第14話

 次の朝はのんびりとしていた。

 太陽がだいぶのぼってから透は起き出し、寝癖で四方八方に乱れた髪を手でなでつけ、かゆそうにボリボリと爪を立てた。

 翔がホァロウを手伝って炉で簡単な調理をしているところへいき、その傍らにうずくまった。

 何度かあくびを漏らしながら、楽しそうに朝食兼昼食の用意をする翔を、透は眺めた。

 柔らかそうな栗色の髪が、明るい日差しに透き通ってなかば金色に見えた。

 純粋無垢な顔が彼のほうに向き、にこやかに微笑みかけた。

「おはよう」

「……」

「なんか、キャンプに来てるみたいだねぇ、六道さんがここにいたら、絶対もっと楽しいだろうねぇ」

「ンン……」

 透は返事はしたが、沙那子が自分と翔のそばに座って、この場面にまじるイメージをどうしても思い浮かべることができなかった。

「もうすぐ六道さん、助けれるね、よかったね、透」

「な……」と言いかけて、透は口を開けたまま言いにごし、

「そうだなぁ……あいつ、退屈してるかもなぁ。あんたたちィ、なんで早く来てくれなかったのォ? 待ちくたびれたじゃなーい!」

 と高い裏声を出して、沙那子のつもりで早口にまくしたてた。

 翔は少しムッとした。

「おまえ、感情が顔に出てるよ」

 透はニヤリと笑って指摘してやった。

「ぼく、いっつも顔に出てるかな?」

 心配げに翔は訊き返した。

「いつもじゃないけど、たいていはな……ホラ、手がとまってるぜ」

 翔はあわてて、小さなフライパンのなかの肉片を転がした。

「透は……六道さんのこと、好きじゃないの?」

 うつむいてフライパンを動かしながら、翔は小さくつぶやいた。透はどぎまぎしながら聞き返す。

「なんで?」

「んー、なんかあんまり、一所懸命に見えないし、六道さんの話、ほとんどしないじゃんか」

 そういえばそうだな、と透は考える。だが、安直に答えは浮かび上がってきた。

「おまえの言わせたい好きとさ、俺の考えてる好きが違うんだよ。俺たちは三人一緒の友達じゃねぇか。三人いないと、なんか足並みがこー、そろわねぇような感じはするんだよ」

「透の好きってなんなの?」

 エッ? 

 透は翔を見返す。すぐに透はわけ知り顔でウンウンとうなずきながら翔の頭をなでる。

 翔は決まり悪そうに透をにらみつける。

「大丈夫だよ。ちゃんとヤマ場はおまえに譲ってやるからさ」

「そうじゃなくて、六道さんのことどう好きなの?」

「あいつは幼なじみじゃないか、いまさらメロメロになれるか」

「じゃあ、昔はメロメロだったの?」

「おまえもしつこいな。ガキんときはドロハナミズナミダヨダレでギトギトのベタベタだったんだぜ? 小学生のガキに恋だの愛だの関係あるか」

「じゃあ、今は?」

「三面記事のリポーターみたいだな、おまえ。そんなに知りたいのかよ? 知ってどうするんだよ、エエ?」   

 翔のつもりなのか、ブリッ子顔でおとなしげに言った。

「透が沙那子さん好きやないんなら、チャーンス、ぼくチンが告は……」

 最後まで言わせず、翔は透の口を手で押さえ、わざとらしくニパッと笑い、

「ぼく、なんか勘違いしてたみたい!」

 と慌てて言った。

 こんがり焼けた肉片を皿代わりの固パンのうえにおき、ホァロウを呼んで三人で食べた。

 まだ昼を少し過ぎたばかりで空の連星太陽は傾く様子もなく、中天に輝いている。

「ジェヌヴのところへは、リリックが案内してくれる。あたしはお留守番さ。くれぐれもつけいられないようにね。あの男はハイエナのような輩でね、あのあごに食いつかれたら、ちょっとどころじゃない痛手だよ」

 食べ終わってすぐに、ホァロウがふたりに忠告した。

「で、そいつになんて訊いたらいいんだよ?」

 透は油のついた指をなめながら訊き返した。

「過去見の水鏡を見せてくれ、とだけ」

「それでなにがわかるんだよ?」

「君たちのどちらが金の神かってことだよ」

 翔は不安そうに、「なんで、一緒に来てくれないんですか?」

 ホァロウは残念そうにため息をつき、

「それが約束でね、お互い、なるべく顔を合わせないようにしてるのさ」

 と笑ってみせた。

「彼とあたしはどうもそりがあわないようでね」

 キャンプから離れ、ふたりは学ランを脱いで、剣を手にして、ブラブラすることにした。

 小春日和な天候で、暖かくも肌寒くもなかった。

 つかに分厚く動物の皮張りした、シンプルな剣を片手で引きずりながら、少し小高い丘になった場所にふたりで立った。

 平原とも言える草原のぐるりを、緑がかった空が横たわる。あの荒野のように雲ひとつなかった。地平線はまっ平らに180度をつなぎ、湾曲していなかった。シンと静まり返り、凪いだ風に乗って聞こえてくる生き物の気配さえなかった。

 よく考えてみればふたりがこれまで透って来たところはみな、異様に静かであった。これも魔法の世界だからなのか。

「俺、考えたんだけど、この剣、せっかくもってつんだからさ、使わなきゃ損なんじゃないかな」

 翔は両手でやっと支えられる剣を重たそうに持ち上げた。鋼でできている剣が、空気の振動に張りつめた音を立てた。その余韻がビリビリと翔の腕に響いてくる。

「ぼく、自信がないな」

「俺もだよ」

 剣道の素振りをまねて、透が剣を振りかぶる。剣の遠心力に振り回されて、バランスを崩して、彼は丘のしたへ転げた。

「見てみろ! 別になんてこともないな」

 笑いながら立ち上がり、透は翔に言った。

「俺たちに魔法とかそんなことができるとか、思うか? ホントに俺たちのどっちかが、イっちゃってる神様なんて、思うか? もしそうだったら、いまごろテレビにでも出て有名人になってたんじゃないの! そんでもって、宗教でも作ってたんとちがうか?」

 翔は久しぶりに口を開けてアハハと笑った。ふざけてパフォーマンスをしている透を見て、翔は慰められる思いで笑い続けた。

「俺たち、超能力とか霊能力とかもってないじゃねぇか。そしたら、これを使うしかないじゃん。ジェヌヴかなんか知らねぇけどさ、変なことしようとしたらこれでびびらしてやればいいんだよ!」

「うまくいくかな? ぼく、持ち上げるのがやっとだよ」

「まだ時間もあるし、なんとかするしかないさ。それに、おまえ、も少し筋肉つけたほうがいいんじゃない?」

 翔は頬を上気させ、頭上に剣を持ち上げ、

「じゃ、がんばります!」

 と気張った。

 なんとかコツをつかんで剣を振り回すにいたるころには、太陽も重たげに地平線にかしいでいた。

 草原が赤く染まり、その縁が暗い紺色に変わりはじめると、ホァロウがふたりを呼んだ。汗だくになって、半袖シャツの胸元をはだけさせて、ふたりが剣を肩にかついで戻ってくるのを見て、「役に立ちそうかい?」と笑った。

「さぁね」

 透は正直なところ、自信がなくなっていた。剣は重たすぎて、自分の腕前はそれ以上に鈍かった。

 今朝から姿を見かけなかったリリックが、ひょいと頭を地面の穴ぼこから出し、キュキュキュと鼻をひくつかせている。

「じゃ、はじめておくれ」

 ホァロウが合図を送ると、リリックは地面に潜り、もりもりとミミズばれを作っていった。リリックの作り出すものだけでなく、無数の茶色の土の筋が、緑色の地面に浮き上がり、徐々に地面に裂け目が開きはじめた。

 裂け目の暗がりに星のようなキラキラと光る小さい粒がたくさん見え隠れしている。さざめくようにキュキュキュという泣き声が裂け目に反響する。

「カプリコーンは地下の番人なんだよ。地下には <玄>が住んでいる。地下はジェヌヴの領域でね、カプリコーンはその配下なんだ」

 虚ろな穴が盛り上がり、ゆうゆうと透と翔が通れるほどの高さで口を開いて待っていた。 

「でも、リリックは友達なんですよね?」

 翔はそう言いながら、入り口の縁にかわいらしげに並ぶカプリコーンの群れを眺めた。

「動物はどんなものだろうとあたしの友だよ。玄の神のものだろうとね。だけど、リリックはジェヌヴからしてみると、間者ということになってしまうけど」

 残念そうな笑みを口許に浮かべ、ホァロウは翔を見下ろした。

「あたしは彼の領域には入れない。これをもっておゆき」と、自分の赤い髪を一本抜いて、翔の右手の指に巻きつけると言った。

「さ、カプリコーンが案内してくれるから、その後をついておゆき」

 心なしか、ホァロウの目は哀れみににじんでいた。

 その表情のせいで透でさえも彼から突き放されたような気分になってしまった。

 よっぽど情けない顔をふたりはしていたのだろう。ホァロウはなぐさめるように言った。

「なるようになるのさ。ただ、丸くおさまるとはだれにもわからないけれどね」

「なぐさめるつもりなら、もっとマシなこと言えよ。なんか、俺たち、おまえのいいように操られてるみたいな気がする……」

 透が情けない声でどなった。

「まえにも言わなかったか? そうやって、俺たちの知らねぇことを知ってるふうにしゃべるのはやめろよ!」

 ホァロウは眉を寄せ、いつになく沈んだ声で、いった。

「君の言う通りだがね、これは君たちだけの問題じゃないんだよ。この世界全体の大事なのさ。あたしが深刻ぶってしまうのはそういうわけさ。君だって、この世界の様子がなんだかおかしいのは気付いていたろう?」

 この世界は異様に静まり返っている。風さえも遠慮げに空中を漂い、この三日というもの雲ひとつ見かけたことがなかった。動物はカプリコーンと馬しか目にしておらず、不自然な雰囲気が当然のような顔をして自然に存在していた。

「バランスが崩れてるのさ、五つの力のね。もうずいぶんとたつからね。イシュカが焦るのも無理はないのさ」

「大義名分ていうわけか。でもなんで俺たちなんだよ? なんで俺たちじゃないといけなかったんだよ?」

 ホァロウは肩をすくめる。

「この世界では運命の支配力がかなり強いのさ」

 そして、腕を穴へ向け、透のどんな抗議にもそれ以上耳を貸さなかった。

 しぶしぶホァロウに背を向け、暗い穴のなかへふたりは入っていった。

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