀のサークレットをはめていた。何やら成金趣味のオヤジのように飾り立てとる、と透は思った。
大きなカプリコーンたちは手に古びた棒をもち、リリックが何か言うたびにそれで彼の頭をポカポカ殴っていた。しまいにはリリックが小さな前足を振りながら、透を指さし、憤激してキューキューわめきだした。かなり長いことキュキュキュと透に向かって叫んでいた。
何が言いたいのかなんとなく察しのついた透は、手のなかでいまだにもがき続けているカプリコーンを地面に降ろした。しかし、それでもなおリリックの怒りはおさまらないらしく、なにやら言い続けている。
「なにが言いたいのか、俺にはよくわかんねぇんだよ」
すまなそうに透があやまると、努力が足りないとでも言いたそうにリリックが腕と首を振っている。
「なんだよ、じゃこのままついていけばいいって言いたいのか?」
本当にしようがないわねぇ、と言うふうにリリックは腕を組み、偉そうにうなずいた。
「じゃ、なんで最初から光らせないんだよ? おまえらのせいで翔が穴んなかに落ちたんだぞ!」
ガヤガヤとカプリコーンは何組かのグループを作り、言いあいをはじめた。
キュキュキュとリリックがなにやら言っている。
かなり長いボディランゲージと試行錯誤のすえ、「ジェヌヴにばれる」という文章を作り上げた。
「なんだよ、光るとジェヌヴにばれるのか」
リリックはまたも偉そうにうなずいた。
ということはもうばれているのではないのか?
透はタラリと額に冷や汗をたらした。
「なんで光ったんだよ!?」
すかさずカプリコーン一同が指を透に向けて、ブーイングならぬキューイングをしはじめた。
一匹のリリックが一喝を入れ辺りに静まらせると、透についてこいと合図した。
今度ばかりは透は立ち止まりはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます